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特集:New Leaders2023

慶應義塾大・廣瀬隆太 幼稚舎以来の「主将」就任 狙うは高橋由伸さんの本塁打記録

慶應義塾大の新主将に就任した廣瀬(撮影・井上翔太)

慶應義塾大学の廣瀬隆太(4年、慶應)は今年、大学野球界で注目されている選手の1人だ。東京六大学リーグの通算本塁打記録更新にも期待がかかるホームラン打者は、プロからも熱い視線を注がれている。今年から主将としてチームをけん引している廣瀬に、自身の打撃に対する考え方や、目指しているキャプテン像など、じっくり話を聞いた。

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主将になってから人間的に成長

慶大出身の高橋由伸さん(前・読売ジャイアンツ監督)が持つ、東京六大学リーグの通算本塁打記録(23)更新まであと11本。3年秋までに13本塁打をマークした廣瀬は、偉大な先輩の背中を追っている。決して容易ではないが、廣瀬にとっては不可能ではない数字だ。昨年は春、秋合わせて7本塁打を放った(ちなみに年間最多本塁打記録は慶大・岩見雅紀(元・東北楽天ゴールデンイーグルス)が2017年に樹立した12本)。

廣瀬はホームランと「大記録」更新への思いをこう話す。

「高校時代(通算41発)からホームランに対するこだわりはありましたし、自分にとってホームランは『柱』です。もちろん、そこ(通算本塁打記録)は意識してますし、超えたいと思ってます」

リーグ戦初本塁打を記録したのは1年秋。チームの開幕戦となった東京大学との1回戦だった。初スタメンで3番に抜擢(ばってき)された廣瀬は、最初の打席でリーグ戦初本塁打となる2ランを放った。すると2回戦でも2ランを飛ばし、2試合で2本塁打を含む5安打4打点。慶大に廣瀬あり――。鮮烈な印象を神宮のファンに残した。

慶大OBの高橋由伸氏が持つ東京六大学リーグ通算本塁打記録の更新をめざす(撮影・井上翔太)

以来、順調に本塁打を積み上げ、ベストナインも3度受賞(一塁手で2回、二塁手で1回)。廣瀬が1年生の時から慶大を率いている堀井哲也監督は「ここまで順調に来ていると思います」と、3年間での成長に太鼓判を押す。最上級生で主将になってからは精神的にも成長したという。「同期に推されて主将になったんですが、変わりましたね」。19年まで15年間監督を務めたJR東日本では、都市対抗優勝1度、準優勝3度の実績がある名将は目を細める。

本人も主将の自覚は十分だ。「主将は小学校(慶應義塾幼稚舎)の時以来ですが、自分が一番のプレーをするとともに、一番冷静に周りを見られるよう、常に心がけています」。参考にしているのが、慶大の前主将で、高校でも1学年先輩だった下山悠介(現・東芝)だ。「自分が打てなくても決して態度には出さず、打席からベンチに戻るとすぐに最前列で声を出してました。見習っていきたいですね」

スイングが加速するところでとらえる

進路はすでにプロ1本に絞っている。2年時は高校でも2学年先輩の正木智也(現・福岡ソフトバンクホークス)、3年時は1学年先輩の萩尾匡也(現・巨人)と、同じ右の長距離打者がいずれも2位指名を受けたことも刺激になっている。

特に、3年秋までは通算1本塁打も、4年目で9本塁打を積み上げて評価を高めていった萩尾の指名には「感じるものがありました」と語る。一方で、立教大学の山田健太(現・日本生命)が指名漏れになったことは、廣瀬に危機感を抱かせた。「僕は山田さんとタイプ的にも近いので……。もっと頑張らないといけないと思いました」

昨年7月の「侍ジャパン」大学日本代表の合宿。廣瀬は器具に置いたボールを打つ置きティーでの打球速度の測定で、プロ(NPB)でも上位に入る162キロを計測した。打球は空気を切り裂くようにグングンと伸びる。その飛距離には先天的なものも感じさせるが、実はなかなかの理論派である。

すでに進路はプロ1本に絞っている(撮影・上原伸一)

「ボールを呼び込みながら、バットが加速するところでとらえるのが、自分のスイングなんですが、大学に入ってから、どうすればできるのか、考えるようになりました。高校までは深く考えず、感覚で打ってましたが、感覚だけだと修正も難しいので。昨年のはじめにバットを太くし、バランスを(重心が先端近くの)トップから(中ほどにある)ミドルにしたのも、自分のスイングをより良いものにするためです」

「試合後は必ず動画を見て、自分のスイングができているか、確認をしてます。チェックポイントはいくつもあって、開いていないか?踏み込めているか?ボールを線でつかまえているか?といったところを重視しています」

2年前は正木、昨年は萩尾の打ち方をつぶさに観察していたという廣瀬。その頭からバッティングのことが離れることはない。「気分転換ですか? 特にしないです。休みたいと思わないので、オフの日も練習しますし、打撃の分析をするのが好きなので」

頭からバッティングのことが離れることはなく、理論派だ(撮影・井上翔太)

常に同じ距離のものを見るルーティン

リーグ戦では必ず、神宮球場のレフトポール、ライトポール、そしてセンターのバックスクリーンを見てから、打席に入る。

「投手だけを見ていると、その日の状態によって、近いと感じたり、遠いと思うことがあるからです。感覚的な誤差をなくすために、常に同じ距離のものを見ることで調節するのをルーティンにしてます」

誰かから教えられたわけではなく、自分で考えたという。常に打撃のことを考えているから、こうした発想も生まれるのだろう。“幼稚舎からのKEIOボーイ”はどこまでも探求心にあふれた“野球小僧”である。

高校時代は2年の春夏に甲子園を経験(撮影・朝日新聞社)

通算13本塁打のうち11本がレフト、または左中間方向だが、右方向にも打てる。昨年8月に行われた「侍ジャパンU-18壮行試合」では、スライダーをうまく拾ってライトの前に落とすバッティングを披露。高校時代は「全打席ホームランを狙っていた」というスラッガーは、器用な打撃ができる一面も併せ持つ。

打力のみならず、守備力アップにも力を注いでいる。昨秋はチーム事情からファーストを守ったが、今年はサードが定位置となる。「守りもかなり練習してきたので、自信を持ってます。三塁の守備も見てほしいですね」。セカンドでの守りでは、間一髪の打球をランニングスローでアウトにするなど、182cm、91kgの大柄ながら動きは軽快だ。

いつも淡々とプレーできるのも強み

いつも淡々と落ち着いてプレーができるのも廣瀬の強みだ。1年生の頃から慌てている様子を見せたことがない。例えば、雨でグラウンドがぬかるんでいる試合。セカンドを守っていた際は、足が速いバッターの打球をグラブにおさめると、滑らないように落ち着いてボールを握り、かつ悪送球にならないようにバウンドさせる送球をしていた。一喜一憂もしない。決勝打になるホームランを打っても表情を変えることなくダイヤモンドを1周し、三振を喫しても何事もなかったような顔でベンチに戻る。

「よく『肝が据わっている』と言われるんですが(笑)、大学に入ってから淡々とできるのが自分の良さだと気付きました」

気持ちの波があまりないので、相手や環境によって自分が変わることはない。いかなる条件でも自分を見失わず、力が発揮できるメンタルが備わっている。今年は注目される1年になるだろう。それも力に、主将として2021年春以来の大学日本一に向け、通算本塁打記録をも塗り替えるつもりだ。

守備の際はいつも落ち着いてプレーできるところが強みだ(撮影・井上翔太)

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