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連載:監督として生きる

早稲田大・兵藤慎剛監督 大役を任された新指揮官が忘れない、小嶺忠敏さんの「教え」

今年2月からア式蹴球部を率いる兵藤慎剛監督(撮影・井上翔太)

蒸し暑さが残る夕方の東伏見グラウンドに、張りのある声が響く。選手、スタッフと交わす、「こんにちは」のひと言にも心がこもっている。見ているだけでも気持ちがいいあいさつ。ピッチでのぞかせるさわやかな笑顔は、Jリーグの横浜F・マリノス、北海道コンサドーレ札幌などで活躍していた選手時代と変わらない。現役を退いて、まだ1年半。今年2月から早稲田大学ア式蹴球部を率いる兵藤慎剛監督の表情には充実感が漂う。

「僕が少しでも暗い顔を見せれば、学生たちに悪い影響を与えますから。監督自身が楽しんで仕事することは大事なのかなと。学生に対して、『自分は何ができるのか』と常に自問自答しています。監督は裏方。選手、学生たちを輝かせるのが、僕の仕事です」

「学生に対して自分は何ができるのか」自問自答する日々を送っている(撮影・杉園昌之)

1部昇格、日本一の目標から逆算したチーム作り

監督経験はなかったが、2部リーグに降格した母校から大役を任され、就任からすでに5カ月が経過した。リーグ戦は9試合(全22節)を消化し、1部自動昇格圏内の2位まで勝ち点差7の7位。7月29日に38歳を迎える新人監督は、学生たちが自ら掲げた『1部昇格』、『日本一』の目標から逆算し、チーム作りを進めている。昨年10月から早稲田大でコーチを務めていたこともあり、シーズン前から改善すべき点を頭の中で整理していた。あとはどのように選手たちに伝え、落とし込むかだった。

「僕たちの時代(早大2008年卒)と同じような指導では、きっと今の学生には響かないと思っていました。それはもともと理解しているつもりでしたが、いざ現場で実践してみると、自分の認識が甘かったと思う部分は数多くありました。それでも、選手たちのポテンシャルは間違いなく高いです。全員を同じ方向に向かせることができれば、目標は達成できると思っています。今季は、監督としての力量が試されます」

早慶サッカー定期戦で指揮を執る兵藤監督(撮影・井上翔太)

答えが分からなくても、まずはチャレンジを

選手時代には輝かしい功績を残してきた。国見高校(長崎)時代に3大タイトルをすべて獲得し、早稲田大でインカレ優勝、大会MVP。プロでは14シーズンにわたって活躍し、J1通算338試合に出場した。ア式蹴球部の現役選手たちにも当然、顔と名前は認識されていたが、肩書だけで言い聞かせられるほど学生たちも子どもではない。特にア式蹴球部に集まってくるのは、全国高校選手権で活躍したタレントもいれば、Jクラブ下部組織出身のエリートも多い。自らのサッカー観を持ち、考える力を持った選手ばかり。何のために練習しているのか、この指導は何につながるのか、ロジックを示さなければ、拒否反応を感じることもあった。

「基本的に今の選手たちは先に答えを求めて、納得しなければ、行動を起こさないのかなと。強制はしないようにしていますが、指導者から言われたことに対して、たとえ答えが分からなくても、まずチャレンジすることも大切だと思っています。自分で答えを探して、正解に近づけていってもらいたい。サッカーは答えのないスポーツですから」

「自分で答えを探して、正解に近づけていってもらいたい」(撮影・杉園昌之)

苦労しながらも、“兵藤イズム”は少しずつ浸透しつつある。

守備陣を引き締める主将の平松柚佑(4年、山梨学院)は「昨季に比べると、戦術面でよりこだわるようになった」という。ポジショニング、攻守の切り替え、ゴール前の崩し方など、多岐にわたる。目指すのは、1試合に3ゴール以上を奪う攻撃的なサッカー。6月27日のアミノバイタルカップ準々決勝では1部の法政大に5ゴールを奪って圧勝し、総理大臣杯の出場権を獲得した。

「チームに足りなかった部分をこの半年間で埋めてきました。フィジカル強化はその一つです。逆算して取り組んできて、ギリギリで間に合いました。『日本一』の目標を達成するためには、ここで全国行きの切符を取らないといけなかったので。まだまだ課題は多いですが、ここから何を積み上げていくかが大事になってきます」(兵藤監督)

時代に応じて進化する戦術のトレンドを把握しつつも、分かりやすい言葉で伝えることを意識する。「最近よく言われる5レーン理論も、簡単に言えば、幅と深さにつながってくる話です」とさらり。専門用語を多用せず、分かりやすく伝えることに力を注ぐ。

1試合3ゴール以上の攻撃的サッカーが結実し、総理大臣杯の出場権を得た(撮影・杉園昌之)

気付きが多い人は、成長する速度も上がる

ただ、大学サッカーの監督は、戦術を落とし込むだけが仕事ではない。ア式蹴球部にはプロを志す選手もいれば、学生スポーツとして情熱を注ぐ者もいる。周囲の協力を仰ぎながら、Bチームを含めた全体のマネジメントにも心を砕く必要がある。

OBで早稲田大の監督も務めた関塚隆(元ロンドン・オリンピック代表監督)、大学時代に直接指導を受けた大榎克己(元清水エスパルス監督)などからも助言を受けている。監督として、初めてグラウンドに立ったとき、選手たちの顔をぐるりと見渡し、ぶれない指導方針を話した。

「サッカーを含め、気付きが多い人は成長する速度も上がります。社会人になっても、自分で何かを気付ける人間が一流になっています。当たり前のことを当たり前にできるのが良いサッカー選手。たとえ社会に出て仕事をしても、これは変わらない。サッカーでも私生活でも、当たり前の基準を上げていくことが、今のア式蹴球部には必要だと思います」

今はチーム内に「当たり前の基準を上げること」を求めている(撮影・杉園昌之)

いかに人を引きつけられるか

監督として、一人の人間として、根幹にあるのは国見高校時代の恩師である小嶺忠敏先生(故人)の教えだ。

『素晴らしいサッカー選手である前に、素晴らしい人間になりなさい』

時代は変わっても、変わらないものもある。Jリーグの第一線でもまれる中で、改めて実感した。競技力だけでは、上り詰めることはできない。だからこそ、こだわるのだ。サッカーだけを教える人になるつもりはない。兵藤監督はサッカーを通じて、人間力を高められる指導者でありたいという。そのためには、指揮官自身も人として尊敬されるような人間にならないといけない。

「スポーツは人がするものです。監督として、一人の人間として、いかに人を引きつけられるかどうかだと思っています。やはり、求心力がないといけません。それを学んだ上でJリーグの監督、ひいては日本代表の監督を目指すというところにつながっていくのかなと」

人当たりの良い笑顔を浮かべながら、相手の目を見て話す言葉には力がこもっていた。取材を終えて、校舎脇のベンチから腰を上げると、「ありがとうございました」と丁寧に頭を下げられた。当たり前のことを当たり前にこなす。選手たちに徹底する基本のあいさつひとつにも、兵藤監督の実直な人間性がにじんでいた。

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