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日本大学FW熊倉弘達 「間違いなく即戦力候補」Jの目利きスカウトがほれ込んだ逸材

J2のヴァンフォーレ甲府に内定している熊倉弘達©日本大学サッカー部

J1リーグのクラブがこぞって争奪戦を繰り広げた注目株ではない。それでも、近い将来、大化けするかもしれない――。2025年度からJ2のヴァンフォーレ甲府に内定している日本大学の熊倉弘達(4年、前橋育英)である。業界指折りの目利きとして知られる森敦スカウトは、ほれ込んだ逸材を手放しで褒めて、太鼓判を押す。

2部リーグで発掘、大学2年時から徹底マーク

「大学2年時に初めて見たときから、インパクトがすごくて。ずんぐりむっくりの体形(171cm、69kg)なのに身のこなしが軽く、動きに切れがあるんです。体も強くて簡単に倒れないし、ゴールに向かって行く姿勢も素晴らしい。プロに来て、良い相棒に恵まれれば、もっと点を取れると思いました。守備時には精力的なチェイシングもできるので、いまの甲府にも合うなと。間違いなく即戦力候補。本来のトップ下、シャドーだけではなく、サイドバックでもプレーできるかもしれないです」

当時、2部リーグだった日大の試合に足しげく通えば通うほど、引かれていった。多くのスカウトたちが、のちに2年連続で関東大学1部リーグの得点王、アシスト王に輝く明治大の中村草太(4年、前橋育英、サンフレッチェ広島内定)に目を向けるなか、ひとりほくそ笑んでいた。

「みなさんの目があっちばかりに集中していたので、うちは早い段階からこっちに行こうって」

両足で遜色なくシュートを打て、ゴールパターンも多彩。幼少期にフットサルを経験しており、思った以上に足技も巧みだった。いつもチームのために身を粉にして戦う姿勢を見せ、そして必ずピッチに立っていた。

「プロに来て、良い相棒に恵まれれば、もっと点を取れる」と森スカウト©日本大学サッカー部

伊東純也を発掘したとき以上の手応え

「まったくケガをしないんですよ。プロになっても、これは大きな武器になります」

森氏は冗舌に語りながら、ひと呼吸入れて、自らに言い聞かせるように漏らした。

「さっきから、良いところばかり口にしていますね。うーん、あまり悪い点が見当たらなくて……。伊東純也(現ランス=フランス)のときも、ここまでは言っていなかったと思います」

森スカウトに話を聞けば聞くほど、期待は高まる。これまでにも、J1強豪クラブのスカウト網から漏れた隠れた逸材を見いだしてきた。サンフレッチェ広島のキャプテンを務める佐々木翔、フランスリーグで活躍する伊東(ともに神奈川大出身)、名古屋グランパスを牽引(けんいん)する主将の稲垣祥(日体大出身)、彼らはいずれも甲府でプロキャリアをスタートさせ、日本代表まで上り詰めている。記憶に新しいのは、2023年に日体大から加入した三浦颯太。現在は川崎フロンターレでプレーするが、J2で1シーズン活躍し、同年12月にA代表に選出された。森氏は過去にスカウトしてきた選手たちの顔をふと頭に浮かべると、思わず苦笑した。

「うちは、選手をすぐに取られるので。まあ、考え方を変えれば、そのポジションが一つ空くんですよ。そうすると、次の新人はチャンスをもらえる可能性が高くなる。いままでもそういうサイクルでした。甲府はルーキーが活躍しやすい土壌があると思います。若手は試合経験を積むのが、一番成長するので。本音を言えば、甲府でせめて2シーズン、50試合以上は出てほしいんですけどね」

伊東純也、稲垣祥、三浦颯太を発掘した森スカウトが、即戦力候補と評価する©日本大学サッカー部

予算が限られたJ2の地方クラブならではの思いを口にするが、加入を間近に控えた大学生には胸を躍らせていた。熊倉の人となりについて尋ねると、さらに声を弾ませる。

「人間性も素晴らしくて、そこも引かれた理由の一つ。チーム内での立ち振る舞いからも、それは見て取れました。コミュニケーション能力が高く、笑顔が絶えないんです。スタンドで視察していると、試合後に僕の顔をすぐに見つけて、いつも会釈して大きく頭を下げてくれます。実際、直接話してみれば、きっと良さが分かると思いますよ」

「森スカウトに恥をかかすわけには」熊倉も厚く信頼

森スカウトの話を聞いた翌日だった。関東大学1部リーグの最終節。試合終了の笛が鳴るまで縦横無尽に走り続けた熊倉に声を掛けると、疲れた顔を一つも見せずに気持ちのいい笑顔で対応をしてくれた。甲府から加入内定が発表されたのは、2024年4月。1部リーグ昇格を果たした1年目の3年時には日大の主力として活躍し、9ゴール・6アシストをマーク。注目度も高まってきた時期であり、他クラブのオファーをまだ待つこともできただろう。本人に水を向けると、首を小さく横に振った。

