アメフト

関西学院大LB浦野玄太 フットボール人生をかけた大一番、天国の兄に生き様見せる

スピード不足を自覚する浦野はポジショニング命だ(撮影・北川直樹)

アメリカンフットボールの関西学生リーグ1部は5戦全勝で首位に並ぶ関西学院大と関西大が11月13日に大阪・万博記念競技場で対戦する。この関関戦の勝者がリーグ優勝で、関大が勝った場合は全日本大学選手権への進出が決まる。7年連続の甲子園ボウル出場を狙う関学にとっては、まさに「負けたら終わり」の一戦だ。4年生になってスターターの座をつかんだLB(ラインバッカー)の浦野玄太(箕面自由学園)は「小学2年で始めたフットボールのすべてをかけて挑む」と話している。

ヒットには自信あり

浦野は身長172cm、体重95kgとLBとして大きくはない。ただヒットには自信があり、大学に入ってからも当たる際の角度を研究して、ヒットを磨いてきた。そしてスピード不足を補うために、繰り返し映像を見て相手オフェンスの狙いを洗い出し、プレーを予測して少しでも有利と考えられるポジションをとる。

強豪・箕面自由学園高校の主将を務め、大きな期待を背負って入学したが、1年生の春に大けがをして、2年生で復帰してからもスターターは遠かった。そして迎えたラストイヤー。「今年こそ」の思いで練習を重ね、ようやく先発出場にこぎ着けた。大村和輝監督は「すごい能力があるわけじゃないけど、頑張れる選手です。ファンダメンタルの練習も一番ちゃんとやってる。4年になってうまくなったから出られてる。やっぱり能力的に劣る選手は賢くならなあかん」と浦野をたたえる。

今年5月の関関戦でタックルを決める浦野(撮影・篠原大輔)

大阪府豊中市で生まれ育った。父の智さんはかつてラグビーをしていた。知り合いのアメフト経験者から「アメフトのいいクラブチームがありますよ」と聞いて、2人の息子を「千里ファイティングビー」の体験会に連れて行った。兄の遼平さんは中1、弟の玄太は小2だった。どちらかというと最初は弟の方が興味を示し、2人でチームに入った。家でも2人でずっと遊び、公園でキャッチボールをした。5学年離れているが、フットボールが2人をつなぎ、仲のいい兄弟だった。箕面自由学園中、高と同じ道を歩んだ。兄の高校の試合は、ほぼ毎試合家族で観戦に出かけた。

夏の練習試合、兄は倒れた

2013年8月8日。高3になっていた兄は、朝早くからその春の関西王者である立命館宇治高校との練習試合に出かけた。中1の弟は部活のフラッグフットボールの合宿で兵庫県丹波篠山市にいた。珍しく弟が観戦に行けなかった試合で、悲劇は起きた。

OLとDLの両面で試合に出ていた兄が、試合中に倒れた。熱中症だった。

合宿の最終日の朝、弟は母からの連絡で兄が前日に倒れたことを知る。合宿が終わって入院先の病院に駆けつけると、兄は集中治療室で横たわっていた。意識はない。兄の体にたくさんの管がつながれていた。弟はパニックになった。「これ、ほんまのことなんか? 夢なんか?」。ずっと自問自答しながら、病院で夜を明かした。

翌朝、兄は逝った。「もう戻ってこられへんのか」。一気に悲しみが押し寄せた。

兄と最後に何をしゃべったのか、浦野は覚えていない。「もっといっぱいアメフトのことをしゃべってればよかった。これは一番後悔してることです」

病院から帰宅し、泣きながら考えた。「もし自分も同じことになったら、親は2回こんな目に遭うことになる。アメフトを続けてええんか?」。両親は「気にせんでええよ。続けたいなら全力でサポートするから。やりたいようにやってええよ」と言ってくれた。ファイティングビーの練習を何日か休んで考え、続けることにした。フットボールをしていると、兄のことが頭をよぎる。また「やめた方がええんちゃうか」と思う。それでも浦野は「考えて決めた道やから、逃げずにやろうと思った」と、必死に練習した。兄が高校でつけていた背番号73は永久欠番になった。

兄の分まで、とフットボールに打ち込んできた(撮影・北川直樹)

