アメフト

「アメフトにはロマンがつまってる」中四国リーグMVP・山口大学QB/LB木下颯人

広島大との試合で劣勢になっても、山口大の木下颯人は笑っていた(山口大のゲーム写真はすべて撮影・篠原大輔)

山口大学ギャンブラーズ(「勝負師」の意)は中四国学生アメリカンフットボールリーグに所属している。昨秋はリーグ3連覇をかけて広島大学ラクーンズとの上位トーナメント決勝(10月20日、広島広域公園第二球技場)に臨んだが、7-38の完敗を喫した。負けはしたが、私は山口大の10番に心をわしづかみにされた。3年生でQB(クオーターバック)とLB(ラインバッカー)を兼任する木下颯人(はやと)。大阪府立池田高校の出身で、山口大の選手19人で唯一のフットボール経験者。身長181cm、体重72kgの体でしなやかに速く、そして強いプレーもできる。何よりフットボールを楽しんでいるのが伝わってきた。

挑戦者として狙った3連覇はならず

4年生がおらず選手19人の山口大に対し、広大は4人のアメフト経験者を含む26選手。3連覇がかかるとはいえ、フィジカル面で劣る山口大はこの日のために準備したフレックスボーン隊形からのオプション攻撃を繰り出した。ファーストシリーズが無得点に終わると、広大に独走タッチダウン(TD)を決められた。木下はミドルラインバッカーの位置から左のサイドライン際までよくパシュートしていたが、外を守るべき選手が相手にブロックされていたため、タックルには至らなかった。

ディフェンスでプレーするときの方が、速さを感じさせた

2度目のオフェンスは自陣32ydから。フレックスボーンから木下のキープ2連発でフレッシュ。続く第3ダウン5ydは少々たどたどしいパスを通してクリアし、敵陣へ。ここから5回連続のオプションですべて木下が持った。フレックスボーンの右スロットバックの位置に入ったOLの野田拓也(1年、大分東明)が隠し味だ。最後はゴール前18ydからの第1ダウン。野田が相手LBをガツンとブロックし、木下が走る。DBのタックルをスピンでかわしてTD。7-7とした。ディフェンスに入ると黄色いハンドグローブを着け、正面衝突をもいとわず鋭いタックルを決めた。細身ながら接点に迷いなく突っ込んでいくところに、フットボーラーとしての芯の強さを感じさせられた。

広大戦では11回投げて5回の成功にとどまった。パスはまだまだこれから

前半は7-10とギャンブラーズにとって悪くない折り返し。しかし後半開始のキックオフで広大にリターンTDを奪われた。カバー側から見て右の外から3人目と4人目の間に大きな穴を開けられてしまったのが痛かった。ここから地力の差が出て点差が開いた。第4クオーター残り5分を切り、TD目前でファンブルロストすると、木下はフィールドに座り込んだ。この一年目指してきた3連覇は、広大に阻まれた。

自らのミスで攻撃権を失い、座り込んだままスコアボードを見つめた

試合後の木下は、さばさばした表情で語り出した。「相手オフェンスのプレーを書きだして、それぞれに対するブリッツを考えてきました。フィジカルはこっちの方が絶対に弱かったんで、ブリッツをまぜながら止めて、パスは一発TDだけなければいいと思ってて。オフェンスに力を入れてきたんで、ディフェンスでしのいで時間を使わせて、何とか勝つつもりでした。思いのほかオフェンスも出ず、というところです。やっぱりフィジカルで負けてるから、後半になったらズルズルといかれてしまって」

1学年上には1人だけ先輩がいたが、木下らが入学してくる前に退部したそうだ。この日の完敗から、彼らにとって2度目の最上級生としての一年が始まった。昨年11月29日には中四国リーグの表彰選手が発表され、木下は2024年の最優秀選手(MVP)になった。

中学までは野球少年だった

兄の健太さんは池田高から関学へ

大阪府吹田市で生まれ育った。中学時代は野球部だったが、府立池田高校に進むと迷わずアメフト部に入った。「親父も兄貴も池田高校でアメフトやってたんです。四つ上のお兄ちゃんの試合を見に行って、『やりたい』と思うようになりました」

兄の健太さんは池田高3年だった2016年春、10番をつけたエースQBとして大阪府大会で準優勝し、関西大会でも1勝した。関西学院大学ファイターズではQBの奥野耕世さんらと同期で、WR(ワイドレシーバー)としてプレーした。輝かしい活躍はできなかったが、4年時、日本大学との甲子園ボウルではキックオフリターン3回51ydの記録が残る。

