陸上・駅伝

特集:第91回日本学生陸上競技対校選手権大会

慶應義塾大・細井衿菜「日本一」だけを目指した日本インカレ 応援を背に引退レースへ

「日本一」だけを目指し、細井は日本インカレに向けて調整してきた(撮影・すべて加藤秀彬)

第91回日本学生陸上競技対校選手権大会 女子800m決勝

9月11日@たけびしスタジアム京都
1位 山口光(順天堂大4年)       2分06秒71
2位 ヒリアー紗璃苗(青山学院大3年)2分07秒71
3位 原華澄(大阪体育大3年)    2分07秒76
4位 渡辺愛(園田学園女子大2年)    2分08秒02
5位 窪美咲(東大阪大3年)       2分09秒03
6位 川島実桜(筑波大2年)       2分09秒30
7位 細井衿菜(慶應義塾大4年)   2分10秒27
8位 長谷川麻央(京都教育大1年)  2分11秒49

日本インカレ2日目、女子800m準決勝を組1着で通過した慶應義塾大学の細井衿菜(えりな、4年、中京大中京)は、晴れやかな表情をしていた。「関東インカレの準決勝落ちがすごいトラウマで……。そこを超えて、すっきりしています」。集団の中から残り200mで仕掛け、後続を引き離してフィニッシュ。予選でも2分09秒07のシーズンベストをマークするなど、決勝に向けて好調ぶりを見せていた。

この大会で目指したのは日本一だけだった。高校3年生のインターハイで2位、大学2年生の関東インカレで優勝するなど実績を残してきたが、「なぜか自分が納得するレースがなかった」。卒業後は、広告代理店に就職して競技をやめるつもりだ。引退を前に、どうすれば納得して競技を終えられるのか考えてきた。

「周りのみんなと喜べたかどうか」。それが答えだった。

準決勝を組1着で突破し、決勝へと気持ちがさらに引き締まった
慶應大・細井衿菜主将「みんなのために勝ちたい」、最後の関東インカレで流した涙

もう一度すべてをやり直すつもりで臨んだ夏の鍛錬期

優勝した2年生の関東インカレは、新型コロナウイルスの影響で無観客。多くのチームメートと勝利を分かち合えなかった。その後は走りがかみ合わず、思う結果が出ない。心が折れそうな時、気持ちをつなぎとめてくれた人たちの顔が浮かんだ。

細井は女子主将を務める慶應義塾大学競走部に在籍しながら、大学OBで男子800m元日本記録保持者の横田真人さんが代表を務めるクラブチーム「TWOLAPS」にも所属している。TWOLAPSの活動を通じて応援してくれるファンもいる。部やクラブのチームメート、スタッフ、そしてファン。「なんで、って思うぐらい応援してくれる人がたくさんいて。その人たちに日本一を報告して、一緒に喜ぶことがモチベーションでした」

6月の日本選手権は予選敗退で終わった。大きな大会が終わるにつれ、「『最後』が何なのか。本当の意味を知りました」。もう一度すべてをやり直すつもりで、夏の鍛錬期に臨んだ。

8月はTWOLAPSの合宿と部活動の強化練習で計2週間、集中的に追い込んだ。走行距離を冬季練習並に戻して体を作り直し、ポイント練習の質はシーズンと同じに。週間走行距離は20~30kmほど増やした。普段は周りから「いいね」と言われる練習ができても、自分では納得しないことが多い。でも、この期間は久しぶりに「まあまあいい」と手応えを感じていた。

きつかった夏の練習を経て、自分でも怖いと思えるほど調子が上がってきた。絶好調を確信し、日本インカレに臨んだ。

「勝つため」の準備をして決勝へ

3日目、迎えた800m決勝。ウォーミングアップの調子は抜群だった。勝負の舞台となったたけびしスタジアム京都には、横田さんも駆けつけてくれた。レース前、横田さんと久しぶりに「勝つため」の話ができたという。

「これまでは調子が合わせられないし走りが良くなかったので、次に向けてどういう収穫を得るか、という話をしていました。今回は、どうやったら勝つことができるかを話せました」

決勝で細井(77番)はラスト120mからが勝負だと心に決めていた

1周目、5レーンの細井は集団の内側、3番目で通過した。狙い通りの位置だ。周りに先に仕掛けられても冷静についていき、残り120mで差すプランだった。だが、残り200m付近から前に出られると、「脚が残っていなかった」。結果は7位。日本一には届かなかった。電光掲示板を呆然(ぼうぜん)と見上げた。

「終わったなというのと、やり切ったなというのと、まだやれるかなというのと……」。レース後、自然と涙があふれ出ていた。

最後に自己ベストを更新して競技生活にピリオドを

細井の引退を惜しむ声は多い。日本インカレの前日には、TWOLAPSの先輩、田母神一喜(たもがみ・かずよし、スリーエフ)からLINEがあったという。「『引退すると聞いてから毎日寂しいです。インカレの前だけは連絡しようと決めていました』みたいな連絡をくれました」。レース前には横田さんからも「まだ続けてもいいんだぞ」と言われた。普通の大学陸上では得られなかった経験をさせてくれた先輩やコーチからの言葉がうれしかった。

ただ、まだすべてが終わったわけではない。今季のレースは続く。日本一は取れなかったが、高校3年生の日本選手権を最後に止まっている自己ベスト(2分05秒68)の更新という目標が残っている。

「2年生以降は自己ベスト更新を目標として口にできない自分がいました。日本一も自己ベストも、口に出すのが怖かった。でも、今はどっちも言える。そういう意味では壁を越えられていると思います。あと1カ月は自分との勝負になると思うので、楽しみながらやり切ります」

多くの人々が細井の引退を惜しんでくれている

決勝後のミックスゾーンで受け答えをする途中、細井は後ろを通る選手たちから次々にねぎらいの言葉が贈られた。レースへ向かう招集所の前でも、たくさんのチームメートから送り出された。こんなに応援される選手は多くない。「みんなと喜べる」その瞬間は、この先にやってくるはずだ。

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