研究をさらに深め、箱根駅伝も目指したい 東大大学院・古川大晃(下)
古川大晃(ひろあき)は八代高校から熊本大学、九州大学大学院を経て、現在は東京大学大学院博士課程1年に在学しています。今回の「いけ!!理系アスリート」では、走りながら研究を続ける彼の思いについて聞きました。後編は九大大学院を経て東大大学院に進んだ理由、関東に来て感じる競技の「難しさ」と今後の目標についてです。
「追尾走」を研究、競技でも実践
九大では、人間環境学府行動システム専攻健康・スポーツ科学コースに在籍。自分が感じた疑問を研究するべく、「追尾走」、すなわち人について走ることについて心理面や科学的数値から解明しようとした。入学して6月の全日本大学駅伝九州地区選考会では、まさにそれを体現するような走り。第一工業大学のアニーダ・サレーにぴったりとつき、最後は勝ちきって出場選手全体のトップのタイムでゴールした。11月の全日本大学駅伝では日本学連選抜チームで出走し、7区で区間14位だった。
ひとくちに「人と一緒に走る」といっても、いろいろな情報が条件を左右する。「追尾走でなぜ楽になるのか、全貌を明らかにしたわけではなく、一部なんです。まだまだ調べる余地がたくさんあります」。修士課程が終わったあとは、博士課程に進むか、実業団に進むかの2択があった。古川が考えたのは、走ることだけしていても楽しくなくなってしまうのではないか?ということだ。
「だんだん、練習していくと『これだけやったら、こういう結果が出る』というのが見えてくるんだろうなと。それってある意味怖いことだと思うんです。1回日本一になったらそれはそれで幸せなんでしょうけど、『日本一になったら、その後どうする?』って考えてしまって。すごい臆病なんですけど違和感があって、研究と競技、どっちもやったほうがあとあと怖くないだろうな、と思ったんです」
東大は刺激的な学びの環境
そして今年の4月、古川は東大に進んだ。今所属しているのは大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系身体運動グループの工藤研究室だ。運動の「巧みさ」の研究を推進している工藤和俊先生のもとで、自らの研究テーマを深めるためのアイディアをもらえること、研究環境としてもツールが整っていることなどから、ベストの環境だと思い選択した。
東大に入って驚いたことは、学生たちの「地頭の良さ」や、いろいろな意味での「寛容さ」だ。「東大生は何か情報を調べる時に、学部生のときから英語の論文にあたっています。正しい情報の調べ方が身についているんだなと思います。それから先生たちも、『知識を入れる』のではなく、『研究の仕方を教える』という印象です」。学生と生徒たちが互いに尊重しあい、知を高めていく環境は大いに刺激になっている。
九州を出て暮らすのはこれが初めてだ。「まだ東京に慣れなくて。自転車で学校に通ってるんですけど、毎日観光みたいな感じで楽しいです」。ちなみに「数学を使わないから理系ではない」と言っていた研究だが、東大に進み動きを解明する際に数学を使うようになった。「だから今は理系って言えますかね」と笑う。
周りがレベルアップして感じた「難しさ」
陸上部にも入部し、5月の関東インカレ3部10000m、5000m、6月の学生個人選手権5000mに出場した。関東インカレ初日の10000mでは、2部の選手とともに走り雨の中のレースとなったが、29分08秒79で組内23位相当、自己ベストを更新した。4日目の5000mも2部の選手とのレースとなり、はじめの1000mまでは先頭に立つ場面も見られた。
「追尾走」ではなかったですね、と思わず聞くと「あれは僕が速かったというよりは、すごく牽制しあってペースが遅かったので、自分のペースでいくしかないと思ったらああなって……悪目立ちしました(笑)」とはにかみ、こう続ける。「追尾走はたしかに研究テーマですけど、追尾走ばかりやってたら自信も育たないな、というのがあります。できるだけ自分の持てる限りは、前で走っていこうかなと最近は思ってます」
関東に来て、自分より実力がまさる選手が多くいる環境で走ってみて、刺激は大きかったが「難しさ」も感じた。今まで九州でのレースでは、自分が調子をしっかり合わせてベストパフォーマンスをできていれば目立てて、優勝できていた。たとえタイムが悪かったとしても優勝できることが多く、それは古川の心の支えになっていた。だが関東では調子がバッチリハマっても順位は組の中盤にとどまってしまう。順位が振るわなくても自己ベストを出せれば走った意味があるが、そのどちらもが達成できなかった時にどう考えるのか。「そこを自分でどう解釈するか、捉えるか、難しいなって思います」
初の「東大院生での箱根駅伝」出場なるか
東大陸上部は、大学院チームも学部生とは別に箱根駅伝予選会に出場している。当然、そこも視野に入れていますよね? と話を向けると「実はそれもやっぱりあります」。いままでフルマラソンを11回完走し、長い距離は得意な方ではあるが「ハーフマラソンでうまく走れた経験がそんなになくて。今まで66分台がベストなんです。箱根に出るためには63分台ぐらいは出しておかないといけないので、そんなにうかうかしていられないです」と気を引き締めている。
過去には東大大学院から依田崇弘(当時博士課程3年)が2011年の87回大会でメンバー入りしたことがあるが、本戦では補欠となり出場はかなわなかった。もし実際に出場できたら、初めての東大院生として箱根路を走ることになる。「ただ『東大生』として世の中に見られるのは恐怖で、そんなに頭も良くないから恥ずかしいです。ひっそりと生きたいんですけどね」と笑う。「ただ、競技でそこまでやるんだったら、研究もしっかり頑張らなきゃなと思います。箱根駅伝に出るために東大に行ったって思われたら、笑いものなので」とも言いつつ、「でもそれもそれで面白いかな」とぽろりと言うところが、古川の面白いところでもある。
チームメートの阿部とも切磋琢磨
東大大学院には、昨年の第96回大会で関東学生連合チームのメンバーに選ばれ、10区を走った阿部飛雄馬(現東大院2年、盛岡第一)もいる。古川と阿部は走力がほぼ同じぐらいだと言い、時間が合えば東大のグランドで一緒に練習することもある。阿部はブログやTwitterで「#古川対抗戦」として古川との勝負に闘志を燃やしている様子を記している。
古川はそこまで意識しないとは言うが、「彼がめちゃめちゃ闘志を燃やしてくれるので面白いですね。さっき優勝か自己ベストか、と言いましたけど、彼がいてくれるおかげで勝ち負けがつくので、それはそれで面白いと思います」とチームメートとの対戦も楽しんでいるようだ。
今の古川の自己ベストは5000mが14分04秒08、10000mが29分08秒79。13分台、28分台は「今すぐには難しいけど、出さなきゃいけないなと。練習を積んでいけば出るな、と思っています」。陸上も研究も、東京で新しいステージへ。古川はこれからも走り続ける。