26年間で10度の大学日本一、有終の美飾った王者の哲学 帝京大学・岩出雅之監督1
全国大学ラグビー選手権で4シーズンぶりに王者に返り咲いた帝京大学。1月9日の決勝で明治大学を27-14で下した直後の記者会見で、名将・岩出雅之監督(64)は「勝っても負けても今日で終わりと思っていました」と勇退することを明らかにした。10度目の大学日本一を達成した最後のシーズンと、26年間にわたる大学ラグビーの指導生活を振り返ってもらった。3回に分けてお届けする初回は、前人未到の9連覇の後、何が変わり復活につながったのか。
大学スポーツの原点見直す
「紅い旋風」は今季、公式戦を無敗で駆け抜けて頂点に立った。
2009年度から17年度まで大学選手権でV9を達成した帝京大だが過去3年は苦しんでいた。18年度はスクラムで劣勢となり準決勝で天理大学に7-29と敗れてV10は達成できなかった。
翌年は「新しいことに挑戦した」(岩出監督)ものの、3回戦で流通経済大学に39-43と逆転負けを喫した。昨季も関東大学対抗戦の中盤まで調子は良かったがシーズン中盤から失速し、選手権準決勝まで駒を進めたものの早稲田大学に27-33で敗れた。
勝てなかった3年間を振り返って岩出監督は「大学スポーツとしての原点を見直した」と話す。連覇が止まったチームはやはり自信やパワーをなくした部分があり、「チームを落ち着かせてあげるために、不安を消し去るために、そこをついつい僕ら頑張ってしまった。また2軍の経験しかない4年生の選手たちを軸に残してあげればよかったかな……」という反省があった。
岩出監督は大学生の4年間は、幼さがまだ抜け切らない状態から少しずつ社会に出ていけるような力をつけていく時期だと感じている。「僕らが介入の仕方を間違ってしまうと子供に戻してしまう、指示待ちにしてしまうのではないか。コーチ陣がどう介入するかが鍵を握るかな」と改めて気づいたという。
また名将は「いい集団としてのパワーを発揮するために、しっかり成長させながら発揮させたい、と思いました。(大学)4年間の中もそうですし、未来にもいい形でつながっていくように僕らができることをアドバイスしたい」とも思った。岩出監督がよく話す“ダブルゴール”という考え方に重なる。
コロナ禍で光る細木のキャプテンシー
21年度の新チームになり、キャプテンにPR(プロップ)細木康太郎(4年、桐蔭学園)、副キャプテンにFL(フランカー)上山黎哉(4年、大阪桐蔭)、CTB(センター)押川敦治(4年、京都成章)らリーダー陣が決まった。直後に、岩出監督は具体的に「ここにいきなさい」という到達目標の具体的な指示ではなく、「正しい方向に、自分たちが目指すものに向かっていきなさい。もし間違っても方向転換すればいい」と諭した。
細木キャプテンを筆頭に、リーダー陣には謎解きのようなスタートだったかもしれない。ただ岩出監督は選手たち自身で考えて行動させるための助言であり、「選手たちが自分たちの意志を大切にして正しいと思う方向に進んでいけば、周りの選手たちからも賛同が得られて、後々、後悔することない。側にいるけど僕らが引っ張っていく形ではなく、充実した活動をさせてやりたい」という思いから出た発言だった。
3人のリーダーの関係性がよく、4年生からもチームメンバーからも信頼されており、岩出監督は「4年生それぞれに役割があり、4年生たちが本当に日増しによく動いてくれていましたね。チームを動かしていく原動力になっていた。だから本当にいい『4年生力』を発揮してくれたシーズンだったと思います」と目を細めた。
さらに1年間、リーダーとして引っ張った細木主将については「わかったふりや見栄(みえ)を張らずに、一生懸命に考えながらチームを前に進めてくれた。そしてコロナ禍で大学の授業もオンラインで、食事中など会話がNGとなっている中で、本当に勝負に対する熱いエネルギーを出し、フィールドでも抜群の答えを出してくれた。最大限のリーダーシップを発揮してくれた」と高く評価した。
チームとして成長を実感するだけでなく、当然、ラグビー面でも見つめ直した。まず前提として、昨季はコロナ禍による練習不足の影響が否めなかったが、今季は学生たちが主導で安全対策委員会を作るなどして組織としてコロナに対する対応力が高まった。そのため、「チームが精神的に前進したこともあり、春からタフな練習ができた」(岩出監督)という。
また2年前は「フィジカル的に強くなかったので戦術的な幅を広げようと、ラグビーの練習の中にフィジカルトレーニングを入れてみよう」と変化を試みたものの、あまり実を結ぶことはなかった。さらに昨季はコロナ禍の自粛期間はトレーニングをすること自体が難しかった。そのため今季は「春からもう一度、きちっと体を作っていこうということで、フィジカルをベースに、スタミナや走りきれる力をつけるためにトレーニングをよくやりました。頑張って走った。鍛えた」(岩出監督)という。
勝てないシーズンが続く中で、今季は元ヤマハ発動機ジュビロ(現・静岡)でプレー経験のある田村義和コーチらを招聘(しょうへい)しつつ、福田敏克FWコーチを中心に、ここ数年の懸案だったスクラムの強化にも力を入れた。岩出監督は「スクラムでもだいぶ成果が出ました。トレーニングも含めて、チームに軸ができた後は、ボールをどう動かしてアタックするか、どうやってディフェンスするかなど少しずつ課題を上積みしていった」と話した。
ターニングポイント春の明大戦
春から心身ともに充実したシーズンを送っていた帝京大は、春季大会は全勝し、過去3年間、勝つことができなかった6月の明大との招待試合には、選手からの要望で公式戦さながらにジャージー渡しを行って臨んだ。メンバー外の選手も全員観戦する中、32-28で勝利。入学以来、伝統校に初めて勝利した細木主将ら多くの選手が嬉(うれ)し涙を流した。
全勝街道を突き進んでいた帝京大だが、夏の菅平での練習試合で早大に34-38と敗戦した。「負けたからといってイライラはしませんし、逆に学生たちはどう捉えてくれるかとか、学生たちがそこをどう消化して未来に向かっていくかっていうような発想になりました。迷っている部分や戦術の徹底ができていない部分や理解できていない部分があったのでいい負けでした。逆に勝っていたら改善できたかったのでは。不足点を上手(うま)く出してくれた」(岩出監督)
帝京大、そして岩出監督は大きな手応えを得て、いよいよ秋本番を迎えることになった。