木下自身の池田高校の同期は12人。勧誘を頑張って、下の学年は30人も入った。WRとDL(ディフェンスライン)としてプレーした。高2の1月にあったニューイヤーボウルでは大阪府選抜に選ばれた。チームメイトの中では、のちに立命館大学パンサーズのキャプテンとなるRB山嵜大央(大産大附)の印象が強かった。「速くて強くて、同じ高校生とは思えませんでした」

山口で出会った仲間たちと、ギャンブラーズを作りあげてきた

新型コロナウイルス感染拡大の影響で高3の春は大会が中止に。例年の3年生は春で引退して受験勉強にベクトルを向けるが、木下を含め、「試合したいな」という5人が部に残った。そして迎えた秋。大阪大会の初戦となる2回戦で、のちに関西学院大のエースRBとなる伊丹翔栄らがいた追手門学院と対戦。21-24と惜敗し、高校フットボールが終わった。

長年アメフトを取材してきて、池田高校のOBプレーヤーには前述の木下のプレー評の繰り返しになるが、フットボーラーとしての芯の強さを感じてきた。最近でいえばDL佐藤将貴(中央大学~オービックで引退)やWR阿部拓朗(関西学院大~SEKISUI)の顔が思い浮かぶ。その話を振った上で、池高でのアメフトはどんなものだったか木下に問うと、彼は即答した。

「面白かったです。ロマンがつまってる感じで」。想像もしなかった言葉が出てきたから、思わず聞き直した。「え、ロマン?」。すると木下は笑って「はい」と返した。「OBの方々との関係が強いから、フットボールを通じていろんなことを教えてもらえました」

山口で好きな場所は、1年生のときにボーッとしていた川沿いという

レベルの高い先輩に刺激を受け、大学でもアメフト

フットボールに打ち込んだ一方で、木下は「勉強は何もしてませんでした」と明かす。推薦入試の話をもらっても、評定が足りず断らざるを得なかった。私立大学を受けたが不合格で浪人生活が始まった。浪人したからには国公立に行こうと思っていて、学力的な面だけで選んで山口大の経済学部に進んだ。

入学した時点ではアメフトを続けることはほとんど考えていなかった。「バスケ部にでも入ろうと思ってました(笑)」。最初のころは友だちもおらず、大学近くの川沿いでボーッとしていた。そんなある日、ギャンブラーズからの熱烈歓迎が始まった。いま大学院生でオフェンスコーチをしてくれている桑野隼佑さんが個人的に何度も食事をおごってくれて、口説かれた。練習に行ってみると、レシーバーだった桑野さんのうまさに驚かされた。「ちょっとナメてたんですけど、レベル高い人もおるんやなと。それやったらやってみようかなと思いました」

広大戦でランは18回99yd。オプションの展開がスムーズになれば、もっと走れる

入ったときからずっと高校までのフットボール経験者は木下だけ。当然のように最初からあらゆる貢献を求められてきた。「オフェンスもディフェンスも全部組んできました。コーチも少なくて『ひどいな』と思ってたんですけど、アメフトを人に教えるのは楽しかったです。うまくなってくれたら、めっちゃうれしかった」

2022、23年は大型のDLがそろっていて、QBの先輩もうまくて、中四国で2連覇できた。大黒柱たちが抜け、木下が昨年から初めてQBとしてプレーするようになった。「対戦相手の傾向をまとめるのはみんなでやって、そこから対策を考えるのは自分がやりました。広大には負けてしまったんですけど、どんどんいいチームになってきてたと思います。やりたいようにやれるのがこのチームのいいところで、考える力は年々ついていってるって実感してます」

日本一になった弟と一緒に迎えるラストイヤー

前述した兄のほか、木下には1歳下の弟・亮介がいる。箕面自由学園高校から立命館大に進み、昨年12月の甲子園ボウルで二つのTDパスを捕って日本一達成に貢献したWRだ。弟は甲子園ボウルの直後に「来年は厳しい試合展開でも捕れるレシーバーになりたいです」と話していた。颯人が浪人したため、同じ年に大学ラストイヤーを迎える。

颯人に社会人でプレーする気があるのか尋ねた。「まだ考えてないです。でも大阪に戻って働きたいです。それよりまず、来年は勝ちます」。私が「また見に来るわ」と言うと、「お願いします」と言って木下颯人はさわやかに笑った。

弟の亮介(7番)は立命館大で新たなエースWRの期待を受けている(撮影・北川直樹)

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