富士通・香川将成は「真面目に、謙虚に」リーグ4部の関西外大出身のRBが見せた走り

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6月4日、2021年シーズンに日本選手権ライスボウルを制した富士通フロンティアーズが、ディアーズフットボールクラブに66-0で勝った。富士通は2022年の初戦を完封で飾るとともに、チームの底力を存分に見せつけた。中でも目をひいたのが、関西学生ディビジョン4（リーグ4部）に所属する関西外国語大学を経て富士通の門をこじ開けた香川将成（23）だ。

小柄で無名の28番、「マン・オブ・ザ・マッチ」の活躍

2022年の日本代表でエースQBを務めた高木翼（慶應義塾大卒）は出場せず、大内勇（関西大卒）とルーキー野沢研（立命館大卒）が攻撃を指揮。松井理己（関西学院大卒）や神優成（法政大卒）といったWR陣にパスを通して大量得点を奪った。その中で背番号28を付けた香川はキラリと光る活躍を見せた。

RBとして先発した香川は、第1クオーター（Q）6分に5ydのランでタッチダウン（TD）を奪い、第2Qには70ydを走り切る独走で2本目のTDを決めた。試合を通して15回走り、155ydを稼ぐ大活躍。報道陣の間でも完全にノーマークで、試合中のサイドラインでは「彼は何者か？」という話で持ちきりとなっていた。

28番は身長165㎝と小柄でアメフトでは無名の大学出身ながら、タフで思い切りのいい走りが光った。「OLがよく道をあけてくれたのと、WRがしつこくブロックに行ってくれたので走れました」と、控えめながら嬉（うれ）しそうに話す。そして、この試合で富士通がチーム内で選出するゲームMVP「マン・オブ・ザ・マッチ」を受けた。

名門・報徳学園野球部時代から環境は一変

香川は名門・報徳学園高校（兵庫）野球部の出身。ポジションはセカンドで、レギュラーではなかったが、強豪チームで野球をプレーしたアスリートだった。報徳学園はラグビーも強く、花園の常連校。仲の良かった友達がラグビー部だったこともあって、「激しいぶつかり合いがカッコいい」と思っていた話す。同じコンタクトスポーツのアメフト部はなかったが興味を持っていて、アメフトの他競技推薦枠がある大学を受ける選択肢もあった。しかし「留学がしたかった」香川はその道は選ばずに、関西外大に進学することにした。

語学の勉強が最優先だった香川だが、大学でもスポーツを続けたかった。野球はやり切ったので何か別の競技をしようと思っていたところ、自分のキャンパスにはアメフト部しかなかった。もとから興味を持っていたこともあり、迷わずに入部した。

「この体格で、少し足が速かったんで」。先輩のすすめを受けてまずはRBになった。関西外大は香川の入学当時、関西学生リーグのディビジョン3に所属するチームで、選手は4学年あわせて20人前後。攻守で各11人必要な試合時には、文字通り攻・守・蹴（キッキング）で出ずっぱりだった。試合中ベンチに戻るのは、ハーフタイムだけ。香川は「攻撃はWRやQB、守備はSFやCBなどライン以外のポジションは大体やりました」と話す。

高校までは強豪チームに所属していて環境が整っていたから、日々考えていたことは専ら「どうやって試合に出るか」ということ。与えられたことをこなすことに疑問を感じたこともなかった。大学に入ってからは、この考えのすべてが覆った。「人数が少ない、弱い、環境が悪い。じゃあどうやったら勝てんねん？」と。限られた人的リソースをどのように育成するか、そもそもどうやったら部活に入ってもらえるのかなど、今までは使ったことのない部分の脳みそを、フル回転させる日々。普段の練習で技術を指導してくれるコーチはおらず、すべては自分たちで考え編み出したやり方だった。

４部降格、不完全燃焼のままの4years.

NFLのグリーンベイ・パッカーズのキャンプに招集された経験をもつ、中村多聞さん（現・電通キャタピラーズRBコーチ）が主宰する「タモン式ランニングバック養成所」のクリニックに1、2年生の時に参加し、RBの技術について教えを受ける機会を得た。「自分から絶対サイドラインに出ない、練習で1番最後まで走るなど、RBとしてのメンタル面をすごく学びました」。加えて目線の使い方など初めて知る技術も多く、すべてが衝撃的だったと振り返る。

3年生の秋には試練が訪れる。最終戦となった下部リーグとの入れ替え戦のことだ。「ラストプレー。フィールドゴールを狙ってキックしたら同点・オーバータイムのところで、ちょっと凝ったスペシャルプレーをしてしまって……。失敗して攻守交代になって負けました」。最終学年を前にして、ディビジョン4に落ちた。ラストイヤーは、新型コロナウイルス感染拡大の影響で練習もままならず、ディビジョン3との入れ替え戦も消滅。予定されていた最終戦も中止となった。香川の4年間の締めくくりは、不完全燃焼のままで打ち切られるような形になってしまった。

