サッカー

慶大・塩貝健人 マリノスで初先発・初ゴールの点取り屋「二足のわらじ」で活躍の背景

J1と大学の両方で活躍している慶應義塾大の塩貝(提供・慶應義塾大学ソッカー部)

慶應義塾大学ソッカー部の塩貝健人(2年、國學院久我山)は今年1月、大学1年生ながらJ1の横浜F・マリノスに内定し、2024年シーズンはJFA・Jリーグ特別指定選手としてチームに登録された。すると、わずか3カ月後にJ1初出場初先発、そして初ゴールまで決めた。大学2年目を迎えた塩貝に、異例ともいえる早期内定の背景や、大学生とプロの「二足のわらじ」を履きながら活躍できている理由などを聞いた。

湘南戦は「2点、3点と取りたかった」

肩書は特別指定選手だが、いまや横浜FMの貴重な戦力と言っていいだろう。衝撃のJ1デビュー以降、すでにリーグ戦で先発2試合を含む5試合に出場(6月2日時点)。堂々とした立ち姿は、他のプロ選手に遜色ない。Jリーグの舞台でも当たり負けしない180cm、77kgのがっちりした体は、週5回こなす筋トレのたまもの。入学時から体重は5kg増えた。塩貝にとって、ここまでの活躍は想定の範囲内である。リーグ開幕前に横浜FMのキャンプに参加し、プロの舞台でも戦える手応えをつかんでいたという。

「試合に出場できれば、点を取れる感覚はありました。むしろ、ピッチに立つからにはFWなので数字を残さないと。ポジションを争うライバルのアンデルソン・ロペス選手は、出る試合でほとんどゴールを奪いますから。その代わりに出るとなれば、やはり結果は求められます。自分の中では1試合に1点を取れると思っていますが、まだファン・サポーターの方に『塩貝が出れば絶対に決める』という印象は残せていません」

プロの舞台でもゴールを奪える手応えをつかんだ(撮影・西岡臣)

初ゴールを記録した4月13日の湘南ベルマーレ戦をふと思い返すと、悔しそうな表情を浮かべる。

「1点だけではなく、2点、3点と取りたかった。シュートチャンスはあったので、もっと決めたかったですね」。慶應義塾大で右肩上がりの成長を見せる点取り屋の言葉には、確かな自信がにじむ。

「あいつ、消えたな」と思われないように

もうあのときとは違う――。2023年冬、大学入学前の塩貝は、鼻をへし折られたという。当時は國學院久我山高校のエースとして全国高校選手権で活躍し、全日本高校選抜にも選ばれ、絶頂期を迎えていた。高校レベルでは群を抜いたが、あるJ1クラブの練習に参加し、プロとの差を痛感させられたのだ。

「選手権で名前が売れて、一番自信を持っていた時期でしたが、本当に何もできなくて……。レベルが違いました。いまのままではダメだなって。大学1年生の夏に、もう1回チャレンジしようと思いました」

志を高く持ち、慶應義塾大ソッカー部に入部。ただ、当時のカテゴリーは関東大学3部リーグだった。不安を感じなかったといえば、ウソになるだろう。高校選手権でブレークしても、大学で飛躍できる保証はない。過去に名前を聞かなくなった選手たちも見てきた。

「『あいつ、消えたな』と思われないように活躍するんだ、と言い聞かせていましたが、自分を見失いそうな時期もありました。高校時代とは求められるプレーが変わったので」

当初は高校時代の輝かしい実績との違いに悩んだこともあった(撮影・杉園昌之)

自分を見つめ直したBチームでの1週間

昨季までチームを指揮した淺海友峰監督(現・東京ユナイテッドFCヘッドコーチ)には、守備でのハードワークを口酸っぱく言われ続けた。正直、気乗りはしなかった。シーズン前半は先発起用されても全体にうまくフィットできず、思うようにチームの結果も出ない日々を送った。他大学のルーキーたちが結果を残せば、いやが応でも情報が耳に入り、余計に焦燥感を募らせた。

「ここで消えてしまうんじゃないかというプレッシャーを感じていました。自分のせいなのか分からないですが、僕が出た試合は勝てなくて。事実、チームを勝たせることができないフォワードでした。あの頃は、行き場のない思いを周囲にぶつけてしまって」

淺海監督とは何度も衝突した。ときにヒートアップし、練習が途中で中断することもあったという。7月の早慶戦前には1週間だけBチーム行きを命じられた。

「一度干されて、自分を見つめ直しました。なぜ、僕は活躍できていないのか、このチームで輝くためには何が必要なのか、と。変わるきっかけをもらいました。いま思えば、あんな僕にも監督は真正面から向き合ってくれていました」

