陸上・駅伝

大東大・真名子圭新監督 トラックでつけた自信を駅伝に、「山の大東」はこれからも

6月の全日本大学駅伝関東地区選考会で、各校のエースがそろう4組には(右から)久保田と菊地の3年生コンビが出走した(撮影・藤井みさ)

仙台育英高校(宮城)で監督を務めていた真名子圭(まなこ・きよし)さん(43)が今年3月、大東文化大学の監督に就任。大東大は6月19日にあった全日本大学駅伝関東地区選考会で5位になり、5大会ぶり43回目となる本戦出場をつかんだ。新体制となったチームは駅伝シーズンをどう戦うのか、真名子監督にたずねた。

大東文化大で箱根駅伝区間新の真名子圭さん、仙台育英高校を率いて都大路優勝監督に!

全日本選考会で予想以上の快走

全日本選考会を大東文化大が5位で通過したことは、ちょっとしたサプライズだった。昨年の箱根駅伝予選会は12位で、3年連続で本戦出場を逃した大学だ。主力の4年生を教育実習や就職活動で欠き、苦戦が予想されていた。だが以下のように、1組で脱水症状を起こした小田恭平(2年、水戸葵陵)以外は、2・3組で連続1位を占めるなど各組で上位に食い込んだ。

5大会ぶり全日本大学駅伝出場の大東文化大 真名子圭新監督のもとで変わった選手たち

1組4位・29分50秒12  西代雄豪(2年、桶川)自己新
1組39位・31分55秒67 小田恭平(2年、水戸葵陵)
2組1位・28分48秒57  ピーター・ワンジル(2年、仙台育英)
2組6位・29分51秒36  大谷章紘(2年、水城)自己新
3組1位・29分41秒26  大野陽人(4年、九里学園)
3組21位・30分08秒44 入濱輝大(1年、瓊浦)自己新
4組7位・28分53秒61  久保田徹(3年、聖望学園)
4組23位・29分27秒02 菊地駿介(3年、仙台育英)

――全日本選考会は何点の出来でしたか。

真名子:予選通過が目標でしたから、結果だけ見たら合格点なのですが、内容を見るといい点数は出せません。1位通過の神奈川大学とは1分1秒差でしたが、1組の小田が脱水症状を起こさなかったら返せないタイムじゃありません。1位通過できる力があったのかもしれませんが、自らその可能性を摘んでしまったんです。

――昨年の箱根駅伝予選会は現4年生がチーム内1~5位を占めましたが、全日本選考会にはそのうち、大野選手しか出ていません。

真名子:他大と比べたらまだまだですが、大東大の中では期待される学年、強い学年です。だからといって、4年生の誰かが抜けたから結果に影響するというチームではありません。それが弱点でもあるのですが、もっとエース級の選手が現れないと戦っていけない。ミーティングでかなり強く言ったので、4年生に頼らずやらないといけない意識が芽生え始めたのだと思います。

全日本選考会で2組トップとなった大野はロード向きの選手だという(撮影・藤井みさ)

――4~5月に自己新を出した選手が目立ちました。

真名子:自己新が多く出たのは去年まで記録会に出ていなかったので、記録を持っていない選手が多かったからです。レベルで言ったら高校と変わらないぐらいでしたから。相手あっての競技です。自己記録を出したからといって、相手にアベレージで負けていたら意味がありません。まだまだ恥ずかしいレベルです。

――しかしわずか3カ月で結果を出したことに驚かされました。

真名子:まずは心を強くすることから取り組みました。「俺たちは無理かもしれない」とか「あの大学には勝てない」とか、マイナスな言葉が選手たちから出ていましたが、それではいつまで経っても強くなれません。マイナスなことを口にするのはやめて、プラスなことを口にしよう。プラスなことを口にしたからにはしっかりやろう、と。実際、学生たちからは予選会を突破したい、駅伝に出たい、というプラスな気持ちもうかがえるようになりました。

――どういった部分を自信にして臨んだのでしょう?

