東京大学・三谷深良惟と鹿島田聡 司法試験めざしながら、部活に情熱注ぐ最終シーズン
東京大学ア式蹴球部には最難関国家試験の一つである司法試験に向けて、勉強しながら大学サッカーに情熱を傾けている4年生がいる。7月16日には法科大学院を修了しなくても司法試験の受験資格が得られる予備試験に臨んだ。東京・神奈川1部リーグでも奮起する2人に文武両道を貫き続ける理由を聞いた。
「部活は4年間で終わり。勉強よりサッカー優先」
予備試験前日の7月15日。東京・神奈川1部リーグ第15節、東京理科大学戦の先発メンバーに名を連ねた三谷深良惟(みらい、4年、東京学芸大付属)は、目の前の一戦に集中していた。「サッカーの試合は何よりも大事ですから。予備試験を受けるにしても、部活に支障がないようにしてきました」
1年生からリーグ戦に出場し、主力の自覚を持つ22歳は、予備試験を理由に欠場するつもりなどさらさらなかった。むしろ当然の判断。東京理科大戦では2ゴールをマークし、2連勝に貢献。翌日に大事なテストが控えていることを知るチームメートたちからは「縁起が良いね」と声をかけられたという。
頭を切り替えたのは試合が終わってからだ。素早く着替えを済ませると、コンビニで菓子パンを購入し、東大本郷キャンパス内の御殿下グラウンドから東大の図書館へ自転車で直行。シャワーを浴びる時間も惜しんで、閉館時間まで法律を頭に詰め込んだ。自宅に戻った後も、ギリギリまで試験勉強に時間を費やした。合否は望んだものではなかったが、一つも後悔はしていない。今年はア式蹴球部でのラストイヤー。関東3部リーグ昇格を目指し、自らのゴールでチームに貢献することを誓う。
「部活は大学の4年間で終わりです。今は勉強よりサッカーが優先。予備試験はまた来年も受験できるので。今回は他の受験生に比べると、圧倒的に勉強時間が足りなかった。試験の半年前から本格的に向き合っていたのですが、僕自身、それまでは友達に誘われると、遊びにいくこともありましたし……」
あっけらかんとして、前を向いている。これまでの人生を振り返っても、勉強だけに集中してきたわけではない。東大受験のときもサッカーと並行しながら取り組んできた。
興味を覚えれば、何事にも全力
「ずっとサッカー中心の生活をしてきました」
東京育ちの三谷は幼稚園からサッカーを始め、無我夢中にピッチを走り回ってきた。中学、高校は東京学芸大付属に通いながら、セレクションを受けて強豪のクラブチームで技を磨いた。中学時代はFCトッカーノ、高校時代はFCトリプレッタでプレー。高校3年生の秋までチームのレギュラーとして試合に出場し、勉強は1日に集中して1時間から2時間くらい。完全に受験モードに切り替えたのは引退した10月からだった。
「受験勉強のためにサッカーを途中でやめる選択肢はなかったです。両方ともめいっぱいする方が、のちのち後悔しないと思いました」
秋からは1日に10時間の勉強をこなし、現役で東大の文科一類に合格した。「高校まで理系でした。そっち方面にも興味はあったのですが、将来は漠然と弁護士になりたいと思い、法学部に進みやすい『文一』を選びました。弁護士である父の背中を見てきた影響もあると思いますが、両親から何かを強制されたことはないです。どちらかと言えば、放任主義で育てられました。『将来、1人で食えるようになってくれれば、何でもいい』という教育方針でしたので」
興味を覚えれば、何事にも全力を尽くしてきた。幼少期から習っているピアノは今も続けており、1日1時間のレッスンを欠かさない。お気に入りの曲は、フレデリック・ショパンの「木枯らし」。音楽の話になると、自然とほおが緩む。
「コンクールなどには出ないので、趣味の一つです。弾くのはクラシックばかり。自分の好きな曲を弾けるのって、よくないですか?」
サッカーと勉強に加え、ピアノと仕事も
多芸多才な三谷は現在、小中学校の同級生が立ち上げたAIサービスの開発と提供を行うベンチャー企業「株式会社CoeFont」の仕事もこなしている。論文を読み、プログラムのソースコードを書き、実験する。およそ法学部の学生とは思えない作業を楽しんでいる。
「東京工業大学の友人が大学1年の秋に起業し、そこから手伝っています。簡単に言えば、テキストを入力すると、AIが自然な音声で読み上げてくれるサービスです。プログラミングは『かっこいいな』と思って、大学から勉強を始めました」
