岡山大学・杉山匠海(上) 新SPは力強い曲に挑戦「自分の中のイメージを変えたい」
フィギュアスケート男子で、岡山大学グローバル・ディスカバリー・プログラム4年の杉山匠海(たくみ、就実学園)は、しなやかで優美な滑りが魅力の選手だ。ロシアのスケーターが好きでファンからは「タクーシャ」と呼ばれている。大学では物理学を熱心に学ぶ理系アスリートの一面も持つ。文武両道を貫き、5回目の全日本選手権出場を目指す22歳の素顔を前後編で紹介する。
スケートは自分の性格に合っていた
スラッとしたシルエット、柔らかい身のこなしが目を引く。杉山がフィギュアスケートを始めたのは小学5年の頃。選手の中では遅めのスタートだった。
京都から岡山に引っ越してきたばかりで、母親が新しい趣味を探す中で、高橋大輔さんを輩出したリンクが岡山県倉敷市にあることを知った。そこでスケートの体験会に参加し、その日のうちに入会を決めた。当時は、ピアノや柔道、水泳、フラッグフットボールなど多くの習い事をしていたが、ハマったのはスケートだった。
「スケートは個人競技で、自分のことに集中するだけでよいのが自分の性格に合っていました。音楽に合わせて動くのも新しい体験で楽しかったです。凝り性だったので、もっとああしなきゃ、こうしなきゃというのがどんどん出てきて、そのうちにジュニアになり、シニアになり……という感じです」
最初は佐々木美行(みゆき)コーチに習っていた。同じリンクで、2022年北京オリンピック日本代表の小松原美里さんがアイスダンスに取り組んでおり、杉山も有川梨絵コーチのもとでアイスダンスに挑戦した。「1人ではできないスピンやリフト、2人で組んでいるのにスピードが落ちない。どうやったらここまでいけるんだろうと、技術に驚き、あこがれました」
中学2年時に吉田唄菜(うたな、現・木下アカデミー)と組み、2016年の全日本ノービス選手権で優勝を飾った。推薦出場した全日本ジュニア選手権では中学生とは思えない演技力で観客から喝采を浴びた。アイスダンスは中学3年まで取り組み、カップル解散後はシングル選手として活動。大学入学まで秦安曇(あずみ)コーチに師事し、現在は無良隆志、千絵、崇人コーチの指導を受けている。
ロシア好きから「タクーシャ」の愛称も
体の柔軟性を生かしたスピン、両手を上げて跳ぶ軽やかなタノジャンプ。選手の中では独特の雰囲気を持っている杉山。そしてロシアの女子選手の大ファンでもある。あまりの熱狂ぶりにロシア語の親しみを込めた呼び方にちなんで、杉山のことを「タクーシャ」と慕うファンもいる。
ハマったきっかけは2018~2022年にかけて活躍した、アンナ・シェルバコワ、アレクサンドラ・トゥルソワ、アリョーナ・コストルナヤの演技だった。彼女たちが出場する大会を映像で追いかけるようになり、刺激を受けた。ほかにもエフゲニア・メドベージェワやエレーナ・ラジオノワなど、次々と名前が挙がる。
タノジャンプもロシアのコーチが契機だった。親の仕事の都合で高校時代に1年間アメリカに住んでいた時、所属先のデトロイトスケーティングクラブで、ロシアのコーチを招いたレッスンが行われた。陸上トレーニングで手を挙げてジャンプする方法を教わり、日本に帰国後、氷上で試してみるときれいに跳べた。当時、ロシア選手を中心にタノジャンプを取り入れる流れがあり、杉山もプログラムに入れるようになったという。
ロシア以外だとキム・ヨナ(韓国)、日本女子なら樋口新葉(ノエビア)。樋口の『ライオンキング』を全日本選手権で見て感動したという。
羽生結弦選手の演技に感じた“ロジカル”
男子はジェイソン・ブラウン(アメリカ)にあこがれる。また、宇野昌磨さんの演技はどれも好きで、とくに「Dancing On My Own」がお気に入りだ。
そして羽生結弦さん。「羽生結弦選手の演技には“ロジカル”を感じます」と尊敬する。「曲の作りがうまいです。相当研究されて作られていると思います。『序奏とロンド・カプリチオーソ』を初めて全日本で見た時に、繰り返す音楽に合わせてステップも同じ組み合わせになっているという考察がツイッターに出ていて。それが本当だとしたら、すごくロジカルですよね。本当に(パソコンで)プログラムを組んでいるみたいだと思いました」
「秋によせて」も強く印象に残っている。「体の動きとしては多くないのに視覚情報を含めて脳みそが情報過多になってしまって。マネできるものはないと思いました。一番好きなのはステップに入るところです。くるぞ、くるぞと思って見ていました」
普段のおっとりした話し方から一転、なめらかな語り口にスケートへの熱い思いが伝わってきた。
継続のフリーは「細部にまで意識して」
今シーズンの新しいショートプログラム(SP)は佐藤有香さん振り付けの「Fly&カルミナブラーナ」。前半は杉山が滑りやすい静かな曲調で、後半は力強い曲調に変わる。「強い曲調をあまりやったことがなく、自分の中のイメージを変えたいなと思いました」と意気込む。
フリーは同じく佐藤さん振り付けの「Suite No. 3 in D Major, BWV 1068: ll. Air(G線上のアリア)/Mechanisms」を継続する。杉山のしなやかで優美な滑りと音楽が見事に重なり合い、ファンの間でも好評の作品だ。「結構気に入っていた曲なので、変えるのはもったいないなと。昨シーズンの映像を見て、まだできるのではないかと思いました」と、ブラッシュアップを図る。
技術にも磨きをかけ、大技の4回転トーループジャンプの精度が少しずつ上がっている。今シーズンは4回転の安定とトリプルアクセル(3回転半)ジャンプをプログラムに2本入れられるように練習に取り組んでいる。
「自分が満足いく演技、後悔しないぞと思える演技を目指してやりたいですね。昨シーズン詰めきれなかった細部にまで意識してこだわり、作品としてプログラムを完成させられたら、と思います」