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特集:東京オリンピック・パラリンピック

日大・北口榛花 遊び心でやり変更、リベンジ果たしてドーハへ乗り込む

優勝が決まって挑んだ最後の6回目の前、北口は観客に手拍子を求めた

第103回日本陸上競技選手権第2日

6月28日@福岡・博多の森陸上競技場
女子やり投げ決勝
優勝 北口榛花(日大4年) 63m68(大会新記録)

陸上の日本選手権第2日の6月28日、最初の種目は女子やり投げ決勝だった。まだ静かな博多の森陸上競技場に、1投目に臨む北口榛花(はるか、日大4年、旭川東)の「いきまーす! 」が響き渡った。やりに頭を寄せた独特な構えから足踏み。リズムを刻むような助走から放ったやりは、大きな弧を描いた。62m68と、いきなりの大会新記録。4投目にも63m68を投げ、大会記録を2度塗り替えた。日本記録保持者の強さを福岡でも見せつけ、自身初の世界選手権(10月、ドーハ)代表に内定した。

前回失敗した1回目、今回は決めた

身長179cm、体重86kg。体の大きさを最大限生かす上半身の動きが北口の武器だ。中学校卒業の時にはすでに170cmあり、地元・北海道のスーパーマーケットで歩いていると目立ったそうだ。日本選手権の競技後の取材でも「マイクがめっちゃ低い」とつぶやいて笑った。笑ったかと思えば「去年のこととかあったので、不安だったんですけど……」と言って涙ぐむ。豊かな感情表現もまた、北口の特徴だ。

昨年の日本選手権。北口の1投目は53~54m飛んだが「60mしか見てなくて。そんな記録じゃ嫌だ」という思いから、ラインを踏み越えてファウルにした。しかしその後の記録は49m58と49m41。3投目までの上位8人に入れず、4投目以降は投げられずにフィールドを後にした。「去年は知らないです」。北口にとっては振り返りたくもない試合となった。

いままでの日本選手権には、いい記録が出ていない状態で臨むことが多く「記録を出さないといけないし、勝たないといけない」という気持ちだった。今シーズンは5月6日の木南道孝記念で64m36の日本新記録を樹立している。「そういう部分では少し楽に臨めたんですけど、日本記録を出してからはいろんな方に注目していただいて、逆にそこでちょっと緊張しました」と北口。

北口は1回目、さらに4回目でも大会記録を塗り替えた

「加藤先生から『1投目が重要だよ。世界で勝負するには1投目でどれだけ投げれるかが重要だから、しっかり投げないと』と言われてました」。そして北口もこの1投目に集中した。その結果の大会新記録だった。

北口自身、高校のころは1投目から記録が出ることも多かったが、大学に入ってからはそれができなくなっていたという。「やりが左側に飛んでしまう投てきが多かったんで、リードもしてるし、落ち着いて真ん中より少し右側を狙って投げようと意識して投げました」。その修正の結果が、4回目の63m68とこの日2度目の大会新記録につながった。「自己記録に足りてないので、すごくうれしいというわけではないんですけど、いろんなことがこれまでの日本選手権で起きてたんで、勝ちたいと決めて頑張ってきた試合で結果を残せたことはうれしいです」。初優勝の喜びをかみしめた。

遊び心でやりを変え「いけるな」

リベンジの場でもあった日本選手権に臨む北口には、ちょっとした遊び心もあった。後輩の希望で大学に新しいやり「ネメト」が、大会の1週間に届いた。過去にも投げたことはあったが、はまらなかったため、北口は使っていなかった。せっかくならと試しに投げてみたら、悪くない。「ダメだったら戻せばいいや」。大会3日前に1度だけ使ったネメトも連れて福岡に入った。試合前の練習でも調子がいい。「いけるな」と感じた北口は、今回の全6投でネメトを投げた。

「ちょっと方向がずれると飛ばなくなるんで、まっすぐ投げるという意識だけをもって投げました。ちょっとよく分からないんですけど、いままで投げられなかったんですよ、あのやりは。同じやりなのに、ただの棒みたいな感触だったんですけど、日大にそのやりが届いて投げてみたら投げられるようになってて、いい感じに距離も出てたんで、今回はそのやりを投げてみました」

日本記録を出したやりではなく、あえて新しいやりで挑んだ(撮影・松永早弥香)

投げられるようになった理由は? と問われ「分かんないです。ごめんなさい」と苦笑い。それでも、「今回は自分の大きさを最大限生かした投げをしようと思って、後ろ側を大きくするイメージでやりの構えをしてましたし、助走してもその構えができてたので、1投目から記録を残すことができたと思います」としっかりとした口調で答えた。

これで初の世界選手権代表に内定した。「(ジュニア年代で選ばれてから)長く日本代表に戻れなかったので、すごくホッとしてますし、こっからしっかり3カ月準備していけたらいいなと思ってます」と北口。ドーハでは、女子やり投げで日本勢初となる8位入賞を目指す。「本当はメダルとか言わなきゃいけないんだと思うんですけど……」と言いながら笑った。

注目されれば、北海道のみんなが生存確認できる

体格の大きさが有利に働くやり投げにおいて、北口の大きさは武器ではあるが、世界を見渡すと平均ぐらいだ。「自分より大きい人はいると思うんですけど、身長はそんなに劣ってはないですし、上半身の技術だけはいいと言われてるんで。あとは下半身の技術をどれだけ上半身の完成度に近づけていけるかってことだと思います」。日本記録を出した際、地面からの跳ね返りを自分で感じたが、今回はあまり感じなかったという。助走のスピードを上げても安定した上半身の動きにつなげられるよう、世界選手権までに体づくりにも取り組んでいく。

初めての世界選手権、自分よりもさらに大きな人たちを倒しにいく(撮影・松永早弥香)

もともと注目されることを好まない性格だというが、日本記録を出して注目されたいまも少し恥ずかしさを感じている。「でも、自分がこうやって注目されることでやり投げのことを伝えられますし、北海道の先生だったり、家族だったり、友だちだったりには、自分の生存確認になると思ってるんで。しょうがないんじゃないですかね」と言って笑った。

シニアでは初めてとなる世界の舞台を前にして「自分が立ってても違和感のないように、しっかり勝負ができるようにしたいです」と意気込む。ドーハの地でも北口榛花の存在を世界に知らしめられるか。

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