陸上・駅伝

特集:New Leaders2023

早稲田大・菖蒲敦司新主将 世界を意識し「背中で引っ張る」オールラウンダーの青写真

今年の箱根で9区を走った菖蒲は「世界」を見据える(撮影・井上翔太)

持ち前の高い運動能力で、ルーキーイヤーからトラックと駅伝で活躍してきた早稲田大学の菖蒲敦司(3年、西京)。箱根駅伝は1年から2年連続で故障により出場できなかったが、今年1月の99回大会で三度目の正直を果たした。2年ぶりとなるシード権獲得にも貢献。2023年度の早稲田大は3大駅伝すべてで5位以内を目標に掲げる。陸上を始めた頃からの「世界へ」の夢をかなえることが、チームの目標達成につながると信じている。

「君なら世界を狙える」と言われた中学時代

高校時代に長距離や駅伝で活躍し、箱根駅伝などの学生駅伝に憧れて関東の大学に進む選手は少なくない。しかし2020年春に大学生となった菖蒲は違った。箱根に出たい気持ちもあったが、中学時代の陸上部の先生から「君なら世界を狙える」と言われた言葉がずっと心の奥にあった。

「個人で世界を目指せるような選手になりたいと思って早稲田に進学しました」

入学早々コロナ禍に見舞われ、予期せぬ大学生活スタートとなったが、夏あたりから全体練習が本格化すると、先輩たちの強さに圧倒された。

「高校の頃は自分がチームでトップという立ち位置だったので、『誰かを見て頑張らないと』と思うことはあまりありませんでした。でも二つ上の中谷雄飛さん(現・SGホールディングス)や太田直希さん(現・ヤクルト)、一つ上の井川龍人さん(4年、九州学院)たちが練習でバチバチ競い合っているのを見て、レベルの高さを感じました」

1年のときは周りのレベルの高さに圧倒された(撮影・小野哲史)

「大学1年目は自分が成長しているのか手応えがなかった」と振り返るが、全日本大学駅伝の出走メンバーに選ばれた。4区の太田からトップで襷(たすき)を受け、懸命の走りで首位を守った。この勢いで箱根駅伝出場の可能性も高まったが、12月10日のエントリー翌日、大腿(だいたい)部に痛みを感じ、疲労骨折が判明。「その時点で箱根は諦めるしかなかった」

「頑張ったことが結果につながる」面白さ

菖蒲は幼い頃から運動神経が抜群だった。小学2年で始めた野球は中学3年まで続け、チームの中心選手として活躍した。その傍ら、スポーツに優れた児童を早期に発掘・育成する山口県の「ジュニアアスリートアカデミー」に参加。中学では1、2年の冬と3年の秋以降は陸上部にも所属し、駅伝大会で区間賞を取ったこともある。

高校は陸上の名門・西京に進んだ。「野球を続けたい思いを断ち切れたわけではなかった」が、野球は自分だけが頑張っても勝てないことがある。それに「世界を狙える」という、あの言葉が菖蒲の背中を押した。

高校3年間で印象深いのは、1年時のインターハイ中国大会だ。1500m決勝のラスト100mで一時7位に下がったが、そこから粘って5位に入り、ボーダーラインに0秒07差で全国行きを決めた。「あそこでインターハイに行けたことは、高校陸上生活において、大きなステップになった」と語るように、菖蒲は3年連続でインターハイと全国高校駅伝に出場。インターハイでは2年時に3000m障害で3位、3年時には1500mと3000m障害の2種目入賞を果たした。3年の秋には練習の一環で出場した10000mで28分58秒10をマークしている。

何も知らないまま陸上の世界に飛び込んだが、菖蒲は「頑張ったことが結果に直結する競技だな」と魅力に気付き、成長していった。

個人種目は3000m障害を軸にしている(撮影・松永早弥香)

3年目で初めて箱根を走り、新境地を開いた

七つ年上の兄を追うように進んだ早稲田大で、菖蒲は2年目に大きな飛躍を遂げた。トラックシーズンは5月の関東インカレ(1部)3000m障害を制すると、1500mは2位に食い込んだ。日本選手権にも初出場し「100点以上の結果を残せた」と確かな手応えをつかんだ。

