東京大学・松本恭太郎 伸び悩み、モチベ低下のとき「水泳の楽しさ」教えてくれる仲間
東京大学水泳部の松本恭太郎(2年、筑波大付)は平泳ぎで昨年のジャパンオープンと今春の日本選手権に出場した。高校時代にインターハイの標準記録を突破したものの、受験勉強に切り替えたために出場しなかった。東大進学後、あの場に立たなかった悔しさを胸の片隅に置き、水泳本来の楽しさを大学の仲間に学びながら、競技に向き合っている。
他の選手の泳ぎを指摘し合う土壌
本郷キャンパスの地下にある専用プール。早朝から始まった練習中、他の選手の泳ぎを見つめ、平泳ぎの足の使い方をアドバイスする松本の姿があった。「東大の水泳部は他の選手の泳ぎを指摘し合う土壌があるんです。練習後、授業が始まるまでの自由時間とかに、自分の泳ぎを研究することもできる。それは東大の1個の強みかなと思います」
幼稚園の頃にスイミングスクールへ通い始め、小学校3年のときに50m平泳ぎで初めて全国大会に出場したという松本。自身は高校時代、全国高校総体(インターハイ)の標準記録を突破し、今年の日本選手権にも出場した経歴を持つが、約45人いる部員の中には、大学から本格的に始めた選手もいる。松本にとっては、彼ら彼女らの存在が大きな刺激になっている。
「水泳本来の楽しさを教えてもらっています。『水泳で速くなりたい』という意思を持って入ってきてくれているので、タイムが伸びていく楽しみとか、今までできなかったことができるようになる楽しみとか。特に自分が伸び悩んでいるとき、モチベーションが落ちているときには学んでます。競技力以上に『みんな本当に水泳が好きなんだな』って」
インターハイの標準記録突破も、受験勉強に切り替え
松本は筑波大付属中学校3年のとき、200m平泳ぎで全国中学4位。小学校から高校まで断続的に全国大会へ出場してきた実力者だ。ただ高校2年だった2020年にコロナ禍となり、競技に対するモチベーションが低下。水泳と勉強を両立させるか、水泳を諦めて勉強一本に絞るか、考えた。「高2の夏前ぐらいから練習を再開したんですけど、大会がないから面白くないし、他のスイミングクラブの人とも会えないし。でも、本当にやめようと思ったときほど、タイムが出ちゃうこともあって……」
同じ時期、塾にも通い始めた。「授業後、周りの人が、通ってる塾の問題について話し合っていて、『彼らに負けたくないな』って思っちゃったんです。『遅れている自分、嫌だな』と。そろそろ受験勉強もやらないといけないという時期でしたし」。ただ、入ったら入ったで、周囲のレベルが高く苦労した。「(講師に)当てられても分かんなくて、それが嫌でした」。周りに追いつけるようになりたいと勉強しながら、当時は水泳も週6で練習。「疲れて家に帰ってきたら勉強もできないし、学校が終わったらすぐに練習だし。当時はそれがストレスになっちゃって、何に関してもすごくイライラしてました」と振り返る。
高3になって塾で学ぶ教科が増えると、学業専念のために水泳は「キリのいい大会で終わろう」と決心。夏季講習と重ならない6月下旬の「東京都高校水泳選手権」を自身最後のレースに定めた。100m平泳ぎは1分3秒50で優勝し、200m平泳ぎも2分16秒98で3位。どちらもインターハイの標準記録を突破したが、受験勉強へと完全に切り替えた。
1回のテストあたり1枚のルーズリーフにミスを書き連ね
夏季講習を受けるだけでなく、それまでためていた分の復習を行うことで、1日10時間ほどを勉強に充てることとなった。「休日は朝10時ぐらいから、途中昼食をはさむことはあるんですけど、夜10時ぐらいまでは自習室にいるような生活でした」。そこで自分に合う勉強法も発見した。
「数学の先生から勧められただけなので、全員に当てはまるかは分かりません。でも、一番『やってて良かった』と思う勉強法は、問題を解いてできなかったところを『なぜできなかったのか』分析して、まとめておく方法でした」。塾の授業で行われる「テストゼミ」などで、1回のテストあたり1枚のルーズリーフにミスした理由を書き連ねることで、自身の弱点が分かってきた。「焦って計算ミスしたとか、問題用紙の余白の使い方が悪かったとか、この公式を知らなかったとかを書いて見直すことで、ちょっとは効率よく受験勉強を進められたかなと思います」
インターハイの映像を見たことが再開のモチベーションに
東大で水泳を再開しようと思った理由の一つは、出場への道を自ら閉ざしたインターハイだった。当時は水泳に対するモチベーションはないに等しかったが、同世代が出場した映像は録画で見た。「高3だから同期が活躍してるわけじゃないですか。そういうのを見て『自分がここに立ててないのは悔しいな』という気持ちは芽生えていて、受験が終わった後の3月になっても覚えていたんです。『もう1回戦えるようになりたい』というポジティブな思いはちょっとあって、続けることにしました」
受験勉強真っ盛りのときは体力が落ち「塾の階段を上がるのにも、ゼーゼーハーハー言ってました」。入学から夏までは環境の変化もあってまったく結果が出ず、インカレ後の昨秋、他の大学の練習やクラブチームに参加させてもらうことで、タイムが伸びてきた。「悔しさをバネに、自分から動けたことが大きかったと思います」。10月末には12月に行われたジャパンオープンの標準記録を破り、今年4月には日本選手権にも出場。国内トップ級の選手たちと泳いでみて収穫は? と尋ねて見ると「自分ってまだまだ改善すべきところばかりで、『もうちょっと速くなりたい』と思えたところです」と答えた。
個人競技たる故か、学業との両立を求められているためか、水泳に対するモチベーションは今でも波があるようだ。日本選手権の後、オフの期間を少しだけもらい、その後に出場した大会は「ボロボロに負けました」。悔しさを力に変えて再び練習に励み、結果が残ると、また少し身が入らなくなる。その繰り返しだ。
自身が伸び悩んでいると感じているとき、前述したような「水泳の楽しさ」を教えてくれるチームメートの存在が奮起を促す。加えて「東大スイマーだから取材を受けさせてもらっている」という周りの視点にも気付いている。「他の大学に入っていたらレギュラーになれるか、なれないかぐらいの実力です。やっぱり大学生として水泳をしているのなら、他の大学でも戦えるようなタイムを出さないと」
その発言を現実のものとするため、まずは8月末から9月上旬に開催されるインカレに、照準を合わせる。