二足のわらじどころか、サッカー、勉強、ピアノ、仕事と四つを同時進行させて学生生活を充実させている。
「とりあえず、すべてやってみます。でも時間は有限なので、重要ではないものをそぎ落としていく感じですかね。そのときに自分が一番やりたいことをやっています。この先も常に選択できるような人生にしていきたい。将来どうなりたいかよりも、自分がやりたいことをしていった結果、どうなっているかなと」
真っ黒に日焼けした三谷はポケット六法を片手に、11月に控える東大法科大学院の受験に備えて机に向かいつつ、10月第2週のリーグ最終節まではサッカーにも心血を注ぎ込むつもりだ。
サッカーがある生活はメリハリがあり、勉強の質も向上
ア式蹴球部には、弁護士をめざすもう一人のFWがいる。背番号9を付ける鹿島田聡(4年、暁星)は、文科三類から法学部に進んだ異色のタイプ。当初は教育学部を希望していたものの、大学で教養をより深めていく中で考え方が変わったという。「弁護士になって、高校時代から関心を持っていた教育問題を解決する方法もあると思ったんです」
司法試験の準備を始めたのは大学1年の冬。試験範囲は膨大で、一から学ぶ法律に四苦八苦しても、ア式蹴球部をやめるという選択肢はなかった。「優先順位の1番目はサッカーで、2番目が勉強」ときっぱり。東京の暁星中学、暁星高校時代からサッカーに時間を割きながら参考書と向き合うのも当たり前だった。大学受験前も高校3年の10月までは部活を続けて、現役で東大の文科三類に合格している。
「1日24時間あるうち、部活は長くても3時間、4時間程度です。僕は毎日、10時間も勉強できないタイプ。練習がオフの日でも、勉強は長くて5時間から6時間程度が限界です。集中力は1時間半で切れてしまうので、そのたびに休憩して気持ちを紛らわせています」
何よりもサッカーのある生活の方がメリハリもあり、勉強の質が高くなるという。今夏、予備試験の4週間前にけがで離脱し、グラウンドでボールを蹴ることができなくなったときに改めて痛感した。「ずっと同じテンションで勉強していると、集中力が持たなくて……。たくさん時間があった割にはかどらなかったんです」
勉強机の椅子より、電車のシートが頭に入る
それでも、コツコツと努力を重ねてきた成果は、結果として表れた。7月16日の予備試験は見事に合格。いつもカバンの中に入っている判例六法は手あかがつくほど使い込まれ、ページをめくると、いたるところに蛍光マーカーが引かれている。よく見れば、余白には小さな字のメモ書きがあり、勤勉に取り組んできた跡がうかがえる。自宅の八王子から東大までは京王線を乗り継いで約1時間20分。
「毎日のように判例六法を読みながら大学を往復しています。周囲から見ると、辞書を読んでいる人と思われているかもしれないですね。勉強机の椅子に座るよりも、電車のシートの方が頭に入ってくるんです。暗記ものは電車が一番(笑)。高校時代から続いている習慣です」
まだ予備試験は終わったわけではない。第1段階をクリアしただけ。第2段階の論文式試験は9月、第3段階の口述試験は来年1月に待っている。そのすべてを突破した上で司法試験の受験資格が得られ、いざ本番のテストに挑むことができるのだ。「法科大学院に進むことは考えていません。来年1月に予備試験をクリアし、その年には司法試験に合格するつもりです。そこは強い意志を持って、取り組んでいます」
リーグ最終節までは心ゆくまで打ち込む
サッカーへの意欲もあふれている。今年4月2日の開幕戦、大学4年目にして念願のリーグ戦デビューを果たし、ようやくスタートラインに立つことができた。再三、肉離れに悩まされ、思うようにプレーできない時期があったものの、必死にボールを追いかけている。かつてJリーグの柏レイソル、モンテディオ山形などでFWとして活躍した林陵平監督からもストライカーとしての教えを請い、貪欲(どんよく)にゴールを狙うことを誓う。
小学校1年生の頃から好きでボールを蹴り続けてきたが、楽しいことばかりではない。けがもあれば、思い通りにいかないこともある。試合に出場できず、暗い気持ちにさいなまれることもあったものの、「そこには確かな感情があった」としみじみと話す。
「サッカーは自分に、最大の喜びを与え、最大の苦痛をもたらすものです」
鹿島田もまた10月のリーグ最終節までは予備試験に向けての勉強をしながら、部活に心ゆくまで打ち込むという。
酷暑続きの夏が終わっても、妥協しない彼らの挑戦は終わらない。