コロナ禍で知った医療従事者の姿、私が13mを狙う意味 東大医学部・内山咲良(下)
今回の連載「いけ!! 理系アスリート」は、東京大学医学部5年生で三段跳びに取り組む内山咲良(さくら、筑波大附属)です。医者を目指している内山は昨年9月の日本インカレで自身初の13m台となる13m00を記録し、2位となりました。2回連載の後編は医学部生として今思うこと、競技者としての夢についてです。
チャレンジャーとして挑んだインカレで大ジャンプ
筑波大学附属高校(東京)時代に走り幅跳びでインターハイを経験している内山は、大学でも走り幅跳びをメインにして競技を続けていた。予選敗退で終わったインターハイの悔しさを晴らしたい。高校でやめるはずだった陸上を続ける理由はそこにあった。だからこそ、関東インカレや日本インカレは特別な舞台。しかし参加標準記録を突破できず、けがも重なり、陸上をやめようと思うこともあったという。
そんな中、3年生の夏の大会で三段跳びにエントリーしてみたら、いきなり11m75を跳べてしまった。走り幅跳びよりも可能性があるかもしれない。そう考え、3年生の冬季練習から本格的に三段跳びの練習を始めた。
4年生になるにあたり、この1年は今後につながる1年だと考えていた。5年生になれば病院での実習も始まり、部活との両立はより難しくなる。陸上をやめてもいいと思えるだけの記録を4年生で出していないと、5年生、6年生でも陸上を続けるのは難しいだろうなと思っていた。その4年生の春に三段跳びで11m84を跳び、関東インカレの参加標準記録(11m80)を突破。5月にあった自身初の関東インカレで12m57を記録し、4位になった。表彰台まではあと6cmだった。
4年目で初めて立った日本インカレの舞台で、内山はさらに13m00と自身初の13m台を記録。関東インカレで逃した表彰台を日本インカレでたぐり寄せた。内山本人も含めた驚きの結果だったが、「自分は圧倒的にチャレンジャーで失うものがなく、あまり余計なことを考えずに集中できたのがよかった」と振り返る。直前には週に10回ものテストがあったが、その中でも最大限の練習は積め、13m00の跳躍では“はまった”という感覚があった。自信をもって、5年目を迎える心積もりができた。
ウイルスと戦う現場、医療従事者の責任を知らされて
4年生の1月からは様々な診療科を巡りながら、カンファレンスへの出席や手術の見学、患者と触れ合う病院実習が始まった。それまでの勉強はテストのために詰め込むということが多かったが、医者という職業を改めて肌で感じることで責任感が芽生え、より踏み込んだ勉強をしないといけないと思うようになったという。
「医者になる上で、今の自分が不足している部分をすごく実感させられました。自分が納得できるような勉強というか、きちんと病態を理解して踏み込んだ勉強をしないといけない。患者さんと接する中で、このまま医者になってはいけないなと思い知らされました」
人の役に立ちたいという思いから始まった医者への道。一つひとつの体験や学びを、自らの血肉に変えている。
新型コロナウイルスの感染拡大を受け、5年生になった4月からはオンラインでの実習に切り替わり、秋以降もオフラインでの実習が再開されるかは未定だ。最前線となる現場で働いている医療従事者は自身の行動も制限しながら、文字通り、命をかけて戦っている。日常が一変したこの状況下、救急科を目指している内山は医療従事者の責任、命を預かる仕事の責任を改めて思い知らされた。
13mがもっと当たり前の世界になるように
4年生の秋に13m00を跳んだ今、13mは常に意識する数字となっている。しかし東大には、強豪校の跳躍コーチのような存在はいない。とくに4年生になってからは授業の多忙さもあり、個別練習が基本になっている。
今シーズン前の冬季練習では、瞬発力を高めるウエイトトレーニングに加え、最初のホップでより浮遊感を出すための技術改善に取り組んだ。春が近づいてからは、コロナの影響で練習を継続できなくなり、予定していた大会も中止・延期が続いている。
その中でなんとか開催された7月の東京都選手権はまず、この状況下でも運営してくれた人々への感謝の気持ちを込め、自分を強化する場につなげようと考えていた。結果は2回目の跳躍で12m65をマークしての2位。「初戦なんでうまくいくとは思っていなかったけど、やっぱり悔しいですね」。優勝できなかったことではなく、狙う記録に届かなかったことが悔しかった。
9月11~13日には自身2度目となる日本インカレが新潟で予定されている。自己ベストを更新して優勝したいという気持ちはあるものの、内山には別の思いもある。
「三段跳びは、はまればすごく記録が伸びる。私は持ち記録では上の方かもしれないけど、でも誰だって13mを跳んでくる可能性はあると思う。絶対優勝しないといけないとこだわるよりは、三段跳びという競技自体のレベルが上がっていけたらいいなって。世界との差がまだかなり大きい種目だけど、13mを跳ぶのがもう少し当たり前のレベルになればもっとワクワクできるだろうし、楽しいんじゃないかな。自分が一因となってレベルを上げていけたらいいなって思っています」
医学部卒業後も陸上を続けるかはまだ分からない。だからこそ、この大学時代に「今しかできない挑戦」を続ける。