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少年野球からのライバルがラストイヤーに激突 立命OL森本恵翔と関大DL芦川真央

少年野球からのライバルである立命館大学OLの森本恵翔(左)と関西大学DLの芦川真央(合成、ともに撮影・北川直樹)

アメリカンフットボールの関西学生リーグ1部は、第5節から「3強」同士の対決が始まる。まずは10月14日、たけびしスタジアム京都で立命館大学パンサーズと関西大学カイザーズがぶつかる。昨年はライン戦で優位に立った立命館がランで251ydをゲインし、38-27と快勝した。今年は得点力が上がって開幕4連勝の立命館に、第2節で近畿大学に足をすくわれた関大が全日本大学選手権(関西3位以内が進出)への生き残りをかけて挑む。両校にはともに和歌山県出身で、少年野球のころからライバル同士だった大型ラインマンがいる。

昨年まで二人ともOL、今年から芦川がDLに

立命館の副キャプテンでOL(オフェンスライン)の森本恵翔(けいしょう、4年、初芝橋本)と関大のDL(ディフェンスライン)芦川真央(まお、4年、大阪桐蔭)。昨年までは二人ともOLだったために直接体をぶつけることはなかったが、今年から芦川がDLに。森本はOL5人が横に並ぶ左端のポジションで、芦川は中央付近に位置するDL。1対1の対決は少なそうだが、森本は「楽しみです。絶対勝ちます」。芦川は「小中と野球ではなかなか勝てなかったんで、最後ぐらいはアイツを泣かしてやりたい。当たったら絶対に負けない」と息巻いている。

神戸大戦で怒濤の追い上げを食らい、森本は試合後に厳しい表情を見せた(撮影・篠原大輔)

とにかく大きい。いま森本が身長193cm、体重125kg。芦川が185cm、137kgもある。和歌山で生まれ、野球を始め、小4のころにはお互いを意識していたという。森本が振り返る。「僕も大きかったんですけど、アイツも大きかった(笑)。6年生のときに全国大会まで行ったんですけど、その前の県大会でアイツのチームとやりました。みんなが軟式用の飛ぶバットを使ってるのに、アイツだけは金属バット。それでホームラン打たれたんです。僕はキャッチャーでした。ピッチャーもまあまあよかったのに、バコーンと放り込まれて苦しい試合になりました。これはバケモンやなと思いました」

芦川の体重は大阪桐蔭高校の野球部を引退したころから54kg増えた(撮影・北川直樹)

ともにコロナ禍で幕を閉じた高校野球生活

中学生になると森本は紀州ボーイズ、芦川は和歌山日高ボーイズに入った。何度も対戦し、ともにライバル視するようになった。選抜チームで一緒になったこともあった。高校進学にあたり、森本は智辯和歌山に行きたかったが声がかからず、県内の初芝橋本へ。芦川は藤浪晋太郎を見て以来ずっと大阪桐蔭に進みたかった。なかなか声がかからなかったが、日高ボーイズと大阪桐蔭に縁があったおかげで、練習に参加させてもらえることになった。「必死で食らいつきました」と芦川。トライアウト合格の形で念願の大阪桐蔭へ進んだ。

真央の名には「まっすぐドンと構えた男になれ」との願いがこもる。いま芦川は関大ディフェンスの真ん中にそびえ立つ(撮影・北川直樹)

芦川は1年の夏、先輩たちの春夏連覇達成を阪神甲子園球場のアルプススタンドから見つめた。「自分もここでプレーしたい」という思いをさらに強くしたが、夢の舞台は遠かった。ファーストや外野手で勝負したが、日本有数のハイレベルな競争の中でけがを繰り返し、あと一歩でベンチ入りを逃し続ける。最後の夏は新型コロナウイルス感染拡大の影響で全国選手権が中止。大阪の独自大会は特例で30人がベンチ入りでき、芦川も入った。準決勝の履正社戦には出られず、敗れて高校野球が終わった。

一方の森本は強打のファーストとして鳴らし、高校通算31本のホームランを放った。甲子園出場はならなかったが、最後の夏は和歌山の独自大会で決勝進出。智辯和歌山に勝って終わりたかったが、1-10の完敗。九回2死で打席に立った4番の森本は空振り三振だった。

