岡山大学・杉山匠海(下) スケートと物理学の共通点「自分の武器を集めている段階」
フィギュアスケート男子で、岡山大学グローバル・ディスカバリー・プログラム(GDP)4年の杉山匠海(たくみ、就実学園)は、5回目の全日本選手権出場に向けて練習を積んでいる。大学では物理学を学ぶ理系アスリートとして将来のキャリアの可能性を広げている。後編では競技と学業の両立について紹介する。
大学2年の後期に工学部から理学部へ
杉山は高校時代、両親と同じ理系に進んだ。「文系から理系に行くのは難しく、可能性が狭まってしまうと思い、数学はそれほど得意でなかったんですが、チャレンジで頑張ってみようと思いました」。両親の要望が国公立大学進学だったため地元の岡山大学を受験、AO入試で合格した。
2021年4月に入学し、競技に打ち込みながら学業にも力を入れてきた。所属するGDPの中で、学部・学科横断型で専門科目を履修できる「マッチングトラック」のシステムを活用。杉山は工学部からスタートし、学習を進める中で物理学に関心を持ち、2年の後期から理学部で学ぶようになった。
「物理なら幾つかの式で物事が説明できます。自分を取り巻く環境について理解が深まっていっていくのがモチベーションになり、いまは知識が増えていくのが楽しいです。将来も身の回りのことについて研究できたらと思っています」
途中で理学部に移ったため、いまは物理全般を幅広く学んでいる。「理学部への変更も柔軟にできた。この学部に入っていて良かったと思える一面です」と話す。来年度から取り組む卒業研究では分野を絞り、掘り下げていく。
学業にもスケートにも競争意識
学業とスケートは似ている面があるという。「大学で研究するというのは、ほかの研究者たちと競っているということです。例えば誰が先に(法則を)見つけるかなど。教授の話を聞いていると競争意識というのが根底にあり、競技との共通点を感じました」
学業で電磁気学や熱力学など個別の科目を学ぶ一方、競技ではルッツ、フリップなど個別のジャンプを習得している。「自分の武器を集めている段階」である点も似ているという。
スケートでは、丁寧に音をとりながら楽譜に溶け込むように演技をする杉山。プログラムもロジックで組み立てているかと思いきや、違うそうだ。「ロジカルで演技をやってはいなくて(笑)。音に合わせて動いている感じが正しいです。小さい頃にピアノを習っていてたくさん音楽を聴いていたので、その感覚が身についているからなのかもしれません」
妥協可能なゴールを見つけて取り組む
大学生活は4年目に入り、慌ただしい毎日だ。実験も多く、毎週のようにレポート提出に追われている。今年度前期は学業優先で取り組んだ。「朝起きて大学に行って、昼寝して、練習して、夜に課題。忙しくて、なんとか耐えたという感じです。心の訓練にはなりました(笑)」
両立で工夫していることを聞くと、「常に何かやれるタスクを持っておくこと」だと言う。教科書などを持ち運び、空き時間に読むなど時間を捻出する。「スケートに割く時間は絶対に減っているんです。その中でどうやって一定のレベルに持っていくかを考えています」
前期は「8月のサマーカップでシーズンに入る準備ができていること」をゴールに設定した。「体力づくりは時間もかかるし、曲かけ練習を多くしなければならないため、そこをカットして個々のエレメンツの練習に焦点を当てました。体力づくりは時間がとれる時にやろうと決めて。すべて頑張るのではなく、妥協可能なゴールを見つけてそこに向かってやることが大事だと思います」
大学は競技と両立して5年間で卒業する計画で、専門領域の決定はこれからだ。「『可能性を捨てない』というのが目標で、広い視野でどうなろうかを考えていきたいです」
アイスダンサー杉山匠海が再び?
フィギュアスケートの魅力について杉山はこう語る。「大会で良い演技ができた時の達成感です。苦しい練習をして毎回試合に臨んでいるので、良い演技ができた時はとてもうれしいです」
杉山は高校3年時の2020年に全日本選手権に初出場し、以降4年連続で出場している。昨シーズンは目標だった合計200点超えで西日本選手権を3位通過した。全日本のSP(ショートプログラム)はシーズンベストの71.68点を出して15位。フリーも得意の3回転ルッツ-3回転トーループの連続ジャンプをきれいに決めるなど16位につけ、合計202.64点で総合16位に入った。前年はSP27位でフリーに進出できなかったが、リベンジを果たした。
今シーズンの全日本予選となる中四国九州選手権は10月3~6日にヘルスピア倉敷アイスアリーナ(岡山県倉敷市)で行われる。滑り慣れたリンクで演技し、続く西日本に向けて弾みをつける。そして自身5回目となる全日本を目指し、練習を積み重ねる。
「フィギュアスケートはいい意味で生活の一部になっている」と言う。「何をするにしてもスケートのことを考えていますし、引退について考えたこともありません。長くスケートをやり過ぎていてスケートをしていない自分を想像するのが難しいです」
現在はシングルに専念しているが、中学時代に経験したアイスダンス再開への思いもある。「タイミングとご縁があればいつでもやれますし、準備はできています。いまは大学があり、練習場所の制限もあるので無理だと思いますが、アイスダンスの競技人生はシングルより長いので焦る必要はないと思っています。何かきっかけがあればまた始めるかもしれません」と笑顔を見せる。
アイスダンサー杉山匠海の再演もあるかも? 学業面でも競技面でもさまざまな可能性を秘めている杉山がこれからどんなキャリアを描いていくのか楽しみだ。