陸上・駅伝

特集:第100回箱根駅伝

青学大・佐藤一世 「走れない人の分まで勝つ」と身が引き締まった最後のミーティング

区間賞の走りで5区の若林(右手前)に襷を渡す佐藤(撮影・佐伯航平)

1月2、3日の第100回箱根駅伝で大会記録を打ち立て、2年ぶり7度目の優勝を果たした青山学院大学。東京・大手町のフィニッシュ地点で仲間を待っていた佐藤一世(4年、八千代松陰)は涙を流していた。「あの場所に立ったとき『4年間いろいろなことがあったな』という思いがこみ上げてきて……。走れなかった4年生の顔も思い浮かべていました」。最後の大学駅伝に対する思いと、同期の存在について改めて聞いた。

箱根駅伝優勝の青山学院大学 原晋監督「準優勝でいいよ」の投げかけに、選手たちは
青学大・志貴勇斗主将 走りで貢献できなくても、仲間に誇り「強いところ見てほしい」

インフルエンザと虫垂炎に「心が折れかけた」

1年生のとき、学生3大駅伝デビュー戦となった全日本大学駅伝で5区を走り、いきなり区間新記録(当時)をマークして区間賞を獲得した。翌年の出雲駅伝ではエース区間の3区を任され、区間3位。その後もほとんどのレースで区間上位の走りを披露し、勝負強さを発揮してきた。

しかしチームとして優勝を経験したのは、2年の時の箱根のみ。「自分たちの代で箱根駅伝で優勝するというのは、1年目から掲げてきた目標でした」と最後のチャンスにかけた今大会は当初、出走すらも危ぶまれた。

昨年12月は出走すら危ぶまれる状態だったが間に合わせた(撮影・佐伯航平)

12月上旬、箱根を走るメンバーが中心となる選抜合宿中にインフルエンザの集団感染が起き、さらに佐藤は虫垂炎を発症した。それまでけがもなく、順調に練習を継続できていた矢先の出来事だった。「普通は(箱根を)諦めますよ」と原晋監督が言えば、佐藤も「本当に『もう無理かな』と心が折れかけた」。しかし同期や家族は「大丈夫」と励ましてくれ、後輩たちも「一世さんが走らないと」と言ってくれた。トレーナーやスタッフが「どうすれば残り2週間で走れるようになるか」を考えてくれ、回復した佐藤は「恩返し」の思いでスタートラインに立った。

「最後の箱根を先頭で走れるんだ」

任された区間は4区。「正直、駒澤大学さんが10000m27分台の選手を1、2、3区に置いていたというのもあって、『どれだけ往路で離されないか』という予想で、復路で逆転というのを思い描いていました」。いい意味で、その予想は裏切られた。3区の太田蒼生(3年、大牟田)が駒澤大・佐藤圭汰(2年、洛南)との勝負を制し、トップで平塚中継所へ。4秒リードの中で、佐藤はスタートした。「本当に心強かったですし『最後の箱根を先頭で走れるんだ』と感謝の気持ちでいっぱいでした」

トップで太田(左)から襷を受け、笑顔で駆けだした(代表撮影)

「目標タイムは特に設定せず、前半はハイペースで入って後半は耐えるというレースプランで、悔いが残らないように走ろうと思っていました」。後ろから追いかけてくるのは、駒澤大の山川拓馬(2年、上伊那農業)。昨年10月の出雲駅伝で、同じ区間を走って負けている相手だった。「絶対に箱根では勝つぞ、という強い意志で少しでも離そうと思っていました」

冷たい雨が降る中でも快調に飛ばして、9km付近にある二宮のチェックポイントで駒澤大との差は41秒差に開いた。その後も1kmを2分50秒台で刻む。残り1kmになったところで原監督から「4年間の思いを込めて快走しようぜ!」と声がかかり、5区の若林宏樹(3年、洛南)につなぐまで最後の力を振り絞った。1時間1分10秒の好走で区間賞を獲得。駒澤大との差は1分26秒になった。

最後の箱根を走り終えた佐藤に声をかける原監督(撮影・佐伯航平)

「谷間の世代」と言われて……

この4年間を振り返ると、うれしいことよりも、つらいことの方が多かった。「僕らの代は1個上と1個下の先輩後輩が強いってことで、『谷間の世代』と言われてきました。自分としてもこの1年、トラックで自己ベストを出しても駅伝で思うような走りができずに苦しんだ。最後の最後にいい形で終われて良かったです」

昨年の箱根駅伝に出走した4年生は、近藤幸太郎(現・SGホールディングス)や横田俊吾(現・JR東日本)など計7選手。3年生は佐藤だけで、16人のエントリーメンバーに入ったのも、ただ一人だった。「走れていないメンバーは僕以上に悔しかっただろうなと思いますし、その悔しい気持ちを活力に変えて必死にやってきました」

最終学年になって箱根初出走がかなったのが、山内健登(4年、樟南)と倉本玄太(4年、世羅)の2人。一方で主将の志貴勇斗(4年、山形南)はエントリーメンバーに入れず、副将の小原響(4年、仙台二華)は当日変更でサポートに回った。最後に箱根路を走りたくても走れなかった選手は、他にもいる。箱根駅伝の前に開いた最後のミーティングで、メンバー外の4年生がそれぞれの思いをみんなの前で述べ、佐藤自身、「走れない人たちの分まで勝つ」と身が引き締まったという。

仲間と肩を組みながら、アンカー宇田川のフィニッシュを待った(代表撮影)

競技力だけではない、4年生の力

今の4年生はどんな世代ですか、と尋ねられると佐藤は「陸上に対して高い意識を持っていますし、学年としての仲はめっちゃいいんじゃないかなと思います」と答えた。帰省の際には、学年の全員でキャンプ場のコテージを借りて泊まったこともあったという。「4年生の雰囲気が良くなると、その分下級生の雰囲気が連動して良くなるのかなと思いますし、陸上の面で結果を残せていなかった分、他の面でチームにいい影響を与えていたのかなと思います」

大学スポーツは4年生の力が試される。その力は決して「競技力」だけではない。

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