バレー

中央大学・村上連 高専出身のセッター、アタッカー陣が最強だと証明し続けるために

セッターとして「二冠」に貢献した中央大の村上(すべて撮影・井上翔太)

第43回東日本バレーボール大学選手権大会(男子富山大会)決勝

6月28日@富山県西部体育センター(富山)
中央大学 3-2 明治大学
(26-24.31-29.28-30.17-25.15-11)

掲げた「四冠」の目標に近づく「二冠」目を達成。昨年は決勝まで進出しながら敗れた悔しさを晴らし、中央大学が第36回大会以来、7年ぶりに東日本インカレを制した。

代わって入った澤田晶が会心のブロック

激闘と呼ぶにふさわしい一戦だった。

2セットを先取し、第3セットも2度マッチポイントをつかんだ。だが、明治大学の猛追に屈し、セットカウント2-2となり勝敗の行方は最終セットへ。5-8と明治大が3点を先行。15点先取の第5セットでは逆転も難しいかと思わされた点差だったが、6-8と点差を2点に縮めた場面から、試合をひっくり返したのが主将の柿崎晃(4年、北海道科学大高)のサーブだ。

「試合を通してずっといいサーブが打てていたので、2点差がついていても攻めようと思った」というサーブは2本連続のサービスエース。再び1点をめぐるシーソーゲームとなる中、11-11の場面で前衛に上がったセッターの村上連(4年、松江高専)に代わり、ミドルブロッカーの澤田晶(4年、愛工大名電)がコートへ送り出された。

サービスエースで流れを引き寄せた主将の柿崎

舛本颯真(2年、鎮西)のサーブで崩したところを澤田が必死につなぎ、柿崎へ。「ライトから打つことは滅多にないけれど自分からトスを呼んだ」という柿崎のスパイクが決まり12-11、続けざまに澤田のブロックポイントで13-11。春季リーグではなかなか出場機会がなく「結果が出ない中で苦しいこともあった」という澤田が決めた会心の一本だった。

「今までの自分が、ちょっと報われたような気もしました」

限られた場面で、自身に与えられた役割を最高の形で果たして見せた。万感の思いで拳を突き上げた澤田以上に、その1本に柿崎も胸を熱くした。何より、澤田に代わってベンチにいた村上も、祈るような思いで見守っていた。

「(優勝の瞬間に)自分が立ちたいなんて考えもしなかった。ワンポイントで出た澤田が自分の役割を果たして活躍しているのが本当にうれしかったので、このまま行ってくれ、と思いながら見ていました」

最後もライトから柿崎が決めて15-11。大熱戦を制した中大の選手たちの目には涙が浮かんでいた。

優勝を決めた瞬間、中大の選手たちは大喜び

「今でも忘れられない」2年時の全日本インカレ

関東1部リーグには、高校時代に春高バレーやインターハイなど全国大会で名をはせた選手がそろう。中大も同様で、舛本や、決勝戦の第2セットから交代出場してそのまま優勝に貢献した尾藤大輝(1年、東山)はまさにそう。いわゆる〝名門〟や〝強豪〟と呼ばれる高校でエースとして活躍してきた選手たちの中で、村上はバレーボール選手の中では珍しい高等専門学校の出身だ。

全国でも限られた国立の高等専門学校の一つで、機械工学や電子工学を学び、エンジニアを養成する。5年制の本科に通い「専門の勉強をしたいと入学する人たちが多い」という中、村上は「将来を考えて、バレーボールに集中したいと思って入学した」と明かす。実際に3年時には自身が中心として磨き上げたチームで、高専として初の春高出場を果たし、3年での卒業後に中大へ進学。大学でも2年時からレギュラーセッターの座をつかんだ。

高専から名門の中大に進み、2年からレギュラーセッターになった

望んで選んだ道ではあったが、最初は面食らった、と笑う。

「1年の時は鍬田憲伸さん(現・サントリーサンバーズ)とか、ビッグネームの人たちばかり。打点も高さも速さも違うし、自分が来るところじゃなかった、と思うところから始まって、2年になって試合に出られるようになって自信もついたけれど、勝てないと自分のせいだと痛感させられる。先輩だけでなく、後輩もビッグネームばかりなので、『負ければセッターのせい』というのは誰が見てもわかる状況だよな、と自分が一番理解していました」

