竹原秀一と松下知之 パリオリンピック後も日本競泳界を引っ張っていく、東洋大コンビ
2004年アテネ、08年北京の両オリンピックで100mと200m平泳ぎ「二冠」の北島康介や、21年の東京オリンピックで女子200m個人メドレーと400m個人メドレー「二冠」の大橋悠依ら、数々の金メダリストを指導してきた平井伯昌氏が監督を務める東洋大学。今夏のパリ大会には、男子200m背泳ぎの竹原秀一(2年、東福岡)と男子400m個人メドレーの松下知之(1年、宇都宮南)が挑む。ともに初のオリンピックで、初のメダル獲得をめざす。
竹原秀一「ストロークの大きな泳ぎ」に手応え
5月14日に両選手とOGの青木玲緒樹、白井璃緒(ともにミズノ)の練習が、報道陣に公開された。本番まで3カ月を切り、ヨーロッパグランプリ出場や高地トレーニングを積むための欧州遠征に向かう前のタイミングだった。
竹原はこのときの心境について「調子も上向きなので、すごくワクワクした気持ちと『代表になったんだな』という実感が湧いてきた。不安は一切ないです」と語った。3月の代表選考会では決勝で1分56秒28をマークし、長くこの種目を引っ張ってきた入江陵介を破って優勝。レース後、ずっと憧れてきた先輩と抱き合った。ただ、竹原自身にとっては思い描いていたようなレースではなかったと言う。「途中のラップをもう少し早くまとめて、自分のペースを刻めるようにならないといけないです」
この1年間は「ストロークの大きな泳ぎ」に取り組んできた。昨年7月の世界水泳のころは、50mを27ストロークで泳いで27秒ほど。ただ最近になって計測したところ、25ストロークで27秒ほどになったという。1回で進む距離が伸び、同じ27秒でも楽にタイムをまとめられるようになった。「ストロークが大きくなった分、1回の呼吸も大きくなって、たくさん酸素を吸えるので、前よりも楽に泳げるようになりました」と手応えを語る。
現在は「足首がすれるぐらいの内股」を意識して、キックが外に流れたり、ばらついたりしないことを心がけている。「調子が悪い時、平井先生から『ここがこうなってるから』と言われたとき『あ、やっぱり』と思えるようになってきました。自分でも『ここがダメだな』というところが、以前より鮮明に分かるんです」。次世代の日本競泳界を担う存在として、パリでは「(1分)55秒前半から54秒台を狙いたい」と意気込む。
松下知之が海外遠征に必ず持っていくもの
若手のホープとして、より期待がかかるのは、竹原の1学年後輩にあたる松下だ。代表選考会は男子400m個人メドレーで4分10秒04をマーク。16年リオデジャネイロ大会の銅メダリスト・瀬戸大也に勝ち、初のオリンピック代表の座をつかんだ。
期待の裏返しか。平井コーチの松下評は少し辛口だ。「選考会で最後あれだけ頑張れるっていうのは、途中まであんまり頑張ってないっていうこともあると思う。まだまだ未完成な状態で、あそこまで来ているんじゃないかな。自分に厳しく、自分を律していかないと、世界のトップ選手にはなかなかなれない。やれることは多いと思っています」
前半に少し出遅れてしまう傾向があることは、本人も自覚している。改善するため、竹原から背泳ぎのアドバイスをもらうこともある。「水をキャッチする部分は、教えてもらったことをすごく意識しています。最近は背泳ぎの調子がいいなと思ってます」
今年2月のスペイン合宿など、高校生のころから平井監督のもとで練習に参加していたとはいえ、この春から正式に東洋大の学生となった松下。高校と大学の一番の違いを尋ねると、「授業の長さです」と答えた。「高校は朝練もなかったので、朝学校に行って、午後4時ぐらいに終わって。自分は練習が午後6時半からだったので、それまでは昼寝ができたんですけど……。大学では朝練して、すぐに大学に行って、終わると練習なので、ちょっとバタバタしていると思うこともあります」。先輩たちに対応の秘訣(ひけつ)を聞いたら「慣れ」と言われた。「まずは頑張って食らいつきます」
ヨーロッパグランプリから高地トレーニングを経て、オリンピック開催地のパリにそのまま入る、このたびの遠征。松下には、必ず持っていくものがある。「餅ですね。おわんに水と餅を入れて電子レンジで温めたら軟らかくなるので、ぜんざいのようにして食べます」。2月にスペイン合宿へ向かったときは、たくさん持っていこうとした結果、荷物が重量オーバーとなり、餅を日本に返さなければならないこともあった。「今回は自分が食べられる分と、持っていける分だけにします」と笑う。
きつい練習をへっちゃらに行う竹原に、ついていく松下
平井監督は「竹原君と一緒にトレーニングできていることが、松下君にとってすごく心強いんじゃないかと思います」と語る。2人は同じ練習メニューに取り組むことも多く、「竹ちゃんは結構きつい練習でも、へっちゃらにやるんですよ。どちらかと言うと松下君の方が、練習メニューを見ると、急にゴーグルをはめだして足をストレッチし始めて……慎重なんです。『もう緊張してんの?』なんて僕はからかってるんですけど」(平井監督)。しんどい練習も淡々とこなしていく竹原に、松下もついていく構図が「いいコンビ」だと平井監督は言う。
東京オリンピックのとき、金メダルを獲得した大橋は、本番の5日前に高地トレーニングを行った長野県東御(とうみ)市を離れたそうだが、今回2人は3週間前に下山するという。「疲労を抜いて調子を上げることに3週間費やすという目的で、スケジュール変更しています。伸びしろがすごくあるから、まずは高地でしっかり鍛えます」と平井監督。パリオリンピックに限らず、その後の日本競泳界も引っ張っていく2人の成長曲線は、これからまだまだ伸びていくことだろう。