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慶應義塾大学が昨秋の悔しさ払う連覇、神宮大会で東京六大学勢初の四冠に挑む

連覇を達成し思わず涙があふれた慶應義塾大学の福井章吾主将(撮影・全て朝日新聞社)

昨年秋同様に優勝をかけての直接対決となった東京六大学野球の早慶戦。1、2回戦とも上限1万人の観衆が詰めかけた中、慶應義塾大学が2回戦を引き分けに持ち込み、2季連続39度目の優勝を決めた。

1回戦に敗れ、昨秋と酷似した状況に

春のリーグ戦で3季ぶりの優勝を果たし、第70回全日本大学野球選手権大会でも34年ぶりに頂点に立った慶大は、秋も快調だった。4カードを終えて4勝4引き分け。引き分けの数が多いのは、コロナ禍による九回打ち切りという特別ルールのためだが、黒星はなし。“負けないチーム”であった。

それを象徴するのが、明治大学との2回戦だ。九回表2死まで1-2と敗色濃厚の中、代打の北村謙介(3年、東筑)が右翼席へ本塁打。土壇場で追いつき、ドローに持ち込んだ。これは北村にとってリーグ戦初安打であった。

北村謙介ら脇役も連覇には欠かせなかった

“負けない慶應”が初めて黒星を喫したのが、早慶1回戦だ。昨秋以来の優勝をかけての直接対決となったこのカード、慶大は1回戦で引き分けても優勝と有利だった。だが早稲田大学が立ちふさがる。早大は開幕カードの立教大戦に連敗したものの、以降は負けなし。粘り強く優勝戦線にとどまり、早慶戦を天皇杯がかかる大一番にした。春は5位。今年の早大は負けから這(は)い上がってきたチームである。

慶大が1回戦を落としたのは、昨秋と同じ展開だった。嫌なムードが広がったのは想像に難くない。しかし意外にも、試合後の会見に現れた堀井哲也監督も、主将の福井章吾(4年、大阪桐蔭)もサバサバした表情だった。

堀井監督はいつもの張りのある声で、淡々とこう話した。

「春に大学日本一になってから、もう1回(秋の日本一に)チャレンジしようとやってきた。春秋連覇は手に届くところに来ているが、今日(1回戦)は硬さもあった。でもそういう中で戦うのもチャレンジだと思います」

福井主将の表情からも負けた悔しさはうかがえなかった。「1回戦で決めようとは思ってなかったですし、簡単に今日勝てるとは思っていませんでした」

実は、内心は全く違った。優勝後の会見で福井は本音を吐露した。

「昨日は不安でよく眠れませんでした。朝4時には目が覚めてしまって……どうしても昨秋の逆転2ランを浴びたシーンがフラッシュバックしてしまうんです」

大阪桐蔭高3年春には早大4年の徳山壮磨とバッテリーを組み、第89回選抜高校野球大会で優勝。慶大では今春まで3季連続でベストナイン捕手に選出されるなど、豊富なキャリアを持つ福井にとって、これは初めてのことだった。

大阪桐蔭高から早慶に分かれ高め合ってきた徳山壮磨、福井、岩本久重(左から)

背負い続けてきた重たい荷物

2019年まで15年間率いたJR東日本で都市対抗優勝1度、準優勝3度の実績がある名将・堀井監督も重圧を感じていた。春秋連覇を達成した直後のインタビューで声を詰まらせたシーンがそれを物語る。勝った時、優勝した時は、相手チームを気遣って言葉少なになる堀井監督も、こみ上げてくる感情をせき止められなかったのだろう。

堀井哲也監督は優勝インタビューで目を赤くした

慶大には背負い続けてきたものがあった。今春、大学日本一になっても下ろせなかった「重たい荷物」だ。歴史に残る好試合とうたわれた昨秋の早慶2回戦。あとアウト1つから優勝を逃したことが肩にのしかかっていた。

早川隆久が投げれば何かが起こる、土壇場の蛭間拓哉の逆転弾で早大が10季ぶりV

ただ、誰よりも「重い荷物」を背負い続けてきたのは、生井惇己(じゅんき、3年、慶應義塾)に違いない。昨秋の早慶2回戦、九回表2死から蛭間拓哉(3年、浦和学院)に逆転2ランを喫したのは生井だった。

早慶戦に連投し流れを呼び込んだ生井惇己

今春の生井は「呪縛」を振り払うかのようにフォームが大きくなっていた。マウンド上の表情からはある種の覚悟がうかがえた。春の早慶1回戦では、昨秋以来の対戦となった蛭間にライトにはじき返されるも、2回を無失点に。2回戦では1回1失点という内容だった。春はすでに慶大の優勝が決まっていた中での早慶戦ではあったが、生井にとっては圧がかかる、自身を試す場になった。

秋の早慶1回戦では3点ビハインドの九回に登板。これも巡り合わせか、ヒットで走者を出したことで三番の蛭間まで回る。2死三塁と適時打を打たれるとダメ押しになる場面だったが、蛭間を三振に打ち取った。「あの日」の1つのリベンジができた生井は、左手を強く握りしめ、雄叫びを上げた。

あの逆転被弾から1年 優勝かけた早慶戦で雪辱期す慶応の左腕

すると2回戦では大役を果たす。五回から救援した生井は2イニングを6人でピシャリ。蛭間との対決も遊ゴロで仕留めた。登板は1点を返して2点差としたすぐ後。これ以上の得点は許せない中、生井がリズムよく無失点で抑えたことは、七回の同点劇の呼び水にもなった。自身の投球に春の早慶戦にはなかった達成感があったのだろう。登板後、ベンチで仲間を鼓舞する表情にも生気がみなぎっていた。

「早慶戦男」蛭間拓哉も2回戦は生井に遊ゴロに抑えられるなど無安打だった

守り切ってつかんだ価値ある引き分け

打のヒーローになったのが、オリックスから4位指名された渡部遼人(はると、4年、桐光学園)だ。大学選手権で首位打者賞を獲得した渡部遼は五回、50m5秒9の快足で適時内野安打をもぎ取ると、七回には1点差とするタイムリー。これに失策が絡み、慶大は同点に追いついた。

早慶2回戦七回2死一、二塁、渡部遼人は右前打を放ち、敵失も絡んで同点に

外野守備に定評がある渡部遼はチームトップとなるリーグ7位の打率をマーク。明治大学の陶山勇軌(4年、常総学院)と並ぶリーグトップタイの6盗塁も記録し、初のベストナインに選出された。渡部遼は秋の6盗塁でリーグ通算24盗塁としたが、1度も失敗していない。盗塁成功率「10割」の“失敗しない男”である。

生井の好投は、渡部淳一(3年、慶應義塾)、橋本達弥(3年、長田)と継投した救援陣の無失点リレーにもつながった。堀井監督は「初回に3点を先制された後、追加点を許さなかったことが引き分けに持ち込めた要因」と投手陣をねぎらった。

守備陣も盛り立てた。特筆すべきは遊撃手・朝日晴人(3年、彦根東)の九回のスーパーキャッチだ。先頭で登場した早大の4番・今井脩斗(4年、早大本庄)の三遊間を破りそうな強烈な打球に飛びつき、グラブにおさめた。今井は秋の「三冠王」。勢いがある打者が口火を切れば、早大に流れがもたらされるところだった。

まだチャレンジは終わらない

終わってみれば、慶大も早大も勝ち点は同じ6.5。慶大は勝率差で秋も王者になった。ベストナインに選ばれたのは渡部遼だけ。際立ったヒーローがいない優勝であった。チーム成績も、打率がリーグ3位で、防御率は同2位だった。それでも、秋にかけるチームの思いはどこよりも優った。昨秋同様に優勝をかけての直接対決になった早慶戦では、絶対に優勝を逃せない「理由」が、慶大にはあった。

会見で珍しくジョークを口にした堀井監督は「春秋連覇したことで昨秋の負けを取り戻せたわけではない」としながらも、「選手たちは本当によくやってくれた」と満足そうだった。

今年3度目の記念撮影、明治神宮大会で4度目はなるか

昨秋から背負い続けてきた「重たい荷物」をようやく下ろせる――

いや、慶大にはまだ大仕事が残っている。「年間四冠」への挑戦だ。秋の優勝で、春季リーグ戦優勝と大学選手権優勝を合わせて、今年のタイトルは3つ。明治神宮大会で頂点に立てば、東京六大学リーグの所属校では初の「四冠」達成になる。

「重たい荷物」から解放されるのはその時かもしれない。

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