府大と市大が統合の大阪公立大 想定外の「生みの苦しみ」乗り越え、1部昇格にかける
今年の関西学生アメリカンフットボールリーグ2部は、序盤から「戦国2部」と呼ばれた。龍谷大学と桃山学院大学の「2強」と思われたが、龍谷は大阪大学に苦しめられて1点差勝ち。神戸学院大学とは引き分けた。桃山は大阪公立大に敗れ、龍谷に負けた。そして最終節にドラマがあった。主人公は優勝し、1部復帰を決めた龍谷だ。1日で落胆と歓喜の両方を味わったのが、この春に大阪府立大学と大阪市立大学が統合してできた大阪公立大学パラディンズだった。
抽選で甲南大との入れ替え戦に進出
12月3、4日の最終節を前に、1位は龍谷(5勝1分け)、2位は大公大(5勝1敗)、3位は桃山(4勝2敗)、4位は阪大(4勝2敗)だった。まず3日に阪大が兵庫県立大学に勝ち、5勝2敗でリーグ戦を終えた。4日はまず龍谷―大公大。龍谷は勝つか引き分ければ単独優勝で、1部から同志社大学の降格が決まっているために1部復帰が決まる。大公大は勝てば逆転優勝で、チーム誕生の年に1部昇格が決定する。
前半はともに無得点で進んだ。ようやく第2クオーター(Q)11分45秒、大公大がQB篠原呂偉人(ろいど、3年、関大一)からWR石田法希(3年、関大一)へ14ydのタッチダウン(TD)パスで7-0と先制する。後半は龍谷の独壇場だった。ライン戦で勝ち、エースRB藤田鉄平(4年、長浜北)は一発のタックルでは倒れない。藤田を止めにいくと、QB石田幹太(2年、浪速)が抜いて走ったり投げたり。大公大はオフェンスも沈黙し、7-28で敗れた。QB篠原は「完敗です」と目を潤ませた。試合後、みんなで記念撮影をした。
続く桃山―神院大は、桃山が30―16で勝利。5勝2敗の2位で大公大、桃山、阪大が並んだ。今シーズンの規定により、1部7位の甲南大学との入れ替え戦に進む「2位相当」を決める抽選となった。たけびしスタジアム京都の大会本部室に3人の主将が集まった。大公大の上田航大(4年、市立西宮)と阪大の佐々木啓介(4年、六甲学院)はポロシャツ姿。試合を終えたばかりの桃山の田村太洋(4年、追手門学院)はヘルメットだけ脱いでやって来た。
まずジャンケンで予備抽選のクジを引く順番を決め、予備抽選で本抽選の順番を決めた。阪大、大公大、桃山の順。そして運命の瞬間、桃山の田村は天井を仰いだ。ほかの2人は大きなリアクションはなく、引き当てた紙を報道陣に示した。「2位相当」を引いたのは大公大の上田だった。阪大の佐々木は上田に「頑張ってください」と言った。その場では喜ばなかった上田も、会場の入り口で仲間たちに迎えられ、歓喜の輪の中で笑顔をはじけさせた。
呼び方をそろえるところから始まった
昨年は大阪府立大が2部、市立大が3部で戦った。府大は1部に昇格したことはないが、市大(いちだい)は1983、84年のシーズンを1部で戦ったことがある。両大学が2022年春に統合することになり、両校のアメフト部は2020年の秋ごろから、オンラインでコミュニケーションを取ってきた。昨年6月には試合を予定していたが、ともにコロナの関係で練習不足であり、危険ということで試合形式の練習になった。3年生以下は、翌年からのチームメイトとぶつかり合った。本格的に統合後に向けて動き出したのは昨年の冬。新たなチームの主将が府大組の上田に決まり、お互いにアイデアを出し合って新たなチーム名が「パラディンズ(戦士たち)」に決定すると、あらゆるモノの呼び方をそろえるところから始まった。練習で使う器具一つをとっても、それまでは呼び方が異なり、これは膨大な作業になった。
あっという間に年が明け、春先からは戦術面のすり合わせが始まった。府大は学生主体、市大は大人のコーチによる指導でやってきた。フットボールに関する文化がまったく異なる。ここからが本当の難局となった。ミーティングに次ぐミーティング。練習でプレーの細部を詰めていこうと思っても、どうするべきか決まっていないから先に進めない。コーチと選手がぶつかり合うこともしょっちゅうで、戦術面の約束事がある程度決まったときには、もう夏になっていた。選手たちは「春は試合をこなしただけで、一つのチームになってる感じがまったくなかった」と口をそろえる。
チーム随一の経験値を誇るQB
