大商大・中山優月 智弁学園の「二刀流」、雰囲気に入り込めた佐々木麟太郎との対戦
大阪商業大学の中山優月(1年、智弁学園)は昨夏、背番号1を背負いながらショートの守備につき、時にはマウンドに上がる「二刀流」としてチームを支えた。奈良大会では初戦の香芝戦で本塁打を放ったかと思えば、計5試合のうち3試合に登板。決勝戦の高田商戦では好リリーフで試合を締めた。「夏は甲子園に行くことしか考えていなくて、打つ方でも投げる方でも自分の結果がどうであれ、チームが甲子園に行けばいいと思っていました」
タイブレークを経験し「ピンチでも慌てなくなった」
甲子園では、1回戦の英明(香川)戦でいきなりタイブレークを経験した。相手の小刻みな継投にもひるまず、何とか勝ち切った。「ピンチで粘って投げられたことが、2回戦以降につながりました。ピンチでも慌てなくなったんです」と振り返る。
「初めての甲子園は2回戦の徳島商業戦が一番印象に残っています。確かスタンドがほぼ満員だったんじゃないかと思います。甲子園は奥行きがあるだけでなく、周りから見られているという雰囲気をすごく感じましたし、スタンドにいる人の声も聞こえたんです。奈良大会では感じられない、独特の雰囲気でした」
徳島商の先発マウンドに立ったのは、大会屈指の好右腕・森煌誠(現・NTT東日本)。最速149キロの速球だけでなく、カーブやスプリットなども自在に操り、初戦の愛工大名電戦で1失点、10奪三振の完投勝ちを収めていた。
「変化球がすごくいいので、追い込まれたら打てないと試合前から分かっていました。追い込まれる前に積極的に振っていこうと、自信を持ってファーストストライクから振っていきました」
3番ショートでスタメン出場し、2安打2打点。終わってみれば18安打12得点の快勝だった。先発した青山輝市が一回で相手打線につかまったため、急きょ登板し、8回3分の2を3失点。ロングリリーフをものともせず、3回戦進出の原動力となった。
どちらかの練習に偏らず「背中で示せる存在に」
「二刀流」は大谷翔平(ドジャース)が大リーグで成功を収めているからこそ、その役割が一目置かれるようになった。ただ、中山はショートとピッチャーをどう両立すればいいのか、当初は悩みが絶えなかったと言う。
「最初はどういう風に練習すればいいのか分からず、戸惑うことが多かったです。でも、甲子園に来てピッチャーとショートをこなすことで、周りからの声に背中を押されて、やりがいを感じるようになりました」
小坂将商監督からは普段の練習で、どちらかの練習に偏らないようにと常々言われてきた。「野手の練習をしていても、ピッチャーの練習であるランニングをしないわけにはいかない。『しんどい思いをするのだから注目されるんやぞ』と監督には言われてきました。そこは自覚を持って、キツい練習をしながら背中で示せるような存在でないといけないと思いながらやってきました」
小坂監督は選手とのコミュニケーションをとにかく大事にする。寮でも洗濯場で会えば、監督の方から声を掛けてくれ、中山は色んな話をした。
「何て言えばいいのか分からないですが、小坂監督と自分は野球観というか、やり方が合っているような気がします。試合でも、ベンチに帰ってきたら2人で細かい話をよくしました。距離が近い方でしたし、自分のことを気に掛けてくれて、人として尊敬できる監督さんです」
大変さも、そして役割を全うする姿も、小坂監督は傍らで見守り、時には指摘もしてくれた。
今年の夏は現地で後輩たちの試合を観戦
3回戦の花巻東(岩手)戦で忘れられないのは、佐々木麟太郎(スタンフォード大学)との対戦だ。
七回から4番手としてマウンドに立ち、九回の先頭打者として相対した。「個々のバッターを気に掛ける展開ではなかったんですけど、気持ちとしてはもちろん抑えたかったので、自分のボールをしっかり投げようと思いました。チェンジアップを投げてファウルにされた場面があったんですけど、向こうが笑顔だったんですよ。『楽しんでるな』と思いました。でも、自分も負けずに楽しんで自信のあるボールで抑えようと思いました」
結果は空振り三振。決め球は自信のあるストレートだった。
「(佐々木麟太郎は)バッターボックスにいるだけでも大きかったです。向かっていく姿勢も見えたので、自分も負けずに向かっていけたし、雰囲気に入り込めた気がします。あの場面はすごく楽しい勝負でした」
何より、投手としてずっと磨いてきたストレートで、強打者を抑えられたことは自信になった。だが、その裏の攻撃では最後のバッターになった。
「ランナーがいた場面だったのに、仕留めきれなかったのは悔いが残ります。その時の動画を見たことがあるのですが、悔しさがまだ残っています。相手ピッチャーの方が一枚上だったんですけど、何度見ても悔しいですね」
ずっと憧れていた大舞台の3試合は、想像以上のすごい経験だった。あれから1年が経った今、改めて思い返す。「高校のスポーツでこれだけ観客が入るのは、高校野球しかないですもんね。大観衆の中で試合ができて、とても幸せでした。二刀流としてやってきて、最後の夏に全国の舞台に立てて、しんどい思いをしながらでも頑張ってきてよかったと思いました」
今夏の奈良大会初戦は現地へ足を運び、後輩たちの姿を目の当たりにした。大商大の富山陽一監督は、母校の夏の試合を積極的に見に行くように促しているという。試合は四回までに4点を先行したが、五回に2点をかえされ、そのまま4-2で逃げ切った。「見ていてドキドキしました。全部は見られなかったのですが、初戦の難しさをすごく感じました」
母校の試合を見ることで、「ここで野球をやってきた」ということを再確認し、大学へつないでくれた恩師に改めて感謝した。
大学でもうかがえる期待の大きさ
大商大では今、ショート1本でプレーしている。
「ピッチャーもやりたい気持ちはあります。富山監督からは『両方やってお前やぞ』と言っていただいているのですが、大学でピッチャーのレベルの高さを見て、『今は投手までできるのかな……』というのが正直な気持ちです」
それでも、チームのためなら、どんなことでもやろうと腹をくくっている。
この春はリーグ戦で5試合に出場。6月の全日本大学野球選手権でも「2番ショート」でスタメン出場を果たし、期待の大きさがうかがえた。
「でも、野手としてまだまだな部分が多いです。そこに背中を向けるのではなく、今は苦手だからこそ、課題をどんどん克服しようという気持ちが強いです。具体的には守備です。大商大の先輩は体の大きい方ばかりなので、パワーをもっとつけたいとも思っています。日本一になるために大商大に来たので、自分の将来どうこうより、まずは大学日本一になるためにチームに貢献していきたいです」
大学で目指すのは、高校で果たせなかった「日本一の二刀流」選手だ。