同志社大・宮本啓希監督 選手のフィジカル変える、午前6時45分からの「朝活」
大学選手権優勝4度を誇る「関西の雄」同志社大学ラグビー部は、「紺グレ」のジャージーで知られる。ただ近年は日本一どころか、2015年以来、関西王者からも遠ざかっている。今季、復活を目指す同志社に新たな青年監督が就いた。サントリーサンゴリアス(現・東京サンゴリアス)のBKとして活躍したOBの宮本啓希監督(35)である。
現役引退後、かかってきた1本の電話
宮本監督は2018年に現役選手を引退し、サントリーのスタッフとして働いていた。クラブのマネジメント業務が楽しくなっていた矢先だった。同志社大学ラグビー部の中尾晃副部長から、電話がかかってきた。日本のラグビーをリードしてきたサントリーでの経験、知見をもとに「監督をやってほしい」という依頼だった。
グラウンドでの指導経験はなかったが「母校から監督のオファーをされたことは光栄でした。ありがたい話だった」。サントリーの理解もあり、会社に所属しながら、フルタイムの監督として就任することを決めた。
同志社はスタッフを入れると、160人余りとなる大所帯だ。宮本監督は中尾副部長から電話を切った直後、「もし僕が監督をやるなら1人では無理」と感じ、「バランスがよくて周りがよく見えている人」にすぐ電話した。同志社の一つ後輩にあたる、7人制ラグビー日本代表でも活躍した橋野皓介氏だった。橋野氏は務めていた横浜キヤノンイーグスから許可をもらい、母校のフルタイムのコーチとなった。現在、やはりOBである今森甚コーチと3人がフルタイムで選手を指導している。
就任後、3週間かけて1対1のミーティング
他にもストレングス&コンディション(S&C)コーチ、トレーナーの2人がフルタイムで指導にあたり、OBである中村嘉樹コーチ(元トヨタ自動車)にはスクラム、宮本監督とはサントリーと同志社の先輩にあたる田原太一コーチにはラインアウト、キックオフを見てもらっているという。
「(指導者として)グラウンドに立つのは初めてだった」という宮本監督は2021年、サンゴリアスの直属の上司で、2018年度に明治大学を優勝に導いた田中澄憲氏に相談する。「自分で経験してきたことしか絶対に出せないから、それがベースでいいじゃないか」という言葉で頭がクリアになった。
元日本代表ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ監督や沢木敬介監督(現・横浜イーグルス)らの下で、4度のトップリーグ優勝も経験している宮本監督。2月に就任すると、まず3週間かけて、部員全員に対して1対1のミーティングを行った。
昨季の同志社は関西4位で、なんとか大学選手権に出場したが、準々決勝で優勝した帝京大学に24-76で大敗した。そのためミーティングでは、選手たちは口々に「フィジカルが足らなかった」と言った。採用担当もしていた宮本監督の目から見ても、他の強豪大学より「同志社大は体が小さい」と見ていた。
監督主導のトレーニングと食事で体重増を図る
宮本監督の就任前は食事やトレーニングについて選手たちに任せている部分が多く、監督が「体重を増やせ」と言っても、増やすのは難しいと感じていた。
そこで生活から変えることにした。「(サントリーでもやっていた)朝練習が正しいと思っていた」と話すとおり、練習を午後ではなく、朝の6時45分(1時限がある選手は6時15分)から始めた。以前と比べると、学生の多くが練習グランドがある京都の田辺のキャンパスではなく、今出川キャンパスで4年間、過ごすことが多くなっていた。まず授業に行く前に全体練習し、ウェートトレーニングは授業が空いている時間に集まり、S&Cコーチの下でやってもらうことにした。
部員約130人中、半数が寮で暮らしているが、残りの半数は家から通ったり、寮の周りで一人暮らしをしたりしている。昨季まではコロナ禍の影響で難しかったが、6月から寮生以外も、寮で食事ができるようになった。目標は秋までに全員が5~7kgの体重増。春からすでに3~4kgくらい増えている選手もいるという。監督主導でウェートトレーニングと食事の改善でフィジカルアップに取り組んでいる。
もう一つ、宮本監督が今季、「やる」と決めたことがある。「崩れたときに、相手より動いて勝つ」と選手たちに心構えを持たせることだ。選手とのミーティングで「ディフェンスが甘かった」と話す選手が多かった。ただ宮本監督は「同志社のカラーは、絶対にアタックだと思う。形がないところからのアタックが同志社の形」という信念もあった。
「同志社のカルチャー、DNAは『自由』と『自分で考える』ことで、それを変えるのは違うと思うし、大事にしたい。決め事は作るが、選手に判断してもらいたい」
「4回生がどういうチームにしたいかが大事」
主将には「リーダーシップがある」と選手たちからも推す声が多かった、NO8梁本旺義(4年、常翔学園)を指名した。宮本監督は全体ミーティングの前に、4回生とミーティングを行った。名門が故に「目標は日本一」と選手たちは言うが「日本一と言わないといけないと思っているようだし、どういうものかわかっていない」と感じた。
宮本監督は「やはり大学スポーツは4回生のもの。4回生がどうしたくて、どういうチームにしたいかが大事」と説いた。梁本主将を中心に「まず死に物狂いで関西を取ります」という声が上がり、宮本監督も「まず、そこやな。その先に日本一がある」と同意した。今季の同志社のターゲットは自然と「絶対、関西で優勝する!」になった。
就任して5カ月あまり、宮本監督は「学生たちのリアクションを見たり、声を聞いたりすると、少しずつ理解し、感じてきてくれているかな。でも言い過ぎてもダメだし、言わなかったら忘れてしまう。どこが正解かわかりませんが、毎日大変ですね」と苦笑する。
「後ろにはいけない。前にしかいけない」
関西の春季トーナメント大会は準々決勝で立命館大学に15-57で敗れ、摂南大学に52-27で勝ち、5位となった。まだ結果が出ているとは言いがたい。ただ宮本監督は、昨季までのパフォーマンスではなく、練習試合でいいパフォーマンスを出した選手を公式戦でも積極的に起用している。これは今後につながりそうだ。夏も例年の北海道ではなく、菅平で合宿を張ることを決めた。
青年監督の改革は始まったばかりだ。「強いところと対戦して、自分たちがやろうとしているスタイルを築き上げたい。常に緊張感を持つ中で、今シーズンはチャレンジしたい」と意気込む。就任する前は楽しさより「怖さが勝っていた」と正直に吐露する。たが「後ろにはいけない。前にしかいけない」。宮本監督は母校復活に身を粉にする覚悟だ。