いい転機もあった。降格と同時に、OGの沢木由衣さんが女性として国内初の監督に就任。沢木監督のつてで、Xリーグのトップレベルの選手が下部リーグの学生をコーチングする「meetsCoach」というプログラムを受講する機会があった。社会人でプレーを続けることについて考えはじめていた矢先のことだった。

香川はこのとき、進路について当時富士通フロンティアーズに所属していた平本恵也さん（20年引退、現・日本大ヘッドコーチ）のアドバイスを受けた。

「試合に出れるチームに入って経験を積む道もある。逆に、強いチームに飛び込んでいって、もまれながらうまい選手を見て自分が成長する道もある」

「そもそもXリーグのヒットの強さもわからん、知らんことだらけ」。香川は最初、当然のように前者の道を考えていた。しかし、話を聞いて「なるほど確かに」と思った。平本さんに相談し、フロンティアーズのゼネラルマネージャー・常盤真也さんを紹介してもらい、連絡をとった。チーム首脳陣にビデオを見てもらい、まずは練習生としてであればと、チームに同行できることになった。フロンティアーズに合流するため、ストレートでの就職は見送った。

アルバイトしながら、まずは練習生として

大学を卒業した2021年シーズン、単身上京し工場などでアルバイトをしながら、週3回あるフロンティアーズの練習に参加した。

「こんなに違うんかって。もう、体つきもスピードも全部が違う」。2月、練習初日の感想だ。香川にとってコーチがいる初めてのチーム練習が、日本のトップチームであるフロンティアーズというギャップ。RB出身の山本洋監督から教えられる練習メニューはすべてが未体験で、「カルチャーショックというよりは、こんなに知らないことがあるんだ」と驚いた。初年度はRBだけではなく守備のSFの練習にも加わり、初めてだらけの充実した1年だったと振り返る。

就活で富士通系列の会社を受けてエフアイ・テックに入社が決まると、フロンティアーズのチームトライアウトを受験し合格を勝ち取った。そして、ウォークオン（一般入部）の枠で正式に入部が決まった。

同学年のRBには、学生王者・関西学院大学でエースとして活躍した三宅昂輝がいる。学生トップで鳴らした三宅と、かたやディビジョン4出身の香川だが、2人はプライベートでも仲がいいという。「メシや温泉にも一緒に行きます。どっちがエースとかではなく、2人で試合にでて一緒に活躍したい」。香川は正直な気持ちを話す一方で「三宅の異次元のスピードにはかなわないですが、カットバックとフィジカルでは負けたくない」と負けん気も口にする。香川は、練習生の頃72kgだった体重を地道なトレーニングで5kg増量し、春のデビュー戦を迎えた。

ひたむきで親しみやすい、愛称は「ピカチュウ」

一緒にトレーニングをするDLのジョー・マシス（ワシントン大卒）と渡辺裕也（法政大卒）からは、トレーニング方法や食事のアドバイスをもらい、日々多くのことを学んでいる。マシスからは「ピカチュウ」の愛称で呼ばれている。小柄ながらひたむきな姿勢と、親しみやすさが表されているのだそうだ。本場米国出身のマシスも、香川のまっすぐな人柄と実力を大いに評価しているという。

憧れの選手は、NFLカンザスシティ・チーフスのRBクライド・エドワーズ（ルイジアナ州立大卒）。「おこがましいですが、自分と同じで小さくてゴツい。でもNFLで通用し活躍している。カットバックや簡単に倒れないランニングスタイルが理想です」。SNSやYouTubeなどを見ながら、エドワーズのトレーニング方法も参考にしている。

掲げている目標は、富士通フロンティアーズの先輩RB金雄一さん（21年引退）だ。「金さんはRBとしてだけでなく、パスキャッチやキックのリターナーなど幅広いスキルを持った選手でした。僕もフロンティアーズの穴をひとつでも埋められる選手になれたら」。考えが、身の丈に合ったことばとして流れるように出てくる。香川の大きな魅力だ。

「下位リーグ出身ということもあるでしょうが、真面目に謙虚に取り組む姿勢を持っていて、そういう部分が着実にパフォーマンスにつながっている。今できていることに満足せず、我々全体で目指しているレベルで、さらに上のパフォーマンスを発揮できるように、レベルアップしてくれたら」

山本監督は、香川をこう評価する。デビュー戦となった初戦の出来は、監督・本人ともに「80点」。まだ細部の粗さがあることは自他ともに認めるところ。2022年シーズンのフロンティアーズは、存在感を増した小さなビッグプレーメーカー、香川将成の走りに注目だ。