真名子:私は練習を見て手応えを感じていましたが、選手には全日本選考会までの出場レースを年度初めにすべて伝えて、全日本選考会に合わせることを徹底して、そこがある程度はできました。「6月19日に完璧に合わせられるようにコントロールしよう」と。通過点としての記録会も1500m、3000m、5000mと出て行くから、自信をつけるために自己新も出していこう、と話しました。狙った大会の1週間後の記録会でいい走りができたのでは意味がない。そういう外し方をしているチームはいつまで経っても強くなりません。

真名子監督の指導方針

短期間でチームを変えた真名子監督の指導は、どういった特徴があるのだろうか。

真名子監督自身は四日市工高校(三重)から大東大に進み、箱根駅伝は4年間出場してチームは9位・7位・12位・6位。3年生の時にシード権を失ったが、主将を務めた4年生での予選会は1位通過を果たした。個人成績は1年生で7区区間14位、2年生で1区区間14位と、当時は15校出場だったので2年連続ブービー賞。しかし、3年生では1区区間9位、4年生で迎えた2001年の第77回大会では10区で区間賞を獲得した。

Hondaでは2年目のニューイヤー駅伝に出場し、当時は外国人選手も多く出場した3区で区間15位。チームは8位に入賞した。06年に退社して教職免許取得のため大東大に再入学し、在学中の2年間は陸上部のコーチも務めた。三重県の公立高校に勤務後、12年に仙台育英高長距離男子の監督に転身し、19年に同高を全国優勝に導いている。5000mで13分25秒87のU20日本記録保持者で今年の箱根駅伝1区で区間新の快走を見せた吉居大和(中央大3年)、その弟で昨年10000m28分11秒96の高校歴代3位をマークした吉居駿恭(中央大1年)は仙台育英高時代の教え子だ。

男子の仙台育英高が12年ぶり都大路制覇、1年生アンカー吉居駿恭の勝負勘キラリ
吉居大和(2列目左から3人目)が3年生だった時、仙台育英は12年ぶり8度目となる都大路制覇を成し遂げた(2列目右端が真名子監督、撮影・藤井みさ)

――4月に多くの選手が自己新を出していますが、指導を始めたのは4月からですか。

真名子:正式に着任したのは3月18日で、その日の夜にミーティングを行い、練習を見始めたのは19日の朝からです。今の4年生にとっては3人目、3年生には2人目の監督です。そのミーティングで強化方針、ビジョンを全部伝えました。「君たちにとっていいことばかり言っていたら、君らもチームも成長しない。厳しいことも言うし、理不尽に感じることもあるかもしれないが、理解してほしい」と伝えましたね。選手の意見も聞きたいから、アンケートをお願いして提出してもらいました。不満を言ってくる選手は1人もいませんでしたし、その後も何を言っても、僕の目を見て素直に聞いてくれるし、応えてやってくれている。そこには僕も、すごく感謝しています。僕が着任して1カ月でどうこうというより、彼らが冬の間もしっかりとやっていてくれたからです。選手たちが強くなることに飢えていたのだと思います。

――しかし雰囲気が変わったことは事実です。胸に刺さる言葉があったからでは?

真名子:そこは分かりませんが、監督はある意味、演じる必要もあると思っています。同じ内容を話す時も無表情で言うのか、表情を変えたり身振り手振りを交えたりして言うのか。それと必要がある時は、ジョグやウォーミングアップならその場で止めて話をしています。選手もその時の感覚や気持ちが冷めないうちに言われた方が、理解しやすいからです。

――前期はスピード重視の練習だったと聞いています。

真名子:ハーフの距離を走るには練習の中である程度の距離を踏まないといけないことは分かっていますが、そこは経験上1~2カ月でできると思っています。大事なのは根本的なスピードで、昔は1km3分00秒ペースで押せばよかったのですが、今は2分50~45秒を出さないといけない局面もあります。1kmのスピードが3kmに、3kmのスピードが5kmに、5kmが10kmに、そして10kmが20kmにつながるわけです。根本的なスピードをつけて、俺たちはこのスピードで走れるんだ、ということを示してあげたかったんです。

夏からは20km対策の練習に

7月18日の関東学生網走夏季記録挑戦競技会10000mは3組タイムレースで行われ、久保田が28分29秒75で3組目1位になって優勝を飾った。ワンジルが28分32秒55で3位、大野が28分35秒92で4位と、大東大勢が上位を占めた。全日本選考会で見せた力をタイムでも示して見せた。トラックで高校生レベルの力を付けようとスピードを主体に取り組んできたが、その成果が記録になって現れた。関東学生夏季大会が終わると真名子監督は、ロードの20kmに対応するための練習に切り換えた。

