陸上・駅伝

特集:第96回箱根駅伝

「箱根駅伝復活プロジェクト」で変わったのは学生だった 筑波大・弘山勉監督(下)

絶対に箱根駅伝にいけると確信し、筑波大は予選会へ新しい襷(たすき)を持って乗り込んだ(撮影・松永早弥香)

筑波大は2011年に「箱根駅伝復活プロジェクト」をスタートさせ、15年にはOBの弘山勉さん(53)を駅伝監督に招聘(しょうへい)しました。弘山監督とともに臨んだ5度目の箱根駅伝予選会で、筑波大は26年ぶりの本戦出場をつかみました。弘山監督にその道のりを語っていただく2回の連載の後編は、「プロジェクト」の中で学生たちがどう変わり、本戦出場が決まってからどう動き始めたかについてです。

26年ぶりの箱根駅伝、「痛みを伴う改革」が必要だった 筑波大・弘山勉監督(上)

支えてくれる人たちのありがたさを実感

「箱根駅伝復活プロジェクト」は競技環境の構築に主眼を置いて進められてきた。とくに強化資金は、箱根駅伝の常連や本気で出場を目指す私立大と比べて著しく少なく、ほぼゼロに等しい。それを補うため、2016年からクラウドファンディングで幅広く寄付を募った。そのお金で合宿の回数を増やし、トレーナーに合宿へ帯同してもらったほか、栄養サポート費、移動車両のリース費用などに充てた。それでも合宿は夏の4回だけ。「できれば春にも」と弘山監督は言うが、実現できていない。

弘山:筑波大には寮がありませんので、長距離ブロックでアパート一軒を大家さんのご厚意で、格安の家賃で借りてます。食事は栄養学の研究室と提携し、管理栄養士の資格を持つ大学院生の実地研修として、これも格安の料金で作ってもらってます。金栗四三さん(日本人がオリンピックに初参加した1912年ストックホルム大会マラソン代表。箱根駅伝の創設者で筑波大の前身の東京高等師範学校出身)のご縁で、熊本県の玉名市、和水町、南関町と連携協定を結ばせていただき、玉名市で合宿ができました。金栗先輩の生家やミュージアム、お墓などを我々が訪ねