亜大・大出彩斗(下)データ分析もブランディングも、野球で生きる術とスキルを学んだ
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高校では自ら「マネージャーをやらせてください」と直訴し、独学で野球に関するデータを学んで東都1部の強豪大学へ。亜細亜大学の大出彩斗(4年、常総学院)はそこからチームのブランディングにも関心を抱くようになった。後編はSNS発信に力を入れたきっかけや大学4年間で学んだことについて。
大学で初めて、親元を離れての寮生活
コロナ禍に見舞われた高校3年時、紅白戦のデータを集めていた大出はチームにレポートを提出したことがあるという。「紅白戦で二塁到達率からの得点率とか、セーフティーバントの成功率が高いから出塁率が高いとか、『実際にこういうプレーをしているから、こういう数字が出ています』という集計と考察までをしていました」。高校では統計学を用いた〝セイバーメトリクス〟系のデータ分析を中心としていたが、進学先の亜細亜大では求められる役割がやや異なった。
「自分は最初、アナリストで入部すると思っていたんです。でも、いざ入ったらマネージャーで、求められる役割もマネージャーでした」
初の親元を離れての寮生活で「自分を変えなきゃいけない」という焦りもあった。1年生に仕事が割り振られること自体が初めての経験で、「最初は心が折れそうになりました」。高校時代と同様に、自分がどう動いたらいいのか分からない状況に陥った。周囲からはマネージャーの役割が求められる中、アナリストの役割を与えてくれたのは、当時の生田勉監督だった。
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「大学ではトラッキングのデータが中心になったので、ラプソードを使ってピッチャーのデータを取っていました。生田監督から『4年生にアドバイスしてやれ!』と言われたときは、ドキドキしました(笑)」。当時の4年生は松本健吾(現・東京ヤクルトスワローズ)や岡留英貴(現・阪神タイガース)ら。先輩たちから「ありがとう」と言ってもらえるのが、うれしかった。
満員の大分開催に「やっぱりこれだよな」
チームのブランディングに関心を持ち始めたのも、この時期だった。亜細亜大が加盟する東都大学野球連盟は、2022年1月1日に帝京平成大学が新たに加わり、22大学となったことから、愛称が「PREMIUM UNIVERSITIES 22」(プレユニ22)になった。この年は春の1部リーグが大分市で、秋は福島市で開幕。週末開催で集客にも力を入れた。
「自分の中では、大学で高校時代とのギャップを感じていたところもあったんです。常総学院で見ていた試合の盛り上がりとは、まったく違うなと。大学は東京六大学が人気ですけど、東都は平日に試合をしているから観客席がガラガラ。『もっといろんな人が注目する中でやったら楽しいだろうな』と思っていたところで、大分での開幕カードが満員になって『やっぱりこれだよな』と」。翌年には、生田監督の一言がきっかけとなった薩摩おいどんカップ(現・薩摩おいどんリーグ)も始まり、大出も刺激を受けた。「生田監督は毎朝ミーティングするんですけど、そこで野球だけじゃなく、社会人としての人との関わり方やビジネスの話もするんです。そんな姿を間近で見ている中、自分も『野球部のブランディングをもっと進めたい』と思うようになりました」
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大出が2年生になると、試合中はカメラを構えて選手やスコアボードの写真を撮影している姿をよく見かけた。チームのSNSにアップするうち、「もっとビジュアルに凝った方が人気が出る」「大リーグは、NPBは、他の大学は、アメフトはこうやってる」と研究しはじめ、デザインについても学んだ。観客数を増やすため、ファンに刺さりそうな企画を生田監督に提案し、褒められたこともあった。
「北極星がなくなった」生田監督の退任
3年目の春季リーグを終えた後、チームに激震が走る出来事があった。生田監督の退任だ。大出は「生田監督の求心力のもと、色々なチャレンジをさせてもらっていたので、北極星がなくなったというか、行き場所がなくなった状態になって……」。これからどうなるのだろうと、不安な気持ちに襲われたと打ち明ける。
監督不在の期間は、チームもバラバラになりかけた。学生主体の運営に移行する中、仲間たちと話し合いを重ねることで、生田監督が1人でやっていたことを急きょ就任した新監督のもと、役職が付いている学生10人ぐらいの手によって回していった。一人のブランディング担当者だった大出は「伝統がありながらも、野球界の先頭を走っていくような取り組みをするのが亜細亜大学」と自負し、SNS発信にも〝幹部発表〟や〝カウントダウン企画〟のようなイベントを散らした。付随する形でメイキングビデオをInstagramのストーリーズにも載せ、チームに親近感を持ってもらえるように努めた。
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取材の最後、あえてざっくり「大学4年間で学んだこと」を尋ねると、「元も子もないかもしれないですけど、『野球だけじゃない』ということです」と答えた。その心は、「野球を通して生きる術(すべ)を見つけたり、自分のスキルを身につけたり。礼儀といった所作も、野球を通じて学びました」。
卒業後は、動画コンテンツを軸にしたSNSマーケティングや広告制作・配信を手掛ける「ワンメディア(https://www.onemedia.jp/)」に就職する。CEOである明石ガクトさんのもと、今風に言うと、彼がどんな〝界隈〟を捕まえ、ムーブメントを起こすのか、楽しみでならない。
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