陸上・駅伝

自ら考えられる選手が強くなる 法大・坪田智夫駅伝監督(下)

5月の関東インカレで、東洋大の相澤晃をかわし日本勢トップに立った佐藤敏也(撮影・藤井みさ)

2010年から母校の法政大学陸上部を指導してきた坪田智夫駅伝監督。今年はスタッフになって以来、最も手応えがあるという。佐藤敏也・青木涼真のWエースに坪井慧を加えた4年生の「3本柱」に絶対的な自信があるからだ。

エース育成重視から全体の底上げに方針転換 法政大・坪田智夫駅伝監督(上)

法大らしくエースが育ち、復路も充実

監督がエース育成重視から全体の底上げ優先へ指導方針を変更しても、法大ではエースが育ってきた。箱根駅伝出場を逃した後のチームでは、足羽純実(現・Honda)が10000mで28分台を出してチームの顔になり、その間に坂東悠汰がインカレに入賞する選手に成長した。

坂東の1学年下に佐藤と青木が入学し、佐藤は1年生のときから箱根駅伝6区で区間3位と、特殊区間に適性を示した。翌年は青木が5区で区間賞を取って駅伝ファンを驚かせ、佐藤も2年連続で6区の区間3位と好走した。そして今年は佐藤が1区に回ってトップと8秒差の区間5位、青木は5区の区間3位で坪井は6区の区間4位と、チームの流れをつくる走りを見せた。

法大は以前と同様に、柱となる選手が育つことで好成績を続けている。そう見ることもできるが、この3年間は復路の安定ぶりも以前とは違う。西池の好走で9位とシード権を得た13年大会は、6区以外の復路4区間は区間12~16位だった。それが17年の復路は4人が、18年は3人が、19年は5人全員が区間ひと桁順位で走っているのだ。チームの底上げが復路の好成績に現れている。つまり、坪田監督が狙った通りにチーム全体がレベルアップした。それに加えて以前と同じようにエースが育ってきている。それが、いまの法大の強さだろう。

ジョグの中味を自分で考えて走る

坪田監督はエースである佐藤について、「西池と比べれば見劣りする」と言いきる。と同時に「佐藤は西池より、自分の状態を見極めたポイント練習やジョグができる」という点を高く評価している。例えば各自ジョグにおいても、自分の感覚と実際のタイムにズレが生じていないかを自主的に確認している。ズレが生じていたら、その理由を考えて対処する。いまの法大の選手は朝練習のジョグを監督の目が届く範囲でやるが、以前のエースたちと同じか、それ以上にジョグの中味を考えて走っている。

坪田監督と言葉を交わす佐藤(以下の写真はすべて撮影・寺田辰朗)

佐藤は「1、2年のころは監督の言う通りに練習してました」と話す。「ジョグの質を上げろと言われたら、ただガムシャラに走ってたと思います。少しずつ自分の状態を考えられるようになり、自分から監督に希望を言えるようになって、3、4年生といい結果が出るようになりました。それが楽しいと感じられるようになりましたね」。いまでは、ポイント練習のメニューにタイムが記載されていないこともあるという。

「青木とふたりで『このくらいのタイムなら、いまの自分たちの状態や目的に合ってるんじゃないか』って話して決めることもあります。いまは夏合宿をけがしないで乗りきることが一番の目標ですが、日本インカレも走ります。トラックでスピードに自信をつけられたので、ロードでも強いことを証明したい。三大駅伝はすべて区間賞が目標です」と、はっきり言いきる。

青木涼真には「勝手に走ってきて」

青木は生命科学部でキャンパスが異なるため、一人で練習することも多く、自分で判断する習慣ができている。坪田監督も青木に対して厳しいことを言ったことはほとんどないという。「練習に関して注意する必要のない選手ですし、レースプランはまったく話さない。『勝手に走ってきて』という、指導者にあるまじきスタンスです(笑)。青木にも『オレには何も言わないでくれ』っていう雰囲気がありますし、それは現役時代の私も持ってた部分です」

青木(右)には「勝手に走ってきて」というスタンスでレースに送り出す

青木にジョグについて聞いてみた。「ジョグの走り方はまちまちですが、状態を確認するためにタイムを測ることもあります。ポイント練習の翌日だったり、試合の前後だったりが多いです。最近ではヨーロッパ遠征のときに、最初の試合前は時差もあって感覚と実際のタイム差がありましたけど、あえていつもと同じペースでやってみました。その分、ケアにかける時間を長くしたりしました」。結果として、1試合目の(3000m障害で)8分40秒83は予定通りで、4日後の2試合目で狙った通りに8分32秒51の自己ベストを出せたという。シーズン後半の目標については「夏合宿をけがなく乗りきったことがないので、まずはけがをしないことを第一に考えて、日本インカレの3000m障害で優勝するのが目標です。駅伝は山(5区)以外もあるぞ、というところを見せられたらなと思っています」と頼もしい。

挑戦できる環境を作るのが監督の役割

全体の底上げを優先するようになっても、トップ選手を育てる坪田監督の指導法が犠牲になってしまうことはなかった。法大では強くなりたい意思を持ち、自ら判断と行動をする選手が成長する。そう考えられる選手をひとりでも多く増やす指導は伝統といえるだろう。

エースが育ち、さらにチームが強くなる。いい循環に入ってきているようだ

「監督に言われた通りにやったから伸びた、ではなく、自分の中でやりたいことをやったから成長した。そう言える選手がどんどん出てきてほしいと思ってます。私のおかげだと選手に言われたら、逆に気持ちが悪い。自分の意思でいろんなことにチャレンジできる環境を作るのが、法政では監督の役割です。ありがたいことに、その方針に沿った選手が成長してます。佐藤と青木は関東でも5本の指に入る選手でしょう。彼らを見たら、練習では手を抜かないし、生活面もしっかりしてる。これだけ強い選手と一緒にやれるなら吸収するものはいくらでもある。学生たちにはそう話しています」

箱根駅伝出場を逃したことで「方針を変えた」と坪田監督は言ったが、結果的には指導の幅を広げることになった。以前のようにエースが育ち、エースを見て、ほかの選手も強くなる。坪田監督が着任当初理想としたチームに、いまの法大は近づいている。

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