国学を学ぶ広島大の突貫RB吉村太貴主将 3年ぶり中四国V、あと2勝し関西王者に挑む
アメリカンフットボールの中四国学生リーグは10月20日に広島広域公園第二球技場で上位トーナメントの決勝があり、広島大学ラクーンズが38-7で3連覇を狙った山口大学ギャンブラーズを下し、3年ぶり21度目のリーグ優勝を飾った。RB(ランニングバック)とDB(ディフェンスバック)として奮闘する吉村太貴キャプテン(4年、恵那)が引っ張る広島大は11月9日、全日本大学選手権1回戦で北陸学生リーグを制した富山大学と対戦する。
先制のタッチダウンに「死ぬ気で走りました」
今シーズンの中四国はまず参加6校を二つのブロックに分けて総当たりで戦い、それぞれの1位と2位が上位トーナメント(T)へ進出。Bブロック1位の広島大は上位T初戦で島根大学を45-13で下し、A1位の山口大は上位T初戦で31-10と高知大学を下していた。選手数は広島大が26人、山口大が19人。高校までのフットボール経験者は4人と1人。春から強さを誇ってきた広島大が4年生のいない山口大を総合力で上回ると見られていた。
広島大はディフェンスから。この日のために山口大が用意してきたフレックスボーンからのオプション攻撃に戸惑った感があり、相手のパント時の反則で攻撃権更新を許したが、第3ダウンでDL(ディフェンスライン)廣瀬悟志(3年、三田祥雲館)がQB(クオーターバック)サックを決めて事なきを得た。そして広島大最初のオフェンス。当然のようにエースRBの吉村へボールを集めて攻撃権を更新した。
広島大はエースQBが欠場し、本来はWRの太田駿介(4年、立命館守山)がQBに入っていた。続く第1ダウンは吉村に持たせると見せて抜き、太田が9ydゲイン。第2ダウン1ydで吉村が右オープンを突いた。吉村はコンテインマンの内をタテに上がり、またすぐ外へ。外2人のレシーバーのブロックがよく、やすやすと右サイドライン際を駆け上がる。山口大DLの右近元希(3年、山口)がパシュートしてきて、吉村の足元に飛び込んだ。バランスを崩した吉村だったが、体幹には自信がある。サッと立て直してエンドゾーンへなだれ込んだ。先制タッチダウン(TD)を決めたキャプテンのもとへ何人もの選手が駆け寄り、喜びを爆発させた。吉村は「あのチャンスを持っていくのがキャプテンだと思ったし、ここで取らんかったら流れがつかめんなと思って、死ぬ気で走りました」と振り返った。
就活や公務員試験でメンバーがそろわない時期を乗り越え
ただ続く山口大のオフェンスでオプションが止まらない。第2クオーター(Q)に入ってすぐ、相手唯一のフットボール経験者であるQB木下颯人(3年、池田)にTDランを許し、7-7の同点になった。前半終了間際に広島大のキッカー川上尚也(4年、高梁)が28ydのフィールドゴール(FG)を決めて10-7で試合を折り返したが、ラクーンズの側に重苦しい雰囲気があった。
それを打ち破ったのが、後半開始のキックオフで左のリターナーに入ったRB辻村世名(2年、虎姫)だった。自陣14ydでボールを受けると、リターン側から見て左から3人目と4人目のラッシャーの間がパカーンと開いた。4人目がダブルチームで内へ押されまくり、3人目が外へ突っ込みすぎたからだ。広島大の31番はその大きな穴を駆け上がり、左へ。エンドゾーンまで駆け抜けた。17-7となるキックオフリターンTDに広島大ベンチはお祭り騒ぎ。辻村は第2QにDBとしてインターセプトを決めており、このゲームはMVP級の活躍だった。一方の山口大は、後半は何とか先に得点したかったところで一発を食らった。
広島大ディフェンスはフレックスボーン隊形からの山口大オフェンスにアジャスト。オフェンスはゴール前まで進むとキャプテンの吉村に託し、力強く中央を付いて2連続TD。第4Qに入ってすぐ31-7と試合を決めると、2分20秒にはQB太田が右オープンを走りきってTDを挙げた。何とかもう一本TDをとパス中心に攻めた山口大だったが、エンドゾーンは遠かった。
