野球

特集:僕らの甲子園~100回大会の記憶

金足農・髙橋佑輔「音が消えた」 仲間が打たせてくれた逆転スリーラン

昨夏の3回戦、横浜戦で逆転ホームランを放ち、喜びを爆発させる髙橋(撮影・松本俊)

夏の甲子園で連日熱戦が繰り広げられています。4years.では昨夏の第100回全国高校野球選手権で活躍し、今春大学に入学した選手たちにインタビューしました。「僕らの甲子園~100回大会の記憶」と題して選手権の期間中に随時お届けしています。第7回は節目の大会を大いに盛り上げた金足農業高(秋田)の一塁手として1回戦から決勝までの全6試合に出場し、3回戦の横浜(南神奈川)戦で逆転のスリーランホームランを放った髙橋佑輔(現・東京農業大北海道オホーツク)です。

聖光学院の4番須田優真、100回という特別な夏「あっという間でした」

甲子園に出られるイメージはあった

昨年は金足農にとって11年ぶりの夏の甲子園だった。前年は秋田大会の決勝で敗退。あと一歩で甲子園に届かなかった悔しさを経験し、チームに残った高橋たちは、自分たちで率先して厳しい練習に取り組むようになった。ときにはグラウンドに罵声が飛び交った。橋には「甲子園に出られるイメージがあった」という。

1月4日に初詣に行ったとき、絵馬に「全国優勝」と書いた。そのために自分たちを追い込む練習を続けた。そして夏がやって来た。第1シードで迎えた秋田大会を勝ち進む。レギュラーの9人が全員3年生で固定された金農ナインは、夢の舞台である甲子園にたどり着いた。

甲子園に行ったら、ボールが飛ぶようになった

「自分たちのときは練習じゃなくて甲子園見学のような形で最初に球場に入ったんですけど、テレビで見てた景色が自分の前に広がって鳥肌が立ちましたね」と橋。しかし、試合になると緊張しなかったという。「秋田大会では第1シードということもあって、相手が自分たちを潰しにきてるな、というプレッシャーを感じてました。でも甲子園は全国から集まった強豪校ばかり。チャレンジャーとして挑む、失うものは何もないという気持ちでした」

当時のことを振り返ってくれた髙橋(撮影・藤井みさ)

チャレンジャー金農の快進撃が始まった。「戦ったら勝てる、という感じで試合をするのが楽しかったです」と橋。精神面だけではなく、甲子園に入ってから彼らの野球に変化があった。「チームの中で吉田(輝星、現・日本ハム)はちょっと特別扱いで、普段から好きに打ってました。でも自分たちはコーチから『飛ばすことより、ピッチャーの足元に返せ。長打はいらないから』って言われてたんです。でも甲子園に行ったら、たぶん自由にやらせたほうがいいという考えだったのか、何も言われなくなりました。思いきり打ったら、打球が飛ぶ。『吉田って、毎回こんなに気持ちよく飛ばしてたんだ』って思いました(笑)。それで飛ばし方をつかみました。あとは、練習時間も2時間と限られているので、質の高い練習ができたと思ってます」

伝令が来て、周りの音は一切聞こえなくなった

そして迎えた3回戦、対戦相手は南神奈川代表の強豪・横浜。金農ナインは横浜の左ピッチャー、板川佳矢を攻略しきれないでいた。2-4の8回裏、吉田と打川和輝(現・東日本国際大)の連打で無死一、二塁とする。5番大友朝陽のバント失敗で1死となったところで、6番の橋。打席に向かう彼のところに、1番を打っていた菅原天空(たく)が伝令としてやってきた。「全力で振ってこい」と言うなり、バン、と橋の背中をたたいた。

「その瞬間から、周りの音が一切聞こえなくなったんです」。橋が明かす。「すごく集中してました。どんなボールでもいいから振ろうと思って初球から振ったら、たまたま当たったという感じなんですけど、バックスクリーンまで飛んで。二塁ベースを回るところで音が戻って、突然大歓声が聞こえました」

逆転スリーランの打席、髙橋は思いっきり初球を振り抜いた(撮影・松本俊)

値千金、逆転のスリーランだ。橋はこの日まで、公式戦でホームランを打ったことがなかった。高校初の一発が、大舞台で強敵相手に試合を決定づける一打となった。「自分の力じゃなくて、完全にチームメイトの力で打てたホームランだと思います」と振り返る。

