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特集:第89回日本学生陸上競技対校選手権大会

慶應・樺沢和佳奈、1500mと5000mで表彰台 最後のインカレで見せた魂の走り

第89回日本学生陸上競技対校選手権大会
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5000mに向けての練習はできていなかったが、樺沢は「勝ちたい」という思いで走り切った(すべて撮影・藤井みさ)

第89回日本学生陸上競技対校選手権大会

9月11~13日@新潟・デンカビッグスワンスタジアム 
樺沢和佳奈(慶應義塾大4年)
女子1500m 3位 4分25秒16
女子5000m 3位 16分18秒71

「4年生で最後の年だったので、勝ちだけにこだわるレースにしたいと思っていました」。慶應義塾大学の樺沢和佳奈(4年、常磐)は自身最後の日本インカレで1500mと5000mの2種目にエントリーしていたが、“本命”は1500mだった。結果はともに3位。とくに5000mではラスト1周で7人を抜き去るレースをやってのけた。

1500m、予定通りの展開だったが……

7月にあった東京選手権1500mで、樺沢はラストのスピード維持を自身の課題に感じていた。そこからは日本インカレに照準を合わせ、横田真人コーチの元、ラスト300mを46秒まで上げる練習に取り組んできた。

これまでの日本インカレを振り返ると、けがなどコンディションが合わせられなかったこともあり、前回大会での1500m7位が最高だ。今年は新型コロナウイルスの影響で長期にわたって大学のグラウンドが使えず、河川敷などでの個人練習を余儀なくされる期間もあったが、最後の日本インカレではやっとコンディションを合わせて臨むことができた。「自信をもってというか、もう、背水の陣です」。なんとしても勝ちたいという気持ちが伝わった。

ラストで勝ち切る練習を積んで、樺沢は自身最後のインカレに臨んだ

初日の9月11日、1500m予選は4分27秒87での3着で決勝へ。何度も練習をしてきたラスト300mで勝ち切ると心に決め、決勝に臨んだ。樺沢は2~3番手についていたが、800mで名城大学の高松智美ムセンビ(3年、大阪薫英女学院)と和田有菜(3年、長野東)が前に出ると集団に飲まれて10番手に。ラスト300mに備えて外から追い上げ、予定通り、ラスト300mで先頭に立つ。しかしすぐに反応した高松につかまると、ラスト100mでは和田にも抜かれ、4分25秒16での3位だった。

レース的には思い通りの展開であり、ラスト300mも46秒で走り切った。「最後の100mまで動ききれなくて、ラストに抜かれてしまったというちょっと不甲斐ないレースでした。やれることはやったけど相手の方が上回っていました。もっと練習以上のものを出せるのがベストだと思うんですけど、出し切って負けたので、もちろん悔しすぎますけど、悔いはないのかな」

ラスト300mは46秒で入ったものの、それ以上に前のふたりが強かった

5000m、10番手からラスト1周で勝負

1500mにかけていたため、5000mに向けた練習はとくにしてこなかった。それでも1500mのために鍛えてきたラストのスピードは、5000mでも生きてくるのではと考えた。記録を狙うでも、練習の成果を出すでもない。「私の中では何も失うものはないですし、魂だけになってもゴールしようと思っています」。目標を表彰台に据え、最終日の5000mに備えた。

5000mでは大きな集団の後方からレースをうかがい、山賀瑞穂(大東文化大2年、埼玉栄)を先頭に、最初の1000mを3分11秒で入った。その後、レースは1000m3分20秒前後のペースで進み、ラスト1000mで加世田梨花(名城大4年、成田)が前に出ると集団はばらけた。

そこから加世田と中島紗弥(鹿屋体育大3年、大阪薫英女学院)のトップ争いとなり、樺沢は10番手にいた。ラスト1周。勝負に出た樺沢はぐんぐん加速し、7人を抜いて3位でフィニッシュ。16分18秒71をマークし、最後の1周は65秒だった。目標通りではあったが、目標を優勝に切り替えて前のふたりを追えばよかったという悔しさは残った。

1000mが3分20秒ペースで進んでいたレースだったこともあり、ラスト1周を65秒で走り切る自信があった

横田コーチが東京=新潟を2往復してサポート

狙っていなかった1500m3位と狙った5000m3位。「最後なのに1位じゃないのはなんとも……。まだまだだなと言われているような感じしかないです。それでも3位になれたのは横田さんのおかげですし、大学での集大成にはなったのかな」。最後の日本インカレにかけてきた樺沢を横田コーチは日々の練習から支えてくれ、今大会にも初日と最終日に日帰りで駆けつけてくれた。

5000m決勝で履いたスパイクは、その日の朝に横田コーチが東京から届けてくれたものだ。5000mで履こうと思っていたシューズが規定外であることを初日の現地で知り、樺沢は1500mのスパイクで走ろうかと考えていたが、「どうせなら新しいの買えば」と横田コーチが提案。慶應義塾大のマネージャーが東京で購入し、それを横田さんが受け取り、新しいスパイクを持ってまた新潟に来てくれた。

「2日目にチーム(TWOLAPS TC)の練習があったので、横田さんが泊まりでなくて来るって聞いた時は横田さんを独り占めしてしまって申し訳ないなと思っていたんですけど、学生の全国大会は最後なので、最後の雄姿を見せられるいい機会でしたし、横田さんのおかげで頑張れました」

ぶっつけ本番で履いたスパイクだったが感触はよく、今後もこのスパイクで勝負するつもりだ。

「自分を見失わないこと」

樺沢は富士見中学時代に全国中学駅伝を連覇し、常磐高校2年生の時には全国高校駅伝で2位になっている。そのまま実業団や駅伝強豪校で戦う道もあったが、自分と向き合いながら競技を続けたいと考え、樺沢は慶應義塾大に進んだ。横田コーチからの学びの中で大切にしているのが「自分を見失わないこと」だと言う。

「マラソンで世界一」という夢をたぐり寄せる挑戦は、これからも続く

樺沢には競技を始めた時から、「マラソンで世界一になりたい」という夢がある。その大きな目標に向け、今の自分は何に取り組んだらいいのか。「その夢だけを見てても仕方がないので、今はスピードを生かす走りをすることが最優先だと考えて、後先考えずに突っ走るのではなく段階を踏んでいけるよう、生活も練習も考えてきました」。現実的な目標を掲げ、一つひとつ取り組んできた。

それでも今回の日本インカレは後先考えずに突っ走ったわけですよね、とたずねると「そうですね。必死でした」と樺沢は笑顔で応えた。集大成となる場で、宣言通り、「魂」の走りをしてみせた。

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