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連載:4years.のつづき

不器用ながらも“文蹴両道”、本気になって突き抜けた努力を 久木田紳吾4

4years.のつづき
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IT業界に可能性を感じ、久木田さんはこの4月、SAPジャパンに入社した(写真は本人提供)

今回の連載「4years.のつづき」は、東大在学中に特別指定選手としてJ2のファジアーノ岡山でプレーし、東大初のJリーガーとなった久木田紳吾さん(31)です。昨シーズンをもってザスパクサツ群馬を退団。9年の現役生活にピリオドを打ち、今年4月よりSAPジャパンで新しいキャリアを築いています。4回連載の最終回はプロ引退後、IT業界で働く今についてです。

ヒリヒリとした勝負の連続、Jリーグで戦った9年間は誇り 久木田紳吾3

ITは日本を、スポーツの可能性を広げてくれる

昨年12月にザスパクサツ群馬を退団した際、久木田さんには「これからどうしよう」という思いがあった。9年間、サッカーにすべてのベクトルを向けて過ごしてきた。やりたいことはすべてやり切ったと思えた。ある種の燃え尽き症候群だった。

新しいキャリアを考えるにあたり、できるだけいろんな人に出会い、いろんな業種に触れるようにした。その中で興味を引かれたのがIT企業だった。「日本は海外に比べて良くも悪くも人が優秀で責任感があるので、あまりデジタルに頼らないでもできているところがある。でももっとうまく使えれば、もっと成長できると思うんです」

数あるIT企業の中で、久木田さんが可能性を感じて進んだのがSAPジャパンだ。SAP自体は選手時代から知っていた。ただ、その時はスポーツの会社というイメージが先行していたという。きっかけは2014年ブラジルW杯。準決勝で開催国ブラジル代表に7-1で勝利し、そのまま優勝を手にしたドイツ代表が導入していたのがSAPのテクノロジーだった。業種を問わず可能性を広げられる。そんなITに可能性を感じるきっかけとなる会社だった。

今年4月に入社するも、新型コロナウイルスの影響を受けてSAPはリモートワークを実施。久木田さんは6月9日に初めて出社したが、グループとして年末までは基本的にリモートワークとなる見通しだ。

現在はハイテク製造業への営業を担当している。業務プロセスの根底に関わる商材のため、ITの知識はもちろん、クライアントを深く理解することが求められる。「でも元々、僕は深掘りするのが好きなので」と久木田さん。他部署の専門知識をもっている人に助けを借りることも多い。コミュニケーションをどうとるか、現状を打開するために自分がどうすればいいのか。選手時代の学びを今に生かしている。

目先の目標は、IT業界未経験の自分がこの会社で結果を出すこと。しかし、5年後、10年後の未来はまだ描いていない。「もちろん将来の選択肢としては、またサッカー界に関わりたいという気持ちはあります。サッカー界に帰ることが正解かもしれないし、IT業界にいながらそういうチャンスもあるかもしれない。そこはまったくフラットに考えています。あんまり将来のことは決めていないです。でも、日本は体質としては企業スポーツですから、いろんな企業が成長できればスポーツ界にもいい影響がある。だから自分がそこで貢献して、その先でスポーツ界の発展につながったら最高じゃんって思っています」と久木田さんは言い、笑った。

大好きなサッカーのために、いつも努力を惜しまなかった

東大初のJリーガーになるという夢を叶(かな)え、9年間、プロの世界で戦ってきた。そんな久木田さんは自分のことを不器用だと言う。

学生時代は家にテレビも置かず、サッカーと勉強だけの毎日だった。プロになってからはサッカーを中心とした生活の中で、数%でも力を上げるために努力を惜しまなかった。プロ選手の中には選手としてプレーする傍ら、大学院に通ったり、指導者への道を切り拓(ひら)いたりと、セカンドキャリアを見据えて行動している人もいる。

「そういう人は器用で、いろんなところから吸収してサッカーにも取り入れるのが上手なんだと思います。でも僕みたいな不器用な人は、突き抜けた努力というやり方でもいいんじゃないですかね。努力を続ける中で次第に自分に自信がもてるようになる。それに周りの人は見てないようで見ていますから、そうやって頑張っていると、いざっという時は力になってくれる気がします」

プロ1年目に実力差を思い知らされながらも、競争の純度が高いプロの世界で戦った。その9年間は久木田さんにとって誇りだ(写真は本人提供)

東大に進んだ際、両親から別の道を勧められることはなかったのかとたずねると、「まったく」と久木田さん。サッカーが大好きで、その大好きなことに一生懸命になっている息子を両親はいつも応援してくれたという。「僕は一度も親から『勉強しなさい』と言われたことがないんです。だから塾にも行っていませんでした。それで僕が東大に行って、プロサッカー選手になると言った時も、『紳吾の好きな人生にしなさい』と背中を押してくれました」。久木田さんがプロになってからは、地元の熊本から何度も応援に駆けつけてくれた。引退を迎えた時も「お疲れさん。娘のためにも、これからがんばらなんといかんね」と、息子を労(ねぎら)った。

引退してから一度、東大ア式蹴球部を訪れた。東大が加盟する東京都大学サッカー連盟も今年はイレギュラーなシーズンとなり、8月2、9日に関東大学サッカートーナメント大会を、9月5日よりリーグ戦を迎える予定だ。例年とは景色が違う中でも、久木田さんは後輩たち、そしてスポーツに打ち込むすべての学生にこう呼びかけている。

「本気で取り組まないと生きた感情は得られない。本気で取り組むからこそ達成感や自信が得られ、だからこそ悔しくて、どうしてやろうと本気で考えることができる。やるんだったら本気でやらないと損だよ」

本気になる。それは久木田さん自身が歩んだ道、そして、これからも歩む道だ。

体操着で駆けた初の800mで優勝、いつの間にか陸上選手になっていた 横田真人1

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