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連載:OL魂

広島大学・猪凌太朗 先輩の奮闘に涙して入部、40kg増量でラストイヤーにかける

瀬戸大橋ドリームボウルで相手DLの前に立ちはだかった広島大の猪凌太朗(中央、すべて撮影・篠原大輔)

アメリカンフットボールの第36回瀬戸大橋ドリームボウルが5月3日、岡山市のシティライトスタジアムであり、中四国リーグ1部の広島大学ラクーンズが関西学生リーグ4部の岡山大学バジャーズを31-7で下した。2年生以上の選手20人で戦った広大にひときわ大きなプレーヤーがいた。身長187cm、体重116kgの猪凌太朗(い・りょうたろう、4年、佐世保北)は77番をつけ、OL(オフェンスライン)としては右のT(タックル)、DL(ディフェンスライン)としてはDT(ディフェンスタックル)として両面出場で奮闘した。話を聞くと、アツいOL魂を持つ九州男児だった。

まさに猪突猛進のギャンブル阻止

試合前の練習から「デカいなあ」と、私は77番に注目していた。試合は広大のキックオフで始まったが、カバーのメンツに彼がいたから驚いた。決して速くはないが、必死に走っていた。オフェンスでは相手を圧倒し、相手DLやLB(ラインバッカー)を押しのけた。ディフェンスでは思うようにラッシュがかかっていなかったが、逆サイドのプレーをしっかりパシュートしてタックルするシーンも。17-7と広大リード、試合残り5分を切ったところで相手がギャンブルに出ると、77番は鋭いスタートから一瞬で相手OLの間を割り、トリックプレーを展開しようとしたQBをなぎ倒してファンブルさせた。まさに猪突猛進した猪は、両腕を振り上げるようにして喜んだ。

77番がキックオフカバーで出てきたときには驚かされた

試合後に取材で向き合った猪は、私の予想に反してマイルドな語り口の青年だった。「向こうがギャンブルしてきたところは、しっかり当たろうというイメージでいったら抜けました。オフェンスではスクリーンのブロックで練習の成果が出たのがよかったと思います。これっていう会心のプレーはなかったですけど、何回か相手を吹っ飛ばせたときは気持ちよかったです」。そう振り返ってほほえんだ。

野球部だった高校時代、最後の夏は2回戦敗退

長崎県佐世保市内で生まれ育った。小2から小4の3年間は中国で暮らしたが、また佐世保に戻ってきた。小5でソフトボールを始め、中学はテニス部で過ごした。「あのころは身長だけは高いみたいな感じでした。中学はテニスに逃げちゃったんですけど(笑)、初心者だったし、これを高校までってのは思い描けなかったので野球に戻りました」

芥川賞作家の村上龍さん(72)らを生んだ県立佐世保北高校へ。学校のスローガンは「輝け 北辰のごとく」だ。ホームページにその意味合いが書かれている。「北辰(北極星)のごとく、ゆるがぬ高い理想を抱き、その輝かしい未来に向けて挑戦し、燦然(さんぜん)と輝く人となること、また、社会の様々な分野で、希望を託されるリーダーとなることを期待する」と。「見せろ!佐北の底力」の横断幕が勇ましい。猪はここで2年半、白球を追った。

大学1年の冬、猪は同期より遅れてラクーンズへやってきた

2019年、高3夏の長崎大会は2回戦で敗れた。シード校の長崎総合科学大附を相手に2-2で延長戦に入ったが、十回裏にサヨナラスリーランを浴びた。ファーストを守っていた猪は打球を目で追い、「あ、終わった」と思ったそうだ。涙はなかった。いわゆる高校通算本塁打は1本。球場ではなく、学校での練習試合だった。「犠牲フライかなと思ったらホームラン、みたいな感じで(笑)。確信的な当たりではなかったです」

OLは「頭を使ったバトルが面白い」

2020年の春、佐賀大学農学部に入学。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、下宿で3日ほど暮らしたあとは実家に戻った。「獣医学部に行きたかったんですけど、成績が足りなくて。とりあえず佐賀大の農学部に入った感じで。思い悩んで、やっぱり納得がいかなくて、最低限の単位は取りながら受験勉強しました。結局、足りなくて。どの道に進んでも教職は取りたいなという考えだったから、広大の教育学部を受けました」

広大入学時で187cm、80kg。アメフト部からの熱烈勧誘を受けたが、踏み切れなかった。「大学を一回やめて入り直してるのもあって、勉強もある程度頑張りたいという思いがあって、入部はちょっと抑えてました。でも夏ぐらいから退屈になりだして、『やるか』と思って西南との試合を見に行きました」

最初は自由に動けるDLが好きだった

2021年11月13日、猪は福岡・春日公園球技場のスタンドにいた。広大は全日本大学選手権の初戦で西南学院大学に挑んだ。ラクーンズを応援しながら、猪は胸の中にこみ上げてくるものを感じていた。広大は7-24で負けた。「アツかったですね。いい試合で、心を打たれるものがありました。負けたときは泣いちゃって。すごく悔しくて。そうやってアツくなれたんで、アメフト部で頑張りたいなと思いました」。新チーム始動のタイミングで入部した。

そのころも体重は80kgほどと細かったが、増量を見込まれ、ポジションはOL兼DLになった。早くも2年生の春から両面で試合に出場。最初は比較的自由に動けるDLが好きになった。しかし3年生になってOLのパートリーダーを任されたのをきっかけに、OLの面白さや奥深さに気づいたという。「だからいまはOL魂です(笑)。OLってなかなか日の目を浴びないじゃないですか。それでも1対1ないし2対1とかで頭を使ったバトルが面白いと感じてます」

相手をブロックした猪の背中を、主将でエースRBの吉村太貴(1番)が駆け抜けていった

普段から心がけているOL同士のコミュニケーション

練習から心がけているのはOL同士のコミュニケーションだ。「相手が動いてきたときの受け渡しとか、誰が誰をブロックするのかという連携がうまくいかずにプレーが出ないというのがあるので、しっかりコミュニケーションを取り合うのを意識してます」。好きなOLの選手を尋ねると、入部前に見た西南学院戦のときの広大OLユニットだと返した。「カッコよかったんですよね。ずっとその印象が残ってます。その先輩方から直接教えていただいたので、あのときのOLユニットにはすごく思い入れがあります」

入部時に80kgだった体重は、あと4kg増やして120kgまでいきたいという。ここ数年での劇的な巨大化に、高校までの友だちには「こわい」と言われるそうだ。

120kgまで体重を増やし、さらに強さに磨きをかける

猪が観戦した2021年以来、広大は全日本大学選手権に駒を進めていない。昨秋は中四国1部のリーグ戦は3戦全勝だったが、トーナメントで山口大学にリベンジされてシーズンエンド。「悔しい思いをし続けてきてるので、しっかり一回の練習を大事にして、秋は必ずやり返して、全国でも勝っていきたいです」。何が勝負を分けると思うか尋ねると、「最後までブロックし続ける、最後までパシュートする。そういうちょっとしたことが勝ちにつながると思ってます」と語った。

あの日の広大の選手たちのように、人の心を揺さぶるような戦いを体現できるその日まで。猪は走ってぶつかってタックルして、ラクーンズを引っ張っていくことだろう。

回り道をしてやってきた広島でアメフトに出会い、猪の生き方は変わった

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