慶応を支える10人の「兄貴」コーチ 二人三脚で悩み、成長アシスト
第95回記念選抜高校野球大会が開幕した。5年ぶり10回目の出場の慶応(神奈川)は、「成長至上主義」を掲げ、自発性を重んじているが、選手だけでは間違った方向に進む可能性もある。そこで欠かせないのが、成長を助けてくれる身近なコーチの存在だ。
大学に進学した野球部の卒業生が、ボランティアの「学生コーチ」としてチームを支えている。「選手と二人三脚で、一緒に悩みながら、それぞれのスタイルに合わせてアドバイスができる」。部に帯同する学生コーチの一人はそう話す。現在は大学1~3年約10人が在籍し、大学の講義がない時間に練習に参加している。
学生コーチの役割は多岐にわたる。監督から指示を受けた練習メニューの細部を決め、シートノックでバットを握ったり、バッティング練習でトスを上げたり。LINEを使って、打撃フォームなどの動画を共有し、気づいた点を教えることもある。
■寄り添う学生コーチの経歴は様々
学生コーチの斎藤俊さん(21)が心がけるのは、選手個々人に目線を合わせること。約70人いる慶応野球部には、中学時代から全国的に有名だったエリートもいれば、けがで思うようにプレーできない部員もいる。
自身、高校2年だった5年前の選抜大会と夏の甲子園大会でベンチ入りし、一塁のランナーコーチを務めたものの、試合の出場はなかった。慢性的なひじのけがに苦しんだ高校生活を送った経験から、プレーに悩む選手や、試合に出場できていない選手にも気を配る。
「自分は野球の成功者ではない」と斎藤さん。甲子園で活躍したような人であれば成功体験を語ることができるが、その助言が選手一人ひとりに合うわけでもない。斎藤さんは選手と一緒に悩みながら、押しつけの指示型ではなく、「こうした方が良いのでは?」という提案型の助言を意識しているという。
斎藤さんのような存在もいれば、試合出場経験が豊富で高い技術を伝える学生コーチもいる。様々な経歴を持つコーチが帯同するからこそ、向き合い方も多様にできるという。
■「臆せず質問」 強豪校出身コーチも驚く自発性
選手たちが、多数いる学生コーチと積極的にコミュニケーションを取っている様子を見て、外部から参加しているコーチは驚いたという。「やりたいことが明確で、客観的に自分を見て、どうしたらよいのかを聞いてくる」
約1年前からコーチを務める、若松政宏さん(33)。全国屈指の強豪として名をはせる大阪桐蔭で夏の甲子園大会に2回出場したことがあり、卒業後には、近畿大学硬式野球部でプレーをした。知人の紹介で慶応に来るようになり、主にバッティングを教えている。
慶応の選手は「臆することなく質問をぶつけてくる」と若松さん。指示待ちの姿勢ではなく、自発性がある選手と接し、自身の高校時代との違いを感じもするという。
森林貴彦監督(49)は「兄貴のような存在がグラウンドにいるからこそ本音が聞けることもある」と語る。自身も大学時代に学生コーチとして指導に携わっていた。「年齢が近いと話が聞きやすい。私には相談できないことも、いろいろなことが相談できるでしょう」
自ら考え、課題を見いだして試行錯誤する。困ったときに寄り添ってくれるコーチもいる。勝利だけでなく、成長を――。そんなテーマを掲げる森林監督の指導の形がチーム全体に浸透している。
(原晟也)=朝日新聞デジタル2023年03月20日掲載