森本はOL5人の左端に位置する左タックル。右利きのエースQB竹田剛の死角を守る(撮影・篠原大輔)

大学で再び「聖地」甲子園を目指す

野球部を引退したばかりのある日、芦川から森本に連絡があった。「大阪桐蔭の野球部はケータイ禁止やから、めっちゃ久々でした」と驚いた森本だったが、その先の芦川の言葉には、もっと驚かされた。「大学で野球続けるんか? 俺は関大でアメフトやんねん」。森本は食い気味に返した。「俺も立命でアメフトやるよ!!」

もともとは、二人とも大学でも野球を続けるつもりだった。だが、森本は関西の強豪大学2校のセレクションに失敗。「あんまり強くない大学で野球を続けるぐらいやったら、新しいスポーツをやってみたい」との思いがあった。第一候補として、甲子園ボウルでまた「聖地」を目指せるアメフトが頭にあった。野球部の卯瀧逸夫(うだき・いつお)監督(当時)に相談すると、立命館大学パンサーズの監督だった古橋由一郎さん(現・近畿大ヘッドコーチ)に連絡を取ってくれた。トライアウトを受けて合格し、進学が決まった。

ねじ伏せる。OLとしての森本のプレーにぴったりの言葉だ(撮影・篠原大輔)

芦川は地元の和歌山大学に進んで野球を続けようと考えていた。そこへ関大のアメフト部から声がかかった。関大の磯和雅敏監督は「あの大阪桐蔭の野球部で、大きくて身体能力も高い子がいるっていう話を聞いたので、ぜひともウチへということになりました」と振り返る。「アメフトなら大学でも甲子園を目指せるよ」と言われ、心を決めた。「やっぱり甲子園は特別なんです。大学で甲子園を目指せるのはアメフトだけやし、やってみよう」と。

芦川(52番)は低くスタートし、OLに突き刺さるようなヒットを心がける(撮影・北川直樹)

対戦経験がなかった高校時代を挟んで、いざ

森本はまずTE(タイトエンド)になったが、パスが捕れずOLになった。2年生の春から試合に出て、いまや学生フットボール界を代表するOLに成長した。ただ、チームは2015年を最後に甲子園ボウルに出られていない。高3のとき体重が83kgだった芦川は、食べて食べて関大入学までに100kgにした。OLになったが、最初の2年間は高校時代を繰り返すかのように、けがに泣いた。その間も体重は増え、3年生になると満を持して関大オフェンスの最前線で奮闘。昨年の秋は立命館に敗れたものの、最終戦で関西学院大学を下した。3校同率優勝となったが、規定により実施された抽選に外れ、2009年以来の甲子園ボウル進出はならなかった。

神戸大戦でレギュラー陣がお役御免となったあと、森本(78番)はフィールドのチームメイトにハッパをかけた(撮影・北川直樹)

芦川は今年、新チームが始まるとDLに転向した。「目立ちたい」と、1年生のころからOLよりDLがやりたいと言っていたそうだ。もちろん今回のコンバートは芦川の「目立ちたい」欲求をかなえるためではない。昨秋の立命戦で森本をはじめとするOL陣に力負けしたDL陣の立て直しのためだ。しかし、芦川らがけがのために欠場した今シーズン第2節の近大戦で再び中央突破を繰り返され、痛すぎる1敗を喫した。それでもいま、芦川は「立命館のOLに負けないように低く刺していけば、ランは止まる」と言いきる。磯和監督は「立命戦は芦川君にかける。ウチで一番強い彼にかけます」と語る。

芦川はいまも大阪桐蔭野球部の部訓であり、西谷浩一監督が常に口にしていた「一球同心」の4文字を心に刻む。「アメフトでも1プレー1プレーに集中して全員で止める、進めるっていう気持ちでやっていくことが勝利につながると思ってます」

欠場した近大戦でチームが敗れ、悔しい思いをした。芦川(52番)は立命戦にすべてをぶつける(撮影・北川直樹)

和歌山で小学生のころに始まったライバル関係は、対戦のなかった高校時代を挟んで、ほとんど奇跡的にアメフトの関西学生リーグ1部という舞台で続いた。大学ラストイヤーに笑うのはどっちか。いざ、「3強」対決第一弾。

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