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日体大・辻孟彦コーチに聞く大学野球の意義「なりたい自分」からつながるチームワーク

元中日の投手で多くの投手をプロに輩出している日体大の辻コーチ(撮影・居石忠)

大リーグ・ドジャースに所属する大谷翔平のような投打二刀流で注目され、2022年秋のドラフト1位で北海道日本ハムファイターズから指名された矢澤宏太や、埼玉西武ライオンズ2018年秋のドラフト1位右腕・松本航など、日本体育大学は数多くの投手をプロに輩出している。今季も寺西成騎(4年、星稜)や箱山優(4年、日体大柏)らが候補に挙がる。大学4年間で伸びる投手とは。大学野球の意義とは。自身も中日ドラゴンズの投手だった辻孟彦コーチに聞いた。

上級生になってからを逆算し、下級生時代を過ごす

日体大からプロに進んだ投手は、必ずしも下級生の頃から第一線で活躍し続けたわけではない。松本とダブルエースだった東妻勇輔(現・千葉ロッテマリーンズ)が台頭してきたのは、最優秀投手などに輝いた3年時。大貫晋一(現・横浜DeNAベイスターズ)は2年のときに右ひじ靱帯再建手術(通称、トミー・ジョン手術)を受け、社会人野球を経てプロ入りを果たした。柴田大地(現・東京ヤクルトスワローズ)のように、大学時代は入学してすぐに右ひじを痛め、公式戦登板ゼロながら社会人経由でプロに進んだ例もある。

日体大卒業後、社会人野球を経てDeNAに入団した大貫(撮影・岩下毅)

今秋のドラフト候補と目される寺西や、明徳義塾中学時代に146キロを投げて注目された関戸康介(3年、大阪桐蔭)も本来の力を出せない状態で、日体大にやって来た。「寺西は高3で右肩のクリーニング手術を受けました。関戸は高校のときのバント練習で指を詰めてしまったこともあって、思うようにいかない高校時代でした」。それでも日体大に入りたいと思ってくれたのは、前述のような先輩たちの存在が大きかったと辻コーチは言う。

では、高校野球と大学野球の違いは何か。辻コーチは「高校野球は入学から3年生の夏を終えるまで、2年半もない。ただ大学野球というのは丸々4年間ぐらいの時間があります。それを僕は大事にしていて、卒業後も社会人野球とかプロ野球とか、野球を続ける上で大事になるのは上級生になってから。そこを逆算しながら『1、2年生のときはどういうことをしなきゃいけないか』を常日頃から考えたり、選手に声をかけたりしています」と教えてくれた。

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日体大・関戸康介 明徳義塾中・大阪桐蔭高時代から注目浴びた右腕、勝負の3、4年目


寺西成騎から生まれる好循環

寺西の例を見てみよう。高校3年の春に右肩の手術を受け、日体大入学時は投げられる状態ではなかった。1年目はほぼトレーニングに練習時間を使い、2年の春ぐらいから投げられるんじゃないかという状況まで戻った矢先、再び右肩を痛めてしまった。辻コーチはこれを機に、もともと練習をコツコツと続けられる寺西が「より丁寧に取り組むようになった」と回想する。「自分の体のケアをはじめ、練習の一つひとつを淡々とやるようになりましたし、練習の『質』が上がったと思います」

寺西について「より丁寧に練習に取り組むようになった」と評価する(撮影・居石忠)

寺西は3年春に初めて首都大学野球リーグ戦のベンチに入り、いきなり5勝をマークした。秋はリーグ戦こそ2勝にとどまったものの、明治神宮大会でも内容のある投球を見せつけた。一見すればいきなり好投手が現れた印象を抱くが、ずっとそばで寺西を見てきた辻コーチの見解は異なる。「日体大野球部の中では、卒業した4年生も後輩たちも『寺西はリーグ戦で投げたら絶対にいい成績を残す』ということを分かっていたと思います。2年間をトレーニングに充てたら、相当体つきも変わりますし、投球フォームも努力していけば変わりますから」

その姿は後輩たちにもいい影響を及ぼし、情報は高校球界にも伝わっていく。「寺西が下級生の頃からモチベーション高く頑張って、いま活躍することで『僕も頑張れば、ああなれるんだ』と好循環が生まれています。実際に投げていないけど、楽しみな1、2年生が多くいますね」

仲間の将来を気遣うのもチームワーク

大学4年間で大きな成長を遂げる選手の傾向としては「なりたい自分、野球選手像を持つこと」を挙げた。

「大学野球は高校ほど騒がれてもいないですし、みんなが知っているかと言ったらそうでもないと思います。その中でもモチベーションを高く保つには、『自分の中でどんなピッチャーになりたいか』をイメージすることが大事になると思うんです。チームも大事ですけど、個人としての目標をしっかり持って『だからこういう練習をしたい』と。大学では高校以上に自由な時間も多いので、自分で練習できるし、環境も整っています。そういったところが大学で伸びる選手の特徴かなと思います」

大学で大きく成長するには「なりたい自分」を持つことが大切と説く(撮影・井上翔太)

この姿勢はチームワークの醸成にもつながると感じている。「チームメートとして、仲間1人の将来の活躍をサポートしたり、支援や応援したりすることもチームワークだと思うんですよね。そのときに勝つことも大事なんですけど、たとえば高校野球でも『今これをやっちゃうと、大学で野球できなくなるよ』とか『3年生のときに投げられなくなってしまうよ』とチームメート同士で気遣ったり、その選手の将来を考えてあげたりすることも、チームワークだと思うんです」

1度けがをしてしまったら、元の状態に戻すだけでどうしても多くの時間を使ってしまう。2年半のタイムリミットで甲子園という大舞台をめざす上では、時に無理してしまうこともあるだろう。一方、大学野球は「思い切り野球ができる状態で、自分の目標に後悔なくチャレンジできる」姿であるべきだと、辻コーチは言う。「社会人野球やプロ野球に進むことは狭き門ですけど、『どうやってチャレンジしたか』が大事なので、そのサポートをしていきたいと思います」

「なりたい自分」を持つことは大学生や野球選手に限らず、誰にだって大切なこと。取材を通して改めて気付かされた。

チームメートの将来の活躍を考えたり、気遣ったりすることもチームワーク(撮影・井上翔太)

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