野球

成功体験押しつけない 高校野球への視線に感じた新井貴浩監督の人柄

学生時代の思い出を語る広島の新井貴浩監督(撮影・上田潤)

 その指導の根っこにあるものを垣間見た気がした。

日米大学野球に挑む26選手 全日本で完封の常廣羽也斗、六大学18HRの廣瀬隆太ら

 今夏の第105回全国高校野球選手権の地方大会に臨む高校球児へ向けたエールをもらおうと、プロ野球広島カープの新井貴浩監督(46)にインタビューした。

 新井監督は、広島工3年時は主将で4番打者。最後の夏は広島大会3回戦で優勝候補の広陵を破ったが、4回戦で惜敗し涙をのんだ。

 5月下旬のマツダスタジアム。ナイターの試合前練習が終わった後、一塁ベンチ脇で当時の心境などを語ってくれた。

 話題が、2人の息子に移ると、表情をほころばせて言った。

 「高校野球ってだいぶ変わってきましたよね」

 昨夏は、父として高3だった長男の最後の試合を観戦した。次男はいま高2で甲子園をめざしている。

 自宅で、息子たちから教わる「今の高校野球」には驚かされることが多いという。

 投手の球速や打者の飛距離など、「僕たちの時代よりレベルははるかに上がっていると感じる」。トレーニングが多様化し、科学的な練習法などを採り入れられるようになったことも大きいだろう。

 だが、一番の驚きはそこではないという。

 「息子たちの話のレベルが高いんです。高校時代の僕が考えていなかったような質問がくる。いまの球児たちは、そこまで野球を考えているのか、と。監督やコーチともちゃんとコミュニケーションをとって対話している姿をよく見るんです」

 30年近く前の広島工は「猛練習」で知られた。

 練習は朝早くから始まり、放課後は夜遅くまで。広島工に限らず、泥まみれになって白球を追う「根性野球」が当たり前のような時代だったという。

 「自分たちのころは、監督から『いってこい』と言われれば、『はい』しかなかった」

 入学時に100人以上いた同学年の部員は3年夏の時点で約20人までに減ったという。

 進学した駒大も練習の厳しさは大学随一と言われ、ドラフト6位で入団した故郷の広島カープの練習量は「12球団一」と言われていた。

 「プロでやっと楽できると思ったら、一番しんどいところだった」と苦笑する。

 もちろん、そうした猛練習を否定しているわけではない。

 「僕が唯一、他の人より優れているところは体が強いところ。センスなんかなかったけれど、きつい練習に耐えられた。やらされる練習だったかもしれないけれど、おかげで自分の限界を何度も突破させてもらえた」と振り返る。

 ただ、自身の成功体験に引きずられず、それを他者に押しつけることもなく、柔軟に人と接することができる点が新井監督の魅力であり、真骨頂なのではないかと感じた。

 高校とプロではむろん世界は違うが、息子たちの姿を通して知る「今の高校野球」に素直に驚き、敬意を払うのだから。

 その日の広島の練習。12球団最年少の監督は、一カ所にとどまることなく、内外野を歩き回り、選手らと会話を重ねていた。

 選手の方から新井監督に近づいて来て笑いながら話す場面も珍しくなかった。

 先輩で球団アドバイザーの黒田博樹さんからは「素敵な笑顔ですね」といじられるなど、選手時代と変わらない、えらぶらない姿があった。

 新井監督は、予定していたインタビューの時間が過ぎても、高校野球への思いを熱く語ってくれた。夏が来るたび、自宅や宿舎で、「時間があればずっと試合を見ている」という。

「だって、高校野球って最高じゃないですか」

 球児の夏が本格化していく。

(山口裕起)

=朝日新聞デジタル2023年07月04日掲載

in Additionあわせて読みたい