アルビレックス新潟内定の東洋大・稲村隼翔 ハングリー精神を原動力に、乗り越えた壁
6月1日、プロサッカーJ1リーグのアルビレックス新潟から2025年度の加入内定が発表された東洋大学の稲村隼翔(3年、前橋育英)。練習参加の打診を含め、計4クラブから誘いを受ける中、約1カ月悩んだ末に決断を下した。大学に入り、プロ注目の貴重な左利きのセンターバックに成長するまでの過程を本人に聞いた。
同じプレースタイルの角田涼太朗に憧れ
最終ラインから鋭い縦パスを送り、前線で構える選手の足元にピタリとつける。左足から繰り出す、長短を織り交ぜた配球は稲村の持ち味の一つだ。相手がプレッシャーに来ても慌てることはない。プレスをかわし、状況に応じて、前にボールを運ぶこともできる。雨でぬれた芝生の上でも、ボールコントロールが乱れることはほとんどない。5月中旬、味の素フィールド西が丘で傘を差しながらピッチに目を向けていたプロスカウトの一人は舌を巻いていた。
「サイズがあって左利き。気の利いたパスも出せる。良いセンターバックですよ。すでに新潟に決まったみたいですけどね」
身長182cmの稲村がこだわるビルドアップの原点は、前橋育英高校時代にある。
「もともと右サイドハーフ、ボランチでプレーしていたのですが、身長が伸びたこともあり、高校2年の夏にセンターバックにコンバートされたんです。山田耕介監督からOBの角田涼太朗(現・横浜F・マリノス)さんに似ていると言われ、『お手本にしろ』と全国高校選手権のプレー映像を見せてもらっていました」
同じ左利きのセンターバックとして、最高の教材だった。今でもボールの運び方からパスの出し方など、すべてを参考にしている。配球能力の高い角田のプレーは、高校時代から今に至るまでずっと見ているという。Jリーグの横浜F・マリノス戦は毎試合のようにチェックし、ビルドアップ時のボールの置き場所など、細かいところまで目を凝らす。
「まだ本人と直接話したことがなくて、いまだに憧れの存在です」
見習っているのは、ビルドアップだけではない。センターバックの最も重要な仕事は守備。予測を生かしたインターセプト、スピードを生かしたカバーリングの習得にも励む。大学では守備力を向上させ、ひと回り大きくなった。
「僕は攻撃面ばかりフォーカスされていますけど、センターバックとして失点しない守備を一番大事にしています。守りでもっと評価される選手になりたいです」
「プロ内定選手」のプレッシャーを自分に
今季、関東大学1部リーグでは最終ラインの要として4試合を無失点に抑えるなど、チームの守備を引き締めている(6節時点)。好不調の波がほとんどなく、常に一定以上のパフォーマンスを披露。この安定感こそが、大学で最も成長を実感しているところだ。高校時代まではメンタル面が不安定になることもあり、調子の浮き沈みが目立ったと言う。中学校(FC東京U-15深川)、高校と「人間性が大事だ」と言われ続けてきたが、大学に入って、ようやくその意味を深く理解した。
「いまは自分を客観視できています。東洋大で井上卓也監督と出会えたのは、大きかったと思います。監督のおかげと言ってもいいくらいです。調子が良いときこそ、丁寧にプレーすることを心がけています。たとえ、調子が悪くても、縮こまることなく、思い切ってプレーするようになりました。心に余裕ができました」
Jリーグのジェフユナイテッド市原・千葉、大宮アルディージャなどでコーチ経験を持つ井上監督は、漠然としていた目標への道筋を明確に示してくれた。そうすることで、目指すべきプロの舞台がより現実的なものとなったという。
頭が整理されたセンターバックは、地道に努力を重ねた。頭角を現したのは大学2年のとき。リーグ戦での活躍が認められて、昨年12月にU-20関東大学選抜に選出されると、今年2月にはデンソーカップの関東大学選抜にも選ばれた。Jクラブのスカウトから注目されるのも、もはや必然だった。そして、大学3年を迎えたばかりの時期に複数のクラブから誘われる中、新潟からのオファーを受け入れた。
「若手からベテランまで仲が良くて、一体感のあるクラブの雰囲気にひかれました。新潟の(ポゼッションを重視する)チームスタイルも僕に合っていると思いました。正直、3年生の早い段階で進路を決めることに対しては悩みましたが、これで周囲の目も変わってくるのかなと。『プロ内定選手』というプレッシャーを自らにかけることで、さらにレベルアップしていきたいです」
ライバル心を燃やす前橋育英時代の同期
大学サッカー生活は残り約1年半。プロ内定は一つの通過点である。今季は悲願である関東大学1部リーグの初優勝を目指している。個人としても、負けられないライバルがいる。前橋育英時代の同期には対抗心を燃やす。明治大学に進んだ中村草太、高卒でプロ入りした櫻井辰徳(現・徳島ヴォルティス)はともに今年4月、パリオリンピックを目指すU-22日本代表候補合宿に参加していた。旧友としてうれしい半面、悔しさもこみ上げた。
「すごい刺激をもらっています」
いくつもの壁を乗り越えてきた稲村の原動力となっているのは、ハングリー精神。プロ内定に満足することなく、まだまだ上を目指していくつもりだ。