慶應義塾大・三井大祐HC 早稲田で日本一経験のSH「強さわかるからこそ勝ちたい」
今年で100回の節目を迎えるラグビー早慶戦。慶應義塾大学と早稲田大学の両雄が、プライドと威厳を胸に、幾多の激闘、名勝負を繰り広げてきた。早慶戦は国内で「学生による世界三大競技」の一つ、特にラグビーは野球、レガッタと並んで「三大早慶戦」と言われる。ライバルとして切磋琢磨(せっさたくま)しながら、スポーツにとどまらず、あらゆる分野で先駆者になってきた。
蹴球部(ラグビー部)の青貫浩之監督は早慶戦について、「早慶戦のためなら何をしても良い。お世話になった慶應のOBや関係者の方々への最大の恩返しが、早慶戦に勝つこと」という強い思いを抱いている。そんな中、4年前に「早稲田ラグビーの神髄」とも言える男が、慶應にやってきた。ヘッドコーチの三井大祐だ。
着たかった「赤黒」、歌いたかった「荒ぶる」
1984年、大阪府出身。中学からラグビーを始め、高校は名門・啓光学園(現・常翔啓光学園)に入学した。SHとして2、3年と花園(全国高校ラグビー大会)で優勝し、輝かしい栄光を手にした三井は早稲田のラグビーに憧れた。希望がかなって早大に入学したが、同期のSHに矢富勇毅(現・静岡ブルーレヴズ)がおり、レギュラーの座はつかめなかった。
当時の大学ラグビーは早稲田と関東学院大学が覇権を争っていた。4年時の2006年度、チームは大学選手権決勝で関東学院大に26−33で敗れ、3連覇を逃した。三井は中竹竜二監督からの誘いもあり、「大学5年生」として楕円(だえん)球を追い続けると決意。1年生SOの山中亮平(現・コベルコ神戸スティーラーズ)とハーフ団を組み、4年生となったFB五郎丸歩氏らと強力なバックス陣を形成した。
2007年度も大学選手権を勝ち進み、決勝の相手は元日本代表の山田章仁(現・九州電力キューデンヴォルテクス)を擁する慶大だった。レギュラーの座をめざし続けてきた三井にとっても、ライバルと対戦する早大にとっても、勝てば「荒ぶる」を歌うことができるという意味でも、絶対に負けられない試合となった。三井は80分間声を出し、体を張り続け、王座奪還に成功。「レギュラーとして頂点をつかむ」という執念、「1年留年して挑戦する」という覚悟、全ての思いが報われた瞬間だった。大学生活のすべてを「赤黒」に捧げ、「荒ぶる」に青春をぶつけた男である。
ニュージーランドでのコーチ留学経験をチームに
2019年、慶大の栗原徹・前監督にコーチとして招かれた。今季から青貫監督が就任し、練習面のほとんどの部分を、三井に任せているという。トライを取るために選手個人が何をするべきかをチーム全体に落とし込むのも、三井の仕事。練習が始まる前に練習でフォーカスすることや、前の練習の振り返りを伝えて、その姿勢を徹底させている。
練習開始の15分前にミーティングが始まる。これが選手たちにとっても「やることが明確になる」と好評のようで、かつてニュージーランドでコーチ留学をした経験、そこで学んだ本場のラグビーを、チームに注ぎ込んでいる。
青貫監督は三井について、こう語った。
「三井とは同級生で、実は中学時代から知り合いなんです。私は朝5時に部室に来るのですが、彼はもっと早く4時過ぎに来ていて、朝から晩までずっと一緒にラグビーの話をしています。彼ほど慶應のラグビーにかけてくれる人間っていないと思います。それも、早稲田出身の彼がですよ。彼にはすごく感謝をしていて、今彼がいなくなったら慶應は勝てないというぐらい、大切な存在です」
なぜ、ここまでラグビーに、それも「慶應」ラグビーに対して熱くなれるのか。
「自分は早稲田のラグビーに憧れて、早稲田でラグビーがしたいと思って早稲田に入りましたし、早稲田に育ててもらったという思いがあります。慶應に来て早慶戦を迎えるにあたり、早稲田の良さと強さがわかるからこそ、そのチームに勝ちたいとか、選手を勝たせてあげたいという思いが強いですね」
意気込みを尋ねると、間髪入れず「勝ちます」
慶大はかれこれ10年以上、早大に勝てていない。僅差(きんさ)での負けが多く、ここ10年間では、引き分けを含めて7点差以内が8試合。「どこかに自信がない」と分析する三井は、その「自信」こそが、日々の練習の積み重ねからしか生まれないと考え、常に妥協せず、選手の成長を一番に考えている。
「意気込みをお願いします」と尋ねると、1秒もたたずに返答があった。その鋭いまなざしは、勝負師としての覚悟を物語っていた。
「勝ちます」
三井に流れているのは、正真正銘の若き血。邪念や迷いは存在しない。この戦いに勝つことこそが、両校への恩返し。そんな彼が黒黄ジャージーをまとった選手たちを奮い立たせ、早大を破り、国立競技場の地で歓喜にひたる姿は、もう目前に迫っている。