サッカー

町田ゼルビア内定・望月ヘンリー海輝 国士舘大で見つけた「本職」と呼べるポジション

国士舘大が誇る俊足の右サイドバック・望月(提供・関東大学サッカー連盟/飯嶋玲子)

サッカー・J2リーグの首位を独走しているFC町田ゼルビア。クラブ初のJ1昇格に向けて突き進むチームがいち早くオファーを送り、今年5月に2024年度の加入内定を発表した大学生がいる。国士舘大学の望月ヘンリー海輝(4年、朝霞西)。近年、アフリカにルーツを持つ選手は珍しくなくないが、埼玉育ちの望月は他にない人を引きつけるものを持っている。

ドリブル、ビルドアップ、クロスを意識

192cm、81kgの大きな体格は、幼少期にサッカーの楽しさを教えてくれたナイジェリア人の父親譲り。運動能力も並外れている。大学でタイムを計測はしたことはないが、スプリント勝負で負けた記憶はないという。自陣から右サイドを駆け上がっていくスピードには目を見張る。大きなストライドでぐんぐんと加速し、あっという間に相手を置き去りにしてしまう。90分間を通したスタミナも本物。Jリーグを見渡しても、190cmを超える俊足のサイドバックはいないだろう。本人も希少性の高さは自覚しているが、謙虚な姿勢を崩そうとはしない。

「客観的に見て身体能力は高いと思っていますが、それだけではプロでは通用しないので……。やはり、うまさは必要です。大学では意識して技術の向上に努めてきました。今もサイドバックとして、運ぶドリブル、ビルドアップ、クロスは意識して取り組んでいるところです」

その身体能力には目を見張るものがある(提供・関東大学サッカー連盟/飯嶋玲子)

以前は集中力を欠くこともあった

今年の5月10日に町田への加入内定が発表されてからは、よりJリーグ基準でサッカーを考えるようになった。町田の試合は欠かさずにチェック。同じ右サイドバックで試合に出場している町田の選手と比較し、あらためてレベル差を痛感している。

「今の僕がこのまま町田に入ったとしても、スタメンで出場できるかといえば、正直、難しいと思っています。プロ内定はスタートライン。僕はここから頑張っていかないといけない選手。プロ入りが決まって調子に乗っていると思われたくないので、気持ちの持ち方は変わりました」

大学での練習をつぶさに観察している細田三二監督代行は、望月の変化に気づいていた。以前は集中力を欠くこともあったという。4月15日の筑波大学戦前には急にベンチメンバーからも外された。望月にも心当たりがあり、苦笑いを浮かべて振り返る。

「少し足を痛めていたこともあり、練習で気が抜けていると思われたのかもしれません。判断するのは監督であり、コーチ。あのときはいきなり外されて驚きましたが、よく考えれば、自業自得でした。その後の練習試合で誠意あるプレーを見せて挽回(ばんかい)するしかないと思い、いつも以上に積極的に攻撃参加し、必死にアピールしました」

今では積極的に攻撃参加できるようになった(提供・関東大学サッカー連盟/飯嶋玲子)

精神的な弱さは、ずっと課題だった。大一番で緊張して思うようなプレーができずに後悔したこともある。昨年の総理大臣杯全日本大学トーナメントでは優勝メンバーの一員になったものの、決勝での個人のパフォーマンスに納得できず、悔しい思いをした。ふがいない自分のプレーを思い返し、自主練習に励んできた。失敗しながらも試合で経験を重ね、4年目でようやく胸を張れるようになってきた。

「国士舘では場数を踏ませてもらい、本当にメンタルが鍛えられました」

「最初にオファーを出してくれた」恩義

心身ともにたくましさが増してくると、念願だったプロからのオファーも舞い込んだ。町田から正式に獲得の意思を伝えられたのは今年の4月上旬。J2が開幕したばかりで、J1昇格レースの先行きも読めない時期だった。それでも、望月は迷うこともなく、決断した。

「上から目線の言い方になってしまうのですが、最初にオファーを出してくれたのが町田で誠意を感じました。早い時期に獲得するのは、クラブ側もリスクがあったはずです。そんな中でも、僕の可能性を信じてくれたんだなって。いまでこそJ1昇格の可能性は高まっていますが、僕の場合、そこはあまり気にしていなかったです。確かにクラブを決める上で『強さ』は一つ。でも、最後は『人と人』です。クラブのスタッフ、スカウトの方の人間性は大きかったです」

信頼する仲間とともに最後のシーズンを過ごす(撮影・杉園昌之)

思い返せば、大学選びでもそうだった。プロからは見向きもされなかったという高校生の三菱養和SCユース時代、真っ先に声をかけてくれたのが国士舘大だった。縁を大事にして進んだ道は、間違いではなかった。厳しい走力トレーニングでもともと自慢の体力に自信が加わり、持ち味を存分に生かせる右サイドバックで才能を引き出してもらった。

高校時代はFWからDFまであらゆる場所でプレーした。そして、国士舘でようやく本職と呼べるポジションを見つけた。4年目の夏も終わりに近づき、大学生活が残り少なくなっていく中、自らの課題と真摯(しんし)に向き合っている。

「プロの世界に入っても、すぐに消えていくプレーヤーは多くいます。将来の目標は長い年月、活躍すること。日本代表は憧れですけど、まずは自分のチームを勝たせる選手になりたいです」

ピッチでは誰よりも速く走るが、キャリアはじっくり重ねていくつもりだ。地に足をつけ、おごらず、謙虚に邁進(まいしん)する。

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