そして、早慶戦では見違えるプレーを見せた。これまで前向きに取り組んでこなかった前線からのプレッシングにも力を注いだ。すると、リーグ中断明けの初戦からチームを勝利に導く2得点をマーク。そこから破竹の勢いでゴールを量産し、7連勝に貢献した。夏の終わりには、また別のJ1クラブの練習に参加し、自らの成長を実感できたという。

「もしかしたらプロでもやれるかもなって。入学前とは明らかに違いました」

昨年の早慶戦ではそれまでと見違えるようなプレーを披露した(撮影・井上翔太)

30ゴールを挙げてチームの1部昇格を

シーズン後半の働きぶりには目を見張った。7月以降、エースがゴールを奪った試合はすべて勝利を収め、2部昇格の立役者となった。大学1年目は17試合に出場し、15ゴールを記録。3部リーグの得点王を獲得している。目標の30ゴールには届かず、本人は数字に物足りなさを覚えるものの、横浜FMからのオファーは届いた。

「練習参加したときに思った以上に自分の持ち味をアピールできたんです。マリノスのブレないアタッキングフットボールに魅力を感じ、僕の特徴を生かせると思いました。優勝するチームの雰囲気を肌で感じ、ここでなら自分も成長できるし、さらに上を目指せるな、と。1年生のタイミングでしたが、1日でも早くプロの環境に慣れて活躍したかったので、すぐに決断しました」

横浜FMの練習場が慶應義塾大から近かったことも、判断材料の一つだった。塩貝の本業は学生である。普段は法学部で授業を受けてソッカー部で練習しながら、スケジュールの合間を縫ってプロの練習に足を運ぶ。Jリーグだけで活躍しているのではなく、関東大学2部リーグでも大暴れしている。

開幕戦でハットトリックを達成し、第6節には1試合4ゴールを決めるなど、出場4試合で10ゴールをマーク。横浜FMと掛け持ちで活動しているため欠場する試合はあるが、出場した試合では大活躍を見せている。本人は1試合平均2ゴール以上の驚異的なペースも当たり前と言わんばかりに、エースの自覚を口にする。

「9番のポジションをやっているので、点を取ってチームを勝たせるのが僕の仕事。出た試合ではいずれも勝利につながっているので、そこには自信を持っています。いまの数字は悪くないですけど、出し手とのタイミングが合ってくれば、もっと点は取れるはず。2018年に中央時代の大橋祐紀選手(現・サンフレッチェ広島)が記録した2部歴代最多の21ゴールは絶対に超えたい。今年の目標は30ゴールを挙げて、慶應を1部昇格に導くことです。たとえ出場数が少なくても、圧倒的な数字を残し、必ず得点王を取ります」

9番を背負い、チームを1部昇格に導きたい(提供・慶應義塾大学ソッカー部)

幼いころ短冊に書いた「将来はレアルでプレーしたい」

今季からは、かつて横浜FMなどで活躍した中町公祐監督の指導を受け、新たな学びも得ている。慶應OBでもある元プロ選手の言葉には説得力があるようだ。

「『ソッカー部でしか学べないものがある』と言われ、そうだな、とあらためて思いました。プロは結果がすべての世界ですが、学生スポーツは人間形成の場。僕は自信家な一面もあるので、謙虚さも持たないと。〝現在地〟を勘違いせず、冷静に受け止めるようにしたいです。ただ、先の目標は自分の可能性を信じて、あえて口に出していきます」

日本代表に名を連ねるFW上田綺世(現・フェイエノールト=オランダ)のオフ・ザ・ボールの動きをよく観察するのも、その存在を超えていきたいからこそ。幼少期から憧れてきたのは、ポルトガル代表のクリスチアーノ・ロナウド(現・アル・ナスル=サウジアラビア)。プレースタイルだけではなく、何を言われても結果で黙らせる生き様に魅了されている。将来的に目指す場所は、敬愛するアイドルもプレーしたクラブだ。幼いころに七夕の短冊に書いた願いごとでもある。

自分の可能性を信じて、先の目標をあえて口に出している(撮影・杉園昌之)

「将来はレアル・マドリード(スペイン)でプレーしたい。J1の得点王となり、その先は海外でのプレーも視野に入れています。『大学サッカー出身のプロ選手といえば塩貝』と言われるくらいの地位は確立したいと思います」

大きな夢に向かって突き進む19歳は、大学とプロの両方でゴールを奪い続け、存在価値を証明するつもりだ。

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