――久保田、大野、ワンジルの3選手は、どういった特徴がある選手ですか。

真名子:久保田はそこまでスピードはありませんが粘れる選手です。去年までは自信が持てず不安を抱えながら走っていたようです。今年は結果を続けて出したことが自信になっています。今の武器は勢いですね。10000mの大東大記録は僕の1学年下だった秋山羊一郎が持っている28分25秒78ですが、今年中には破ってもらわないと困ります。箱根駅伝に向けても、彼自身の将来のことを考えても。確かに当時の28分25秒はいい記録でしたが、そこで足踏みしていたら今のトップの選手たちと戦えません。練習の延長で破ると思います。大野はロード向きの選手です。昨年までは自分に合うレースだと走るのに、ペースや展開が合わないと走れなかった。そこを修正しました。理想と現実でギャップがある時にいかに走れるかを考えさせたんです。今ではどんなレース展開になっても、安定して走るようになってくれました。ピーターは仙台育英高から一度コモディイイダに入社しましたが、そこでハーフマラソンもしっかり走っていました。むしろスピードがない方で、距離が長い方に適性がある。他大学のトップ選手と渡り合うレベルではないかもしれませんが、彼の今の力を出し切ってハーフをしっかり走ってくれると思います。

ワンジルは仙台育英時代から真名子監督が指導してきた選手だ(撮影・藤井みさ)

――前期のトラックシーズンが終わり、20kmを走り切るために、どういった練習に取り組んでいますか。

真名子:網走が終わっていったんスピードは忘れよう、と学生たちには話しました。スピードは記録として、“これだけ走ることができた”と彼らの中に残りました。それも短期間でやったことなので、スピードはいつでも出せると感じたはずです。それを一度置いておき、第一優先を20kmを走るための土台にしています。夏合宿が終わって秋に、前期やってきたものと合わせていきます。月間1000km以上というところは求めず、7月後半からの2カ月間は800~850kmくらいの距離を目標に掲げて走っています。しかし走る時は走りますが、休息は必ず入れます。1日バーンと走ったら2~3日は休んで、またバーンと走る。メリハリをつけます。

――1カ月で850kmを走るには、選手が自主的に走らないと無理なのでは?

真名子:そうです。ポイント練習はライバルも大きく変わらないと思うので、一番差をつけるのはフリーやジョグの練習です。大学生はそこをしっかり考えてやらないといけない、と話しています。

――夏合宿を行う場所と、その場所での狙いを教えていただけますか。

真名子:8月13日までの1次合宿は山形県の蔵王高原坊平で行いました。そこではタフなアップダウンを中心に走って、しっかり体作りをしました。スピードはやっていません。15日から22日までは北海道深川市で2次合宿を、ロードに慣れていく目的で行います。深川から道東の紋別に移動して9月1日までが3次合宿で、ロードの実戦的なトレーニングに移行していく。そして9月3~12日の長野県の菅平合宿で、疲労を抜きながら微調整をしていきます。

――全日本選考会の選手選考は記録会も活用したそうですが、箱根駅伝予選会(10月15日)の選手選考も試合を考えていますか。

真名子:いえ、予選会まで試合には出ません。その辺もすべて夏合宿前に選手には伝えたのですが、9月末にチーム内選考を含めた調整トレーニングを行います。そこが試合感覚でしっかり走らなければいけないところだと。

――ハーフマラソンの距離で行われる大会の選手選考は、真名子監督ご自身初めてになります。どういった部分に留意されますか。

真名子:初めてですから不安はあります。高校駅伝やトラックと同じピーキングの仕方でいいのか、どこかを変えなければいけないのか。絶対はありません。経験上ハーフは、10000mの延長だと感じていますし、自分を信じて考えすぎずにやっていくつもりです。ただ夏合宿がパーフェクトにできると指導者は欲を出してしまいがちですが、そこは慎重にならないといけないと思っています。

箱根駅伝予選会と全日本の戦い方

10月15日の箱根駅伝予選会、11月6日の全日本大学駅伝と、3週間のインターバルで連戦する。箱根駅伝本戦の目標は「出場が決まってからのこと」と、現時点では考えていないが、10~11月の2つの重要試合連戦はどのような目標で臨むのか。選手層の厚さや4年生の頑張りがレースを左右する要素になりそうだ。

――予選会は何位通過が目標で、そのためにどういった戦術を考えていますか。

真名子:あまり大きなことも言えないので、目標順位は“上位通過”としています。最終的にどういう戦術でいくかは合宿が終わらないと確定させられませんが、自由に行かせる選手と集団走の組み合わせを考えています。今年は駐屯地の外の公園内でアップダウンもあるので、そこを追い風にできるように、特にラスト5kmをしっかりと走る戦い方をしたいですね。精神的なタフさも含めて、そういった部分に対応できる夏合宿にしたいと思っています。

