陸上・駅伝

早稲田大・井川龍人「勝つための準備ができつつある」、最後の学生駅伝こそ区間賞を

井川はこれまで、駅伝では前半区間を担ってきたが、ラストイヤーはエース区間を走る覚悟をしている(撮影・岩下毅)

「生活面ではちょっとふざけちゃうところがあるけど、下級生の頃からトラックシーズンに一番結果を出してきたのはあいつだし、陸上に対する気持ちもすごいあるし、負けたくない、勝ちたいという気持ちが誰よりもある」

早稲田大学の鈴木創士主将(4年、浜松日体)がそう話したのが、エースの井川龍人(4年、九州学院)だ。仲間といる時はいつもにこにこ。話をすると少しおっとりした印象を受けるが、その中でもはっきり言った言葉がある。「今年になってからより一層、負けたくない気持ちが出てきました」

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課題はパフォーマンスの波

井川は昨年4月に10000mで27分59秒74をマーク。早稲田大としては歴代7人目となる27分台で、中谷雄飛(現・SGホールディングス)と太田直希(現・ヤクルト)ともに同一の大学チームによる27分台3人というのは史上初だった。そんな早稲田大は「学生駅伝三冠」を目標に掲げていたが、出雲駅伝は6位、全日本大学駅伝は6位、そして箱根駅伝では13位でシード権を逃した。

主力を担ってきた先輩たちが卒業し、6月には花田勝彦さんが駅伝監督に、前監督の相楽豊さんはチーム戦略アドバイザーにそれぞれ就任し、新しいチームが始動した。花田監督はまず、強度を落とした練習から始め、選手一人ひとりの状態と力を把握しようとした。その中で井川に対して感じたのがパフォーマンスの波だった。花田監督は言う。

「ポテンシャルが高い選手だけど、なかなか発揮できない。いい時はすごくいいけど、逆に気持ちが切れると想定よりもずっと悪い。だから悪い時でも悪いなりにしっかりまとめられたら、いい時はもっと走れる。それができるようになれば、彼はエースらしい、期待できる走りになると思います」

8割くらいの力でも27分台を出せるように

井川自身、その原因は練習に対する意識にあると考えている。「花田さんから『練習を試合のようにやろう』と言われているんですけど、練習から気持ちを引き締めて、一つひとつのポイントを大事にしたいと思っています」

練習では実戦を意識して、20kmのペース走でも後半を1km3分切りから3分ほどに上げたり、10000mのペース走を1km平均3分に設定したりなど、“練習”という気持ちだけではやり切れないようなメニューにも取り組んでいる。その一方で各自でのジョグは楽に走るなど、メリハリをつけている。さらにウェートトレーニングも加えたいと考えており、「前半シーズンは与えられたメニューをこなすことで手いっぱいだったので、今後はプラスアルファなこともやっていきたいと思っています」と現状に満足していない。

関東インカレでは終始、先頭集団でレースを進めたが、最後の1周で伊豫田達弥(順天堂大4年、舟入)に競り負けた(撮影・藤井みさ)

トラックシーズンを振り返ると、5月の関東インカレ男子1部10000mは28分44秒82で2位、6月のホクレン・ディスタンスチャレンジ深川大会10000mでは28分15秒95の4位(日本人2位)などと結果を出しながら、積極的にレースに出場してきた。それでも「それまでよりは良かったけど、1位になれなくて、どこかですっごく悔しい思いをしていた」と振り返る。

9月9日開幕の日本インカレには5000mに出場する予定だが、走り込みを継続した上での出走となる。「調整しなくてもトップや入賞を狙えるくらいの実力を合宿とかを通してつけていこうとしていますし、ただ出るだけの試合にならないようにしたいです」。シーズン中は駅伝を見据えた練習となるが、タイミングがあれば10000mにも出たいと考えている。再びの27分台への思いはもちろんあり、「駅伝を視野に入れつつ調整はあまりせず、8割くらいの力で27分台を出して、その流れを駅伝につなげたいです」と言い切った。

箱根駅伝予選会で留学生にも勝負

特に今年は、全日本大学駅伝の3週間前にあたる10月15日に、3年ぶりの箱根駅伝予選会がある。井川は1年生の時に箱根駅伝予選会を経験しており、チーム内2位での44位とチームに貢献したが、上位10校が本戦に進む中、早稲田大は9位という結果で肝を冷やした。全日本大学駅伝へ勢いをつなげるためにも、自分がここで結果を出さなければいけない。「花田さんなどコーチ陣からは、日本人トップはもちろん、留学生とも戦えるくらいの力をつけてほしいと言われていますし、それに応えられるようにしたいです」

箱根駅伝で狙うは2区、渡辺康幸さんが持つ早稲田大学記録(1時間06分48秒)の更新だ(撮影・松永早弥香)

井川はこれまで、早稲田大が出場したすべての学生駅伝に出走し、そのすべてで1~3区という前半区間を任されてきた。特に箱根駅伝では過去2回はともに1区を走っている。井川自身も前半区間を好み、自分の走りで流れを作れたらと考えてきた。だが4年生になり、エースと呼ばれるようになった今は、流れを作る役割は他の選手に任せ、全日本大学駅伝であれば距離の長い7区(17.6km)と8区(19.7km)など、各校のエースがそろう区間を走る覚悟を決めている。狙うは大学に上がってからまだとれていない区間賞だ。

大学で開いた田澤廉との差

エース区間への挑戦。それは同学年で学生長距離界トップの力を持つ田澤廉(駒澤大4年、青森山田)への挑戦でもある。高校時代はともに首位争いをした仲で、当時は井川が勝つ方が多かった。だが田澤は駒澤大学に進学してからメキメキと力をつけ、10000mでは3年生の時に日本歴代2位の27分23秒44をマーク。今年7月には10000mで世界陸上(アメリカ・オレゴン)に出場している。

田澤は駅伝でも1年生の時から活躍し、全日本大学駅伝では3年連続で区間賞(7区、8区、7区)と実績を残している。1年目の箱根駅伝で井川は田澤と同じ3区を任され、2区の太田智樹(現・トヨタ自動車)から2位で襷(たすき)を受け取った。一方の田澤は13位からのスタートだったが、区間新・区間3位の走りで井川を抜き去り、田澤は6位、井川は8位での襷リレーとなった。田澤はその後、2年生の時から花の2区を任され、3年生では区間賞を獲得している。

1年生での箱根駅伝で田澤に敗れた悔しさが今も井川(右から2人目)の胸に残っている(代表撮影)

「大学に入ってからの努力の差が出てて、かなり差が開いてしまったなと思っています」。井川は悔しさを感じながら、現実を受け止めた。それでも、早稲田大のエースとして、世界を見据える1人の選手として、負けたままでは終われない。「練習の強度も上がって、少しずつではあるんですけど、勝つための準備はできつつあるんじゃないかなと思っています」

ここぞというレースで結果を出せない悔しさをかみしめてきた。だが今は自分を奮い立たせ、エースとして早稲田大の躍進を誓う。

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