昨年のリーグMVPに輝いた広島大RB吉村はさらに成長した姿を見せつけ、この日も18回ボールを託されて135ydをゲインし、三つのTDを決めた。試合後は子どもたちのチアリーダーが作ってくれた花道を通り、3年ぶりの優勝トロフィーを受けた。「4年生はマネージャーも含めて9人いるんですけど、春シーズンは就活とか公務員試験でメンバーがそろわなくて、幹部が僕だけで試合に臨んだこともありました。あの時期が一番キツかったかなと思います」と吉村。彼自身は一般企業に就職し、中四国エリアで働くという。
サッカーから転身「ここだったら4年間頑張れる」
岐阜県南東部に位置する恵那市に、吉村の通った県立恵那高校がある。より学力レベルの高い理数科もあるが、吉村は普通科だった。サッカー部に入りながら「とりあえずいい大学に入りたい」と、勉強も頑張った。日本史が好きで、文学部を志望していた。受験が迫り、模擬試験の判定で合格圏に入っていた広島大学を第一志望に決め、現役合格を果たした。
新型コロナウイルス感染拡大の影響で、実質高2限りでサッカー部の活動が終わっていた。「サッカーはあんまりうまくなかったし、何か新しいスポーツをやりたい気持ちがありました」。とくに大学生っぽいスポーツに興味があったから、アメフトのほかヨット部にも見学に行った。いくつか見た中で、ラクーンズのアツさが印象的だった。「コロナでポジションごとに校外の違う場所で練習してました。RBは公園でカットを切る練習してたり、恵まれない中でも突き詰めて練習してる先輩たちを見ていると、『ここだったら4年間頑張れるかな』と思った」
入部して1年生の秋にまずDBとして試合に出させてもらった。2年生になるとRBでも出て、先輩と2人でローテーションで回した。そして3年生からエースRBとなり、ほぼ一人で走ってきた。入部以来ずっと体を鍛えることに真剣に向き合ってきたので、最初は真ん中をゴリゴリ走るRBだった。「カットも踏まずに突っ込むタイプだったんですけど、そこから派生して、もっと嫌なRBになろうと思って動画を見ては練習して、やってました」。すると3年生の春、いきなりLB(ラインバッカー)の動きがしっかり見えるようになった。そこから中を走って抜けたときにもカットを踏めるようになり、一気に世界が広がった。
昨年の秋シーズンが終わり、吉村たち9人が最上級生になった。2週間ほど、誰がキャプテンをやるかの話し合いが続いた。名前が挙がったのは吉村と大型ラインの猪凌太朗(い・りょうたろう、佐世保北)だった。吉村は「猪はあんまりモノを言うタイプではなくて、僕は怒りはしないけど言いはするので、自分がやった方がいいかな」と思い始めた。1年生のときのキャプテンだった手塚悠さん(現・X2広島ホークス)に相談し、アドバイスをもらって腹をくくり、キャプテンに立候補した。
チームメイトの前でどんな言葉を口にするかも大事だが、それもプレーで見せられてこそだと考えてきた。だからRBとしてどんどん上を目指した。「日本の学生だと立命館の山嵜大央がパワフルで速いし、カッコいいなと思います。NFLだとイーグルスのセイクワン・バークリーですね。タックルがきても倒れずにタッチダウンを取りきるところがすごい」。広島大の練習グラウンドはいまも土と環境には恵まれないが、そこで超一流の走りを思い描き、そういった選手たちの背中を追いかけてきた。
中四国のアメフトを盛り上げたい
文学部生として準備している卒論は、古典の研究を通じて日本古来の道を説く学問である「国学」についてだ。「幕末維新期に僕の地元に国学者が多くて。地元に関わる研究がしたいなと思ってたんで、国学をテーマにしました。地元に戻っていろいろ調べたりしました。まだ全然進んでないですけど(笑)」
国学の前にアメフトだ。ラクーンズは過去6度選手権に出て、1勝もできていない。しかし吉村たちはその1勝だけでなく、もう1勝して関西1位のチームにぶつかるところまで見てやってきた。「中四国自体が最近勝ててないので、関西とやるところまでいって中四国のアメフトを盛り上げたい。まだまだ引退したくないです」。自分を成長させてくれた中四国リーグにも恩返しがしたい。
競技を始めて3年半、アメフトの楽しさをどこに感じたか尋ねた。「僕はやっぱりタッチダウンとインターセプトですね。試合が大きく動く瞬間に関われるのが最高に楽しい」。岐阜で生まれ育ち、広島でアメフトに出会ったラクーンズの1番が、仲間とともに選手権の戦いに乗り込む。