アメフト

パナソニックDB土井康平 富士通WR松井理己は高校の後輩、やり返して日本一を

DB土井は身長172cm、体重77kg。足が抜群に速いわけでもないが、センスがある(提供・パナソニックインパルス)

アメリカンフットボールの社会人Xリーグ王者を決める日本選手権ライスボウルは1月3日、東京ドームでキックオフを迎える。昨年に続いて富士通フロンティアーズとパナソニックインパルスの顔合わせ。前回の対戦で18-24と敗れたパナソニックには、富士通との再戦を見据えて自分を磨き、スターターの座を勝ち取ったDB(ディフェンスバック)がいる。

プレーが始まる前に勝負がついていた1年前

甲南大学出身の土井康平(27)は社会人5年目。血液型O型で姉2人がいる末っ子だ。「物事を深く考えないし、だいたいのことは『寝たら忘れる』と思ってます」と本人。その土井がチームのホームページの選手紹介に「座右の銘」として書いているのが「心配事の9割は起こらない」だ。その話を振ると、「試合でも『タテ抜かれたらどうしよう』とか思うけど、『よっぽどのことが起こらん限りないやろ』と思いながらやってます。まあ、前回のライスボウルで起こったんですけどね」。土井が苦笑いを浮かべた。

その2022年1月3日のライスボウル。パナソニックが3-0でリードしていた第2クオーター(Q)3分すぎ。富士通の自陣25ydからのオフェンス。最初のプレーで左サイドに出たWR松井理己(りき、関西学院大学)へのロングパスが決まり、一気に56ydのゲイン。逆転のタッチダウン(TD)につなげた。試合の流れを富士通サイドに持ってきたのは、あのロングパスだった。このとき、松井の前にセットしていたのが土井だった。

あのパスは、プレーが始まる前に勝負がついていたと言ってもいい。ディフェンスのカバーはコーナーバックの土井とセーフティの選手との間で、浅いゾーンを守るか奥のゾーンを守るかの分担を決めるものだった。慣れない東京ドームでの試合だったこともあり、このコミュニケーションがうまくいかないままプレーが始まってしまった。

昨年のライスボウルで外国人選手へのタックルを狙う土井(左から2人目、撮影・北川直樹)

一方の松井は「土井さんが奥を守りそうな感じだったけど、関係なくその奥で決めてやる」と思ったそうだ。そしてQBの高木翼(慶應義塾大学)へ「奥に投げてほしい」とのシグナルを送った。松井は土井とサイドラインの間のスペースを気持ちよく駆け抜けてフリーに。必死の形相で追いかけた土井の先で、きれいな弧を描いたロングパスが決まる。土井は松井に追いすがるようにタックルするしかなかった。

松井はこのライスボウルで最優秀選手に選ばれ、NFLに挑戦。10月にロンドンで開かれたインターナショナルコンバインの40yd走で、4秒41という好記録をたたき出した。その後、本人が今年度のNFL IPPプログラム(アメリカ以外の各国から人材を発掘するプログラム)の候補生に選出されなかったことをSNSで表明したが、確かにライスボウルのロングパスキャッチから、スター選手への階段を駆け上がっていった。

富士通の松井はいま、日本ナンバーワンのWRかもしれない(撮影・篠原大輔)

市西がふたりの原点

土井には前回のライスボウルに大きな悔いが残った。「ちゃんと勝負して抜かれたのとは、また違う。それに同じ高校の後輩ですし」。土井と松井はともに兵庫県西宮市の市立西宮高校でアメフトを始めた。土井が一つ先輩だ。土井は中学までサッカー、松井はバスケットボールをしていた。進学校で強くはなかったが、この市西(いち・にし)こそが2人のフットボール人生の原点だ。

土井は高校でもサッカーを続けようと思っていた。しかし入学直後のある日、中学のサッカー部の先輩で市西のアメフト部に入っていた人がいて、半ば無理やり部室に連れて行かれた。「お前はこっちや」と先輩は言った。断れそうにないなと思っていると、「サッカー部は強くてレギュラーとれるかな? 新しいスポーツを始めるのもいいかな」とも考えるようになり、アメフト転向を決めた。部員は40人ほどで、WR兼DBとなった土井は1年のころから試合に出た。