転機は8月、奈良での夏合宿だった。上田主将は「やっと長い時間を一緒に過ごせたのが大きかった」と振り返る。そこから秋の開幕へ向け、パラディンズは一気にまとまっていった。チームの目標は「1年目で1部昇格」。その目標を掲げられたのも、チーム随一の経験値を誇る男がいたからだ。前出の3年生、篠原呂偉人である。
ロイドは身長170cmと小さいが、パスにもランにも非凡なものがあり、何よりチームを勝たせるクオーターバッキングができる。5歳のとき大阪ベンガルズでフットボールを始め、QBに。高校は強豪の関大一(大阪)に進んだ。2年生のときに高校日本一を決める「クリスマスボウル」にエースQBとして出場。16-36で佼成学園(東京)に負けたが、背番号7の鋭い走りは強いインパクトを残した。ずっと神戸大学にあこがれていて、チームメイトとともに関大には進まず、神戸大を目指した。結局、1浪して当時の大阪府立大に進んだ。2部のチームでアメフトを続けるつもりはなかったが、中学時代の恩師に「チームを1部に上げるのも、一つの楽しみとしてはええんちゃうか」と言われ、入部することにした。
そして迎えたこの秋シーズン。初戦は大阪大に29-34で敗れたが、ここで上田主将をはじめ、4年生たちが必死で後輩たちに呼びかけた。「もう全勝しかない。勝つために本気になろう」と。2戦目からはオフェンス、ディフェンス、キッキングがかみ合ったナイスゲームが続いた。第5節が格上の桃山戦。「僕らにとってちょうどいい時期に当たれた。練習からいい雰囲気でやれたし、会場ではお客さんも結構いて、ベンチからよく声が出てました。すべてがかみ合った感じがありました」と上田。35-20で快勝し、優勝争いに残った。ロイドは「オフェンスがミスをしてもディフェンスとキックで取り返してくれた。めちゃめちゃ『アメフトしてるんやなあ』って実感しました」と語った。2部の優勝には届かなかったが、外野からは想像もつかない「生みの苦しみ」を乗り越えてきたパラディンズに、フットボールの神様はほほえみかけた。前述のように上田主将が「2位相当」のクジを引き当て、12月17日に1部7位の甲南大学との入れ替え戦に臨めることになった。
ロイドが入れ替え戦にかける三つの理由
大公大は今シーズン、70人の選手で戦ってきた。その内訳は府大組38人、市大組20人、1年生が12人。OLはセンターに身長182cm、体重118kgの宮川昌之(府大組、4年、奈良学園)がそびえ立ち、タックルの溝口晶太(市大組、4年、熱田)はDLとの両面出場で奮闘してきた。RB宮下篤也(市大組、4年、県立飯田)は速いだけでなく粘りの走りもできるようになった。前出のWR石田(府大組)は関大一高時代からずっとロイドのパスを捕ってきた。ディフェンスではLB中西亮吾(市大組、2年、高槻)の鋭いタックルが光る。ロイドが龍谷戦のように無理をせずオフェンスを率いれば、十分に勝機はある。
ロイドには入れ替え戦に勝たなくてはならない理由が三つある。
龍谷とのリーグ最終戦に向けた練習を手伝いに、高校時代の同期を中心とした関大の4年生たちが12人も駆けつけてくれた。つい先日まで甲子園ボウルをかけた戦いをしていた選手たちが、試合形式の練習に入ってくれたのだ。「めちゃくちゃうれしかった」とロイドは笑う。「高校時代の思い出がよみがえりましたし、こうやって来てくれるってことは、僕自身の高校時代の取り組みも間違ってなかったんやなと。うれしかったですね」。龍谷戦で勝って1部昇格とはいかなかったが、彼らに1部昇格という結果で恩返しがしたい。
そして、4年生への思いだ。彼らが引っ張っていってくれなかったら、いまのパラディンズはなかったとロイドは確信している。「今年は苦労するとは思ったけど、ここまでとは思わなかった。でも練習も試合も、4回生の声かけのおかげで、常に前向きな気持ちで臨めました。コーチとぶつかったときも、僕らの知らないところで話し合って妥協点を見つけてくれた。絶対に最後、勝って送り出したい」
そして、前述のように中学時代の恩師に「自分の力で1部に上げるのも楽しいんちゃうか」と言われたからだ。まさに絶好のチャンスが、目の前に転がっているのだ。
大阪公立大学パラディンズの最初の一歩は、部の歴史にどう刻まれることになるだろうか。