野球

特集:2022年 大学球界のドラフト候補たち

慶應義塾大・橋本達弥 「普通の公立校」で培った観察眼を武器に、めざすプロの道

今春の東京六大学リーグで最優秀防御率に輝いた橋本達弥(撮影・井上翔太)

立教大学の荘司康誠(4年、新潟明訓)や明治大学の蒔田稔(3年、九州学院)といった好投手が居並ぶ東京六大学リーグでこの春、最優秀防御率(1.53)に輝いたのが、慶應義塾大学の橋本達弥(4年、長田)だった。高校3年のときにプロ志望届を提出するか悩み、当時は大学に進んだら理工学部に入って航空機系の勉強をすることも考えた。今は「プロ1本」に目標を定め、最後のシーズンに臨む。

自然と覚えた効率的な時間の使い方

橋本は高校時代から、最速148キロを誇る速球派右腕としてならした。3年の夏は主に「5番・ピッチャー」として、兵庫大会でベスト8に進出。準々決勝は小園海斗(現・広島東洋カープ)を擁する報徳学園が相手だった。

「報徳は、いつもしっかりした野球をしてくるんで、いい試合はできても勝てなさそうだというのはありました」。報徳打線を3安打に抑えながら「ポテンヒット2本で点を取られて、三回からはヒットを1本も打たれてないんですけど、0-1で負けました。こっちはヒットを6本打って、チャンスは作ったんですけど」と今でも鮮明に覚えている。「小園は抑えました!」

今夏の兵庫大会でベスト4まで進んだ長田は、橋本によると「普通の公立高校」。練習時間は、短いときでウォーミングアップを含めて2時間半。長くても3時間から3時間半だった。限られた中でバッティングも、ピッチングも、守備練習も、ウェートトレーニングもすべてやらないといけないため、自然と効率的な時間の使い方を覚えた。

高校時代に対戦した小園は高校からプロの道に進んだ(撮影・内田光)

「やるべきところはやって、少なくてもいいなというところは減らしていました。ランニングとか体を鍛えることは、たくさん量をかけて、極端なことを言えばバッティング練習は(時間を)削っていました」

入部直後「どうやったらベンチに入れるんだろう」

当時から「プロ注目」とは言われていた。ただ本人には実感が伴わなかった。「ちまたで有名だったぐらいなんで、本当にプロに行けたかと言われたら、下位か育成かってところだと思います」

高校3年の夏を迎えるまでは、プロをめざすのか、大学に進むか迷っていた。進学する場合は一般受験で、「理工学部系に進み、航空機の勉強をしながら野球もできればいい」ぐらいに考えていた。そこに来た兵庫大会ベスト8。しかも小園と対戦したことで「野球をしたい」という気持ちが戻ってきた。「受かるか分からないけど」とAO入試で慶大を受験。合格したことで「これは慶應で野球をやって、プロをめざせということなのかな」と決心した。「プロ野球選手は小さい頃からの夢でしたから」

長田高校時代は、兵庫大会ベスト8まで進んだ(撮影・朝日新聞社)

入部してみると、層の厚い投手陣に「どうやったらベンチに入れるんだろう」と思った。当時は4年生に150キロ台の速球を投げ込む投手が、3人もいた。エースは左腕の高橋佑樹(現・東京ガス)。3年生に木澤尚文(現・東京ヤクルトスワローズ)、佐藤宏樹(現・福岡ソフトバンクホークス)、長谷部銀次(現・トヨタ自動車)、関根智輝(現・ENEOS)といったメンバーがそろい、ベンチに入り込む余地はなかった。左腕が少なかったこともあり、同学年の増居翔太(4年、彦根東)は1年からベンチ入りすることもあった。「すごくレベルが高いなと思いましたね」

慶應義塾大学のエース木澤尚文、不器用であることを強みに真っ向勝負

相手が何を打っているか分からないボールを

圧倒されがちだった心を奮い立たせてくれたのも、先輩たちだった。「ピッチングをしていたときに、4年生の先輩たちが『お前の球はいい!』って、自分でも思ってもみないようなことをすごい言われたんです」。そこから「頑張ったら可能性がある。ちょっとだけ先輩たちに認めてもらえて、自分でもいけるかもしれない」と思えるようになった。

秀でた部分をさらに伸ばすというよりは、総合的な能力で圧倒する気持ちで練習に取り組んだ。首脳陣からも「小細工で抑えるピッチャーじゃなくて、エースになるために、総合的な面で勝負しないといけない」と言われた。

打者を抑えるための能力とは何か。橋本は言う。「相手が何を打っているのか分からないボールを投げるのが一番だと思っています」。手応えのあるボールだとしても、ずっと同じボールを投げていたら、打者が慣れてきて、いずれ打たれる。そこで若干でもいいから、投球フォームやボールの軌道を変えられれば、凡打にできるという考えだ。

3年時の早慶戦でピンチをしのぎ、ガッツポーズを見せた(撮影・加藤諒)

先発で開幕し、途中からリリーフに回った今春のリーグ戦。高い潜在能力に加えて、打者心理を読んだり、抑え方を分かってきたりしたから、最優秀防御率のタイトル獲得につながったのかもしれない。

他の投手を見て盗む「観察眼」

最終学年となってからは、「侍ジャパン」の大学代表に当然のように選出されるようになった。今年は7月にオランダで行われた「ハーレムベースボールウィーク」にも出場。大学トップレベルの選手たちに囲まれ、「及ばないところばかり。自分はまだまだやるべきことがある」と感じた。

「ピッチングの精度で言えば亜細亜大学の青山(美夏人、4年、横浜隼人)、フィジカル面で言えば専修大学の菊地(吏玖、4年、札幌大谷)。今の時点での勢いだけを見たら白鷗大学の曽谷(龍平、4年、明桜)がすごかったです。菊地は選考会の時点から、同じ部屋でした」

亜細亜大学・青山美夏人 プロ入りの夢実現のため、今季は「人生をかける」
専修大・ 菊地吏玖 対戦相手は先にプロへ、自信を胸にめざす東都2部からのドラフト

彼らに比べたら、橋本自身はまだ「力む癖」があるという。「真っすぐを右バッターのアウトローに、力配分をうまくして質のいいボールを投げられるように。簡単にカウントを作る方法を意識しながら、練習してます。青山を見ていると『ずっと同じボールを投げられるんじゃないか』とか思うんです。亜細亜で練習しているだけあって、すごく完成されたピッチングをしていました」。他の投手を見て、自分に取り込めそうなものは盗む。この観察眼も、限られた時間で練習していた高校時代に培われた。

今春の早慶戦を終えた後、トロフィーを受け取った(撮影・井上翔太)

「もっと1ランク、2ランク上のピッチングを」

春はチーム事情で途中からリリーフに回ったが、秋は「どっちになるか分からないですけど」と、再び先発に挑戦する可能性もある。4年生となり、入学当初に思い描いた自分になれているかと尋ねると、こう返ってきた。

「まだ足りないですね。もっと1ランク、2ランク上のピッチングをしたいです。春からトータルで振り返って、もっと成長しないとなって思ってます」。プロ野球選手の夢をつかむため、秋はさらに圧倒的なピッチングを見せたいところだ。

in Additionあわせて読みたい