球場全体が味方だと感じた

金足農は続く準々決勝の近江(滋賀)戦ではツーランスクイズで劇的な逆転サヨナラ勝ち。この試合ぐらいから橋は「球場全体が味方についてくれてる」と感じるようになったという。「普通だったらアルプススタンドから応援が聞こえるんですけど、このときは外野からも手拍子をしてくれてるのがわかりました。とくに9回裏に打席に入ったときは、拍手がすごかったです」

1-2で迎えた9回、先頭で橋。甲子園の雰囲気に背中を押されるように三遊間を破るヒットで出塁し、7番菊地彪吾(現・八戸学院大)もヒットで続く。8番菊池亮太が四球を選び、9番斎藤璃玖にスクイズのサインが出た。「うまく転がしてくれて、『やった、同点だ!』って思いながらホームへ走ってたら、(二塁走者の)彪吾が(後ろから)ものすごい勢いで走ってきてビビりました」と笑う。

準々決勝の近江戦では劇的な逆転サヨナラ勝ちをおさめた(撮影・水野義則)

続く準決勝の日大三(西東京)戦でも2-1の僅差で勝ち、決勝は大阪桐蔭(北大阪)。関西の人気校が相手だったが「このときも、球場(が味方してくれるの)は自分たちの方だなって思いました」。史上初の2度目の春夏連覇を狙う強豪に対して「同じ高校生だから勝てないわけじゃないとは思ってましたけど、何ていうか、格が違うなとは思いました」と振り返る。1回に3点を失ったが、チーム内に悲観するムードはまったくなかった。しかし、2回の1死一、三塁のチャンスで、打席の菊地彪吾がサインミス。三塁走者が挟殺されて反撃の好機がつぶれた。「あれで流れが向こうに行ってしまったと思います。この日だけサインを変更していたのもあって……。監督も浮足立ってたようなところがありました」。終わってみれば2-13。金足農の夏は準優勝で幕を閉じた。

教員になって、カナノウに戻って優勝したい

橋はいま、北海道網走市にある東京農業大学オホーツクキャンパスで学び、白球を追う。毎朝6時に起き、野球部の寮からグラウンドまで、6kmの距離を25分ほどで走って通うことから一日が始まる。1年生は用具の片付けや寮での食器洗い、洗濯など練習のほかにも仕事が多い。「正直キツいと感じることもあります」と髙橋は漏らした。大学からバットが金属から木製になり、これに対応する難しさも感じてきた。「いまはまだ、ぜんぜんスピードについていけてないです。先輩に教えてもらいながら、最近ようやく打てるようになってきたな、って思ってるぐらいです」。プロ野球の試合をチームメイトとテレビで見ることもあるが「野球の見方が変わりました。前はただ『すごいなー』だけだったのが、いまは木のバットでどうやってタイミングを取っているのか、といったところを見るようになりました」

網走で髙橋を取材した日も練習があった。選手たちは北の大地からまだ届かぬ全国制覇を目指す(撮影・藤井みさ)

いまの目標を尋ねると「どんな役割でもいいから、秋のリーグ戦でベンチ入りすることです」と答えてくれた。「役割を早く見つけたいです。自分の長所はバッティングだと思ってたんですが、大学に入ってそれもいま見えなくなっていて。まずは声出し要員でもいいからチームの中で使ってもらえるように。そして将来的には打てるバッターになりたいです」

橋がこの大学を選んだのは、将来教員になりたいという思いがあるからだという。「高3のときに教育実習の先生を見て、『先生っていいな』『教員になりたいな』と思うようになりました」。そして「教員としてカナノウに戻れたらいいなと思います」と語る。「キャプテンだった大夢(ひろむ、佐々木、現・日体大)も教職取るって言ってて。準優勝メンバーがカナノウに戻って野球部に携わって、今度は優勝できたらすごくいいですよね」。夢がある。

金足農の同級生メンバーとは、今もグループLINEで頻繁にやり取りしている。仲間との思い出を糧に、髙橋は北の大地で新たな歩みを重ねる。

特集「僕らの甲子園~100回大会の記憶」全記事を読む

in Additionあわせて読みたい