兄は道具に強いこだわりを持つ人だった。ヘルメットも防具も、いつも家で手入れして、きれいにしていた。それが習慣になっていた。翌春に高校を卒業したら、ハワイの大学へ進学し、選手ではなく裏方としてフットボール部に入ることが決まっていた。安全のために選手たちの防具を管理するエクイップメントマネジャーを志していた。アメリカでフットボールで生きていく。その夢は、かなわなかった。

2度感じた不思議な力

浦野は毎朝、仏壇に手を合わせる。試合の日は「行ってくる」と伝えてから家を出る。これまでに2度、試合中に不思議な力を感じたことがある。どちらも2018年秋、高3のときの出来事だ。大阪府予選の準決勝で関大一と対戦し、第3クオーターを終えて10点差で負けていた。浦野は心の中で何度も「助けてくれ」と兄に念じた。すると第4クオーターに逆転。32-28で勝った。そして全国大会初戦の関西学院戦。兄は高2のときに接戦で関学に負け、一番悔しい表情をしていたのを浦野は覚えていた。兄に「やり返す」と誓って臨むと、20-7と快勝できた。しかしクリスマスボウルには一歩届かず、高校フットボールが終わった。

相手のバックフィールドの細かい動きも見逃さない(撮影・北川直樹)

いくつかの大学から声がかかった。「まず、アメフトを続けるかどうか考えて、兄は高校より先のアメフトを経験できなかったから、自分がやるしかないと思いました。やるからにはとことん勝負にこだわって、日本一になれるところで、と関学に決めました。兄といつも一緒にいた井若大知さん(2017年度関学主将)の存在も大きかったです」と浦野。

井若さんからは関学入学にあたり、「下級生のときから、どんどん割り込んでいけ」とアドバイスを受けた。1年生の秋からOLでスターターとなった井若さんの言葉には重みがあった。だが、うまくいかなかった。入学したばかりの春シーズンの終盤、控え組中心のJV戦に出られるというときに気持ちばかりが前にいってしまい、練習中に大きなけがをした。

火の玉のような男がXリーグで果たせなかった夢 元関学アメフト主将・井若大知

関学は細部にとことんこだわるチームだ。浦野は3年生まで、その先にあるものに気づいていなかった。「去年まではアサインメント(役割分担)にとらわれて、守りに入ってました。アサインメントを突き詰めて考えると、余分な動きが減ってくる。そうなると、自分のやることが限定された中でも攻めていけるんです」。そう考えられるようになって、プレーの質が変わってきた。

ディフェンス第2列のLBとしてコンビを組むのは、高校の一つ後輩で、大学では先に昨年からスターターで出ている海﨑琢だ。関西を代表するLBに成長した海﨑について浦野は「ずば抜けた嗅覚(きゅうかく)があって、プレーリードがめちゃくちゃ速い。横にいてくれるだけで安心できる存在です」とまっすぐにたたえる。負けられない関大戦に向け、「OLがデカくてRBは3人とも持ち味が違う。脅威には違いないんですけど、ランストップにかけます。リズムに乗らせるとこわいオフェンスなので、粘り勝てるかどうかですね」と語る。

高校時代からの後輩である海﨑(41)は心強い存在だ(撮影・北川直樹)
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大一番 73番のタオルが「おまもり」

浦野にとってスターターで迎える初めてのビッグゲームだ。「緊張はすると思います。でも自分たちのやってきたことを信じる。準備して準備して、最後は相手どうこうじゃなく、信じて挑むだけ。オフェンスにはどんどん取ってもらって、ディフェンスがゼロに抑える」

浦野はこの春の試合から、「LBU(ラインバッカーユニット)」と書かれた青いヘアバンドを着けている。代々LBの4年生が着けるもので、浦野は去年の4年生LBの都賀創さんから受け継いだ。LBというディフェンスの真ん中で戦い抜いた4年生たちの思いを受け継ぎ、フィールドに立つ。

大学ラストシーズンは、このタオルとともに戦う。柄のある面を内側に折り、腰にぶら下げる(撮影・篠原大輔)

いざ関大戦。「フットボールを始めて15年目、やってきたすべてをかけて挑みます。兄にはフットボーラーとしての僕の生き様を見といてほしいです」

兄が亡くなったあと、高校のチームで作った白いタオルには兄の背番号73が刻まれている。そのタオルをおまもり代わりに腰から下げ、弟は、強い心で関大に立ち向かう。

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