専修大・木村暁仁が日本人トップ 「想定していたビジョンにはまった」箱根駅伝予選会
第99回東京箱根間往復大学駅伝競走予選会
10月15日@陸上自衛隊立川駐屯地~立川市街地~国営昭和記念公園(21.0975km)
1位 大東文化大学 10時間40分39秒
2位 明治大学 10時間41分41秒
3位 城西大学 10時間42分09秒
4位 早稲田大学 10時間42分29秒
5位 日本体育大学 10時間43分34秒
6位 立教大学 10時間46分18秒
7位 山梨学院大学 10時間46分55秒
8位 専修大学 10時間46分56秒
9位 東海大学 10時間47分03秒
10位 国士舘大学 10時間48分55秒
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11位 神奈川大学 10時間49分29秒
12位 中央学院大学 10時間51分25秒
13位 日本大学 10時間52分02秒
14位 麗澤大学 10時間52分40秒
15位 筑波大学 10時間53分50秒
10月15日、箱根駅伝予選会があり、上位10校が出場権を獲得した。日本選手トップの全体8番目でフィニッシュしたのは、専修大の木村暁仁(あきひと、3年、佐久長聖)だった。チームは8位となり、3年連続71回目の本大会出場に貢献した。
16km付近で集団から飛び出す
レース前、木村の考えは明確だった。
「日本選手トップを狙いにいく」
早稲田大の井川龍人(4年、九州学院)や東海大の石原翔太郎(3年、倉敷)ら学生駅伝界を引っ張る選手が集まる中、ひるむことはなかった。
長谷川淳監督によると、2日前の直前練習で「すごいタイム」で走っていたという。これがいい結果として出るのか否か……。指揮官は心配していたが、木村は冷静に勝負どころを見極めていた。
木村は21.0975kmを三つに分けてレースを進めていた。駐屯地を出るまでの7km、市街地を走る7km、公園内の7km。その中で明暗を分けるのは最後の7kmと踏んでいた。「その時点で日本選手の先頭集団にいたら勝てると思っていた」と木村。そのため、14km付近まではなるべく目立たないことを心がけた。途中で井川が前に出たときは「これで少し休めるなと。正直、しめしめと思っていた」と振り返る。
そして、16km付近で集団から飛び出した。他の日本選手は反応できずそのまま突き放し、1時間2分32秒でフィニッシュ。井川や明治大学の主力選手である富田峻平(4年、八千代松陰)、児玉真輝(3年、鎌倉学園)らをおさえて、日本選手トップとなった。
木村は「想定していた一つのビジョンにはまったのが勝因」と話しつつ、「シード校だと61分台で走る選手がごろごろいる。タイムは最低限かな」と控えめに喜んだ。
成長のため自分にもチームにも厳しく
箱根駅伝予選会は1年生以来だった。そのときはチームトップの個人44位。木村の活躍もあって、専修大学は7年ぶりの箱根路の切符をつかんだ。だが、直後に右足を痛めて、長期間離脱。昨年の予選会にも出場できず、復帰したのは2年生の11月ごろだった。ただ、今年の箱根駅伝では1区を任され、区間4位と好走。強豪校の主力と競り合い、自信につながった。
今年の夏の合宿ではチームメートのケニア人留学生、ダンカン・キサイサ(2年)と同じ練習メニューに取り組んだ。時には「自分の世界に入って練習することも大事」と他の選手よりも40分早く起床して一人で練習をすることも。量よりも質にこだわっていたという。
そして、自分だけではなくチームにも厳しく接した。自身を「口うるさい」と話す木村。普段の生活や補強練習の取り組みなど先輩後輩関係なく「小言」を言い、チームの意識を変えさせたという。「苦しい時期もあったけど、自分もチームも1年ごとに確実にステップアップしているという自覚があった」
だからこそ、今回の予選会は本気で「日本選手1位」をとりにいった。10月に入ってからは、予選会でどんな展開が想定できるかノートに書き始めた。「もし、1kmで転倒してしまったら?」「後半の給水を失敗したら?」。ネガティブなことも踏まえて100通りほど書き出した。木村は「こんなことをしたのは今回が初めて。記念にノートは残しておこうかなと思います」と笑った。
駒澤大・鈴木芽吹からエール
レース前には心強いエールももらった。高校時代のチームメートで同級生の駒澤大の鈴木芽吹(3年、佐久長聖)からだった。「テレビの前で応援してるね」とメッセージをもらい、「愛のある応援よろしくね」と返した。友人でもあり、ライバルでもある鈴木について木村は「あいつはいいやつ」と話す。
今回が自身2度目の箱根路ではさらに大きな目標を掲げる。「エース区間を走って、どんな状態でも確実に区間3位以内に入る。そして、区間賞を狙っていきたい」