夏合宿をおおむね順調に消化した後、駅伝シーズンでも出雲は1区で区間2位、全日本は4区で区間5位と、前年以上にパワーアップした姿を披露した。しかし箱根はまたしても大腿骨の疲労骨折に泣かされてしまった。

「11月20日ごろに発覚し、箱根当日には走れるまで回復しましたが、それでも7、8割の状態。メンバーに絡みながら選考で落ちた感じだったので、1年生の時より悔しかったです」。チームも13位で3年ぶりにシード権を失い、「僕が走れないことで他の人の区間配置も変わってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいでした」と当時を振り返る。

関東インカレ3000m障害を制し、両拳を握った(撮影・藤井みさ)

悔しさをバネに、3年目はワールドユニバーシティゲームズ出場を目指して春から快進撃を続けた。関東インカレは3000m障害で2連覇を飾り、7月のアメリカ遠征では「食事面や生活面で大変な思いをして、ベストコンディションで試合に臨むことの大切さを改めて学んだ」という。

秋は中距離から長距離への移行がうまくいかず、9月はコロナに感染。万全の状態で駅伝シーズンを迎えられなかった。ただ、同期の佐藤航希(3年、宮崎日大)らの励ましで「やるしかない」と奮起。箱根駅伝でようやく初出走を果たした。9区を区間9位(1時間9分12秒)でまとめ、2年ぶりのシード権獲得に貢献した。

「12月はしっかり練習ができていたので、自信を持って箱根に臨めました。早稲田大記録(1時間9分17秒)を上回って、設定より速いタイムで走れたのは良かったですが、順位を4位から二つ落とした悔しさもあります」

入学当初は箱根が最大の目標ではなかったものの、菖蒲は「沿道の人が23kmずっと途切れず、箱根は本当にすごいんだなと感じました」と陸上の新たな境地を開いた気分だった。

今年初めて箱根駅伝に出走し、魅力を改めて知った(撮影・小野哲史)

「背中で引っ張るキャプテン」をめざす

昨年9月上旬には2023年度の駅伝主将になることが決まっていた。正式には今年の箱根後に就任したが、経験豊富な菖蒲にとっては違和感がない。

「これまで学年リーダーを任されてきましたし、小学校や中学校の野球でも高校の陸上部でもキャプテンという役割を課されてきたので、自分としては合っている役職だと思っています」

2月の丸亀ハーフマラソンでは、それまでの自己記録を2分47秒も更新する1時間2分00秒をマークした。「今までハーフ以上の距離でうまく走れた経験がありません」と言う菖蒲だが、今回の好走については「箱根で15km以降の失速を最小限に抑えられて僕の中では成功レースだったので、その経験からうまく走れた」ととらえている。

花田勝彦駅伝監督は、主将としての菖蒲にこんな期待を寄せる。

「もちろん、チームをまとめていかないといけないこともありますが、私自身が求めているのは、背中で引っ張るキャプテンです。私たちはまず戦うというか、競技をすることがメインですので、チームの代表として試合に出た時に、走りでみんなに『菖蒲さん、やってくれたな!』と思わせるような、背中で引っ張れるキャプテンになってほしいと思います」

背中で引っ張れるキャプテンをめざす(撮影・小野哲史)

菖蒲も同じ考えで「早稲田は自分の意見を持って、自分で考えて取り組める学生が多いので、僕があれこれ強制する必要はないかなと。うまくいっていない選手に声をかけることはやっていきたいですが、チームを良くしようといろいろやり過ぎて空回りするくらいなら、自分がしっかり結果を出すことにこだわりたい」と話す。

具体的には「トラックでは3000m障害で去年できなかったユニバ代表の座を勝ち取って世界を経験することと、5000mで13分40秒、10000mで28分20秒を切ること。駅伝では3大駅伝をすべて走って、区間賞争いをするのがキャプテンとしてのあるべき姿」という青写真を描いている。

3000m障害を軸に1500mからハーフマラソンまでこなす、名門ワセダのオールラウンダー。菖蒲の大学ラストシーズンの戦いに注目せずにはいられない。

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