――予選会の3週後には全日本大学駅伝もあります。

真名子:全日本と予選会が逆の日程だったら良かったのですが、ハーフの距離の予選会はダメージが大きいと思います。3週間あるので両方出られる選手もいますが、4年生と下級生たちでうまく振り分けができるかもしれません。全日本選考会の4年生は大野だけで、下級生が出場権を取りました。4年生には箱根駅伝予選会は君たちが走って本戦に復帰しないとダメだよ、と言っています。それができたら全日本は下級生中心で臨むことができる。両大会をうまく乗りきれば、箱根駅伝本戦も4年生を中心に、下級生とうまく組み合わせて戦えます。

箱根駅伝予選会は4年生の力で出場権をつかみとってほしい、と真名子監督(左奥)は期待している(写真提供・大東文化大学陸上競技部)

――全日本大学駅伝の目標と戦い方は、どうなりそうですか。

真名子:全日本はシード(8位以内)を取りに行こうと話しています。他大は前半からスピードランナーが出てくるので、前半から流れに乗ることも大事ですし、その上で終盤の2区間に強い選手を置けるように準備をしないといけません。この夏を故障しないで練習して、誰が走っても大丈夫という選手層になるように底上げしていくことが重要になります。

大東大が強かった頃と比較しない理由は?

箱根駅伝本戦に復帰すれば4年ぶりで話題になるが、大東大は1970年代に2回、90年代にも2回、計4回の優勝を誇る名門である。全日本大学駅伝はさらに多く、73~90年の間に7回も優勝している。箱根駅伝では山登りの5区で大久保初男や奈良修、山下りの6区で島嵜貴之や金子宣隆らが活躍した。“山の大東”と謳(うた)われた名門の復活を期待するファンも多い。だが真名子監督は「過去とは比較しない」と強調する。

――個人記録も過去の自己記録とではなく、ライバル校と比較すべきだと言われました。母校の強かった時代と比べないのも同じ理由ですか。

真名子:戦うのは昔の先輩ではなく今の強い大学です。他大学に対してどのくらいの戦力か、どこまで行けるのか、しか考えません。しかし先輩たちが素晴らしい実績を残してくれたから古豪として注目してもらえますし、先輩たちが敷いたレールの上を走ることができている。感謝の気持ちで走らないといけない、と学生たちにも言っています。

大東大は1990年の第22回全日本大学駅伝で2連覇を飾り、その後の箱根駅伝も制し、史上初となる学生駅伝三冠を成し遂げた(撮影・朝日新聞社)

――青山学院大学や駒澤大学を比べる対象に挙げられていましたが、レース結果だけでなく練習内容も比較されますか。

真名子:他大の練習内容もちょこちょこ情報が入ってきます。青学はこれだけ走っている、駒大はこんなペースでやっている、と。だいたいうちよりも上のレベルでやっていますから、学生にも伝えています。ただ、練習のすべてが分かるわけではありませんし、どこまで正確かも分かりません。まずは自分たちの練習を最低ラインとしてしっかりこなして、その上でプラスアルファができればと考えています。

――青学大は今年の箱根駅伝で2位に10分51秒の大差をつけました。比較して差が大きいとモチベーションが下がるケースもあると思いますが。

真名子:試合結果や記録の差は指摘します。うちのエースが他大の7~8番手の選手に負けているんだよ、と伝えますね。これだけレベルが違うと伝えて、でもその差を埋めていこうと。そこは同じ大学生です。青学大だけにできて大東大にできないことはない。今は何をやっても超えられませんが、諦めずにやり続けることが大事なんです。努力をするということでいえば、誰が一番やっているか分からないものです。自分たちが努力して、やってもやっても、他大学はもっと努力している。そう考えて追いかけ続けたい。

――何年後に箱根駅伝の優勝争いをする計画ですか。

真名子:はっきりとは決めていません。現状では、そこを考えられるほど底上げができていませんから。まずは3年間くらいで底上げをして、そこで何年後に優勝争いを、と考えたいと思っています。

――その時は“山の大東”の伝統も生かして?

真名子:もちろんです。先輩方に恩返しをしたいですし、“山”は大東大を印象づけるキーワードなので、大東大の歴史をつなぐ時には山で活躍する選手も育てていきたい。本当に復活する時、それはやりたいですね。

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