「早く決めることで、プロを意識した生活ができるな、と思いました。J1クラブへの思いもありましたが、甲府もレベルは高いです。それにJ1昇格に貢献すれば、自分の評価も変わってきますから。大学を選ぶときも当時2部だった日大を昇格させるんだという思いを持って入学し、3年目から1部リーグでプレーできました」

「僕は誰かのために努力したいタイプ。プロではスカウトしてくれた森さんのために頑張りたい」©日本大学サッカー部

3年生の終わりに甲府のトレーニングキャンプに参加したときのことは、はっきりと覚えている。森スカウトに送り迎えをしてもらい、チームに溶け込みやすいようにあらかじめ選手たちに声を掛けてくれていたという。

「すごく配慮してくれているのが分かりました。僕は誰かのために努力したいタイプ。家族のため、応援してくれる人たちのため、そしてプロではスカウトしてくれた森さんのためにも頑張りたいなって。恥をかかすわけには、いきませんので。早い段階から見てもらい、周囲のスカウト陣に『熊倉弘達は俺がロックオンしているからと話していた』と聞いたときはうれしかったですね」

地道な努力、高い意識、痛みに負けぬ精神力

コツコツと地道な努力を重ねてきたことが認められたのだ。大学の4年間で成長し、「絶対にプロになる」と誓いを立て、双子の兄・弘貴とともに当時2部リーグの日大に入学。名門の前橋育英高校と比べると、サッカーに取り組む熱量の違いを感じたこともある。プロの舞台を本気で目指している選手も限られていた。それでも、意識を高く持ち続けた。午前6時15分からの練習に毎日、全力で取り組むために早朝の4時半に起床。周囲がまだ寝ている時間に軽く朝食を取り、体を温めてからストレッチを行うルーティンを欠かさなかった。

「周囲には『疲れないの?』、『大丈夫か?』と言われることもありましたが、覚悟を持って日大に来たので、ブレなかったですね。夜も21時45分に点呼でしたし、睡眠をしっかり取るために遅くても22時半には寝ています」

4年間のリーグ戦で、欠場したのはわずか1試合©日本大学サッカー部

コンディションの管理は徹底してきた。1年目のリーグ戦で開幕から途中出場を果たし、そこから4年目のリーグ最終節まで、欠場したのは足の指を脱臼して休んだ1試合のみ。「4年間でリーグ戦87試合に出場しました」と胸を張る。不必要な接触プレーを避ける術にたけていることもあるが、痛みにはめっぽう強い。多少のケガで練習を休んだことがない。

「小さい頃から故障とは無縁で体は丈夫な方ですが、大学では足に痛みが出ても、練習前にアイシングでまひさせ、グラウンドに出ていました。痛み止めを飲んでいたこともあります。正直、きつかった時期もありました。でも、僕みたいな選手がケガで練習を休めば、ポジションを奪われてしまいます。特に1年生、2年生のときはそう思っていました。小さなケガですぐに休む選手は信用もなくなりますから。負傷を抱えていても、プレーできる選手なんだと思われたくて」

この精神的な強さこそが、鉄人たるゆえんかもしれない。積み重ねに勝るものはない。心身ともにタフな22歳は、プロでも休みなく意欲的に働くつもりだ。

「甘くない世界なのは十分に分かっていますが、1年目から個人の数字を残したいです。守備をしつつ、どんどんゴールを狙いに行きます。2桁得点が目標。将来は日本を代表するような選手になり、子どもに夢を与えられる存在になりたいです」

甲府を昇格させ「双子の兄とJ1で戦いたい」

カテゴリーが上がっても、負けられないライバルがいる。雪深い新潟県五泉市で一緒に生まれ育ってきた双子の兄、弘貴は意識する一人。来季、J1復帰が決まっている横浜FCに内定しており、サッカー人生で初めて違う色のユニホームに袖を通すという。いつの日か、試合で顔を合わせる日を心待ちにしている。

「公式戦では一度も戦ったことがないので、すごく楽しみです。そのためには、2人とも試合に出ていないと。だから、内定が決まった後も互いに高め合ってきました。練習で少しでも気持ちが緩むと、『お前、プロが決まって、終わりかよ』って。甲府で昇格して、J1のピッチで戦いたいです。そのときは、絶対に勝ちます」

いまから1年後、どこまで成長しているのか――。あまたの隠れた才能を見いだしてきた名物スカウトは、ブレークする姿が容易に想像できるようだ。

「またすぐに取られてしまうかもしれませんね」

これもまた最高の褒め言葉なのかもしれない。

森スカウトはこれまでの逸材と同様、「またすぐに(他チームに)取られてしまうかもしれませんね」と語る(撮影・杉園昌之)

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