特に「今でも忘れられない」と振り返るのが、2年時の全日本インカレだ。秋季リーグを制しながら、3回戦でフルセットの末に天理大学に敗れた。直後は「もうバレーを辞めたい」とまで落ち込んだと語る。

支えになったのは、中大同期の存在だった。コートに立つ同期が多かったこともあり、互いに励まし合いながら、自分にできることをやり抜くことだけを心がけた。

「たとえばミドル3人のトスにしても、打点の高さが必要なのは山﨑(真裕、4年、星城)で、澤田は(トスが)上がったらすぐたたきたいので、できるだけ手離れを早くする。山根(大幸、4年、前橋商業)はトスが上がってからゆっくりコースを打ち分けたいので、同じポジションでも求めるものは全然違う。自分がこうしたい、と思うよりも前に『気持ちよく打たせてあげたい』ということを意識して取り組んできました」

気持ちよく打たせるために、トスを上げる

大学に入って初めてつかんだセッター賞

後輩に対しても変わらない。決勝でも多くのトスを集めた舛本には「速さよりも颯真の好きなポイントで打たせたい」と心がけたが、接戦になるほどトスが短くなって打ち切れない場面も増え「自分のトスが悪い」と素直に謝った。先輩だからと我を通すのではなく、生かせるように。そんな姿勢に「助けられた」と言うのはノーマークでスパイクを決める場面もあった尾藤だ。

「連さんも2年生から試合に出てきた経験がある中で、重要な場面で自分を信じて託してくれた。アタッカーとしては素直にうれしかったですし、先輩のトスを打つ以上は、何が何でも勝たせたい、という思いもあった。信頼に応えたいという思いで振り抜くことができたので、気持ちよくスパイクを打ち続けることができました」

ルーキーの尾藤は村上の心遣いに感謝している

折れそうになっても、折れるわけにはいかない。東日本インカレを通して、村上も自分自身を奮い立たせてきた。

「これだけスパイカーがそろっているのに勝てなかったら自分のせい。後輩セッターもいる中で、春は結果を出すことができましたけど、東日本で結果を出せなかったら自分自身が成長していないということにもなる。うまくいかないことを気にしてしまうことも多かったんですけど、ミスをしても引きずらずに切り替えて、クイックを使ったり、ファーサイドの颯真を使ったり、トスワークという部分でも、少し成長できたのかな、と思えました」

成長を示す何よりの証が、大学に入って初めて受賞したセッター賞だ。試合に出続ける以上、いつかは取りたいと目標にしてきたが、優勝した春季リーグでも、受賞したのは1学年下で早稲田大学の前田凌吾(3年、清風)だった。

「東京学芸大の(田中)夏希(4年、大村工業)ともよく『俺らの代、誰もセッター賞取れてないよね』って、話をしていたんです。確かに1個下の代が前田や(明治大の近藤)蘭丸(3年、東福岡)……。うまいセッターも多いんですけど『このままだとメンツも立たないから今回は取ってくれよ』って(笑)。セッター賞が取れたことはうれしかったですけど、チームのみんなに取らせてもらった賞だし、何より、勝って賞を取ることができたのが一番うれしいです」

村上(5番)は今大会で、大学を通じて初のセッター賞に輝いた

昨年の早稲田四冠を見て「自分たちも」

二冠を達成し、目指す目標まであと二つ。リーグ戦だけでなくトーナメントを勝ち切れたこと、しかも一度は崖っぷちまで追い込まれた試合をひっくり返して頂点に立つ喜びを味わえたのは自信になった。暑い夏を超えれば、また新たな戦いが始まる。

すべてのチームが「打倒中大」を掲げ、向かってくるのも承知の上だ。

「去年、早稲田が四冠するのを見て、絶対に自分たちも取りたいと思ったし、心強いキャプテンと一緒に勝てるチームをつくっていけるように。最高の形で終われるように頑張りたいです」

中大のアタッカー陣は最強だと、証明し続けることができるように。1本1本のトスに、思いと信念を込めて上げ続ける。

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