2年の春、兵庫大会の予選リーグ初戦で関西学院高等部と対戦。土井は0-6で迎えた第3QにTDをとった。逆転されて7-12で負けたが、最初にフットボールの面白さを実感した試合だった。このころはWRが好きだったが、徐々にディフェンスの面白さが分かってきた。「高校レベルだとQBが投げる瞬間が分かりやすいから、思い通りに動けて楽しいなと思ったんです」。日々の練習でWRにもDBにも入ってマンツーマンの勝負をやった。1学年下の松井とも数えきれないぐらい勝負した。土井は松井のことを「バスケ出身で身長が高くてパスも投げられるし、DBもうまかった。キッカーもできるし、何でもできる選手だな」と思っていた。

姉が2人いる末っ子の土井はフィールド外では穏やかな男だ(撮影・篠原大輔)

3年秋の関学戦で3インターセプト

松井にとって土井は、飛び抜けてうまい先輩だった。今回のライスボウル前の記者会見で当時の話になったとき、こう語った。「どうやったらマンツーマンで土井さんに勝てるか、毎日のように試行錯誤してました。レシーバーでむちゃくちゃなダブルムーブをやって、『そんなパターンないわ』ってツッコまれたり。でもあのころに『捕ったら勝ち』ってのが植え付けられて、球際の強さを大事にするようになった。市西は僕がいまのパフォーマンスを出せるきっかけになった場所だと思います」

土井は大学進学にあたって、「家から通えて、いい感じでアメフトができればいいな」と関西学生2部リーグにいた甲南大学へ進んだ。2年生のときに桃山学院大学との入れ替え戦に勝ち、3年生から1部に復帰した。大学ではDBでプレーしていたが、キッカーの先輩が卒業し、選手数も少ないため、残りの2年間はキッキングゲームにフル出場。体力的にキツく、サイドラインに戻るとずっとベンチに座っていた。とはいえパントも蹴っていたため、座っている間も気を張っているような状態だった。

体はキツかったが、コーナーバックとしては名を上げた。3年の秋、土井にとって1部での最初の試合は立命館大学戦。いきなりインターセプトを決めた。リーグ2戦目は関学が相手。高校の後輩の松井は、進学校の市西では珍しくスポーツ推薦で関学に入っていて、2年生のWRになっていた。土井は「松井は鳥内監督(当時)から『関学史上最高のレシーバーになれる』って言われてたし、『どんだけすごくなってるんやろ』って対戦を楽しみにしてました」と振り返る。

甲南大学時代の土井はオフェンス以外出ずっぱりだった(撮影・篠原大輔)

関学は甲南に対し、タテのパスばかり狙ってきた。松井も含め、関学のWRは速かったが、土井にとってかなわないレベルではなかった。この試合で土井は三つのインターセプトを決め、一気に関西1部で注目される存在となった。3戦目からの相手は土井のサイドにほとんど投げてこなくなり、インターセプト数は増えなかったが、4回は1部リーグで1位タイの記録だった。

「戻れるなら、あのプレーの前に戻りたい」

そして土井が4年生の秋の関学戦。松井と再びマッチアップした。ゴール前30ydからのプレー。フィールドの左端で2人は向き合った。土井は内側へのパターンを予想していたが、松井はまっすぐ走ってきた。タテに抜かれ、QBからピンポイントのパス。松井にTDを奪われた。「いかれました。戻れるなら、あのプレーの前に戻りたい」と土井。去年のライスボウルだけじゃない。高校卒業後に松井に負けたのは、これが最初だった。

松井にはやられたが、この学生ラストシーズンは出ずっぱりで体力的に厳しい中、貪欲(どんよく)に相手のパスに食らいついた。5回のインターセプトでリーグ1位。1部のベストイレブンと優秀守備選手にも選ばれた。

土井(左)が大学4年の関学戦で松井に抜かれ、TDを許してしまったプレー(撮影・篠原大輔)

3年生の終わりごろ、甲南大からパナソニックに進んでいた先輩に声をかけられ、インパルスの練習に参加した。DBの練習に入れてもらうと、かなり年上の選手も気さくに声をかけてくれた。和気藹々(あい・あい)とレベルの高い練習に取り組んでいた。「社会人でもこんなに楽しく練習ができるんだなと。大学の1部で通用したという感覚があったので、社会人ではトップを狙えるところでやりたかった。パナソニックなら地元の関西だし、ここでやりたいと思いました」

1対1で勝つための新たな取り組み

2018年からXリーグでプレーするようになり、考え方を変えた。変えざるを得なかった。大学生のQBは投げる動作や目線が分かりやすいので、QBでリードしているとWRの前に入れるチャンスが多かった。奥にいかれても、たいていはついて行けた。だがXリーグではそうはいかない。外国人のWR相手に引いていると、好きなように走られてしまう。そして、そこへ向かって外国人QBの矢のようなパスが正確に飛んでくる。「間を開けて狙うこともするんですけど、それだけじゃ止まらない。タイトにセットして、気持ちよく走らせない、ルートから外させることにフォーカスするようになりました。ちょっとでもレシーバーのタイミングを狂わせたい」。大学時代より早いタイミングでWRと勝負している。

土井は前回のライスボウルで日本一を逃した悔しさから「1対1の勝負で勝ちたい」と強く思い、すぐに新たな取り組みを始めた。大阪市内のジムに通い、DBの動きにつながるトレーニングを考えてもらって鍛えた。いままでWRと向き合ったときに「止めないと」と思って力んで1点しか見ていなかったのを、力を抜いてぼんやりと自然体で見るような訓練もした。ボールが空中のどこにあるのかをつかむ、空間認知能力を上げるトレーニングにも取り組んだ。

ブロックの処理は苦手だが、勝つために必死で取り組んでいる(撮影・北川直樹)

ヒントを得ようと松井にも連絡を取った。土井が「どんなDBがやりにくい?」と尋ねると、松井は富士通のチームメイトであるアルリワン・アディヤミとオービックの田中雄大の名を挙げた。土井はこの2人のプレー映像を見て参考にした。

春のシーズンを終えて、コーチから「コーナーバックで一番動きがよかった」と言ってもらえた。夏の練習でも好調を維持して、5年目の秋シーズンで初めてスターターの座をつかんだ。今シーズンのリーグ戦5試合、ライスボウルトーナメント2試合。土井は「背の高いレシーバーに競り負けることはあったけど、それ以外は自分の思い通りに動けてます。イメージする動きに近い」と自信に満ちている。

高木―松井のホットラインを止めないと勝てない

昨秋、松井がNFLに挑戦する過程が報道されると、土井はこんな思いを抱いた。「やっぱりアイツを止めないと日本一には届かない。勝ちたい気持ちが一層強くなった。身体能力、スピード、球際の強さとすべてにおいて日本トップレベルですけど、止められないことはない」

取材の最後、土井が珍しくアツく語った。

「去年の1月3日に負けてから、1年後のライスボウルにも富士通が出てくると思って取り組んできました。個人としてもDBのユニットとしても、18番(QB高木)から85番(松井)へのパスを止めないと絶対に勝てないのは分かってます。ウチのセカンダリーにかなり気合が入ってるのは、会場でもテレビを通じても分かってもらえると思います。どれだけ1対1にこだわって、タイトにパワフルにいけるか。1点差でも勝てばいい。かなりハードな試合になると思うんですけど、あきらめずに戦う姿に注目してもらいたいと思います」

2012年、高校のグラウンドで土井と松井の勝負は始まった。東京ドームという晴れ舞台での対決をしっかり目に焼き付けたい。

昨年のライスボウルから。「職場のみなさんの応援はほんとに力になります」と土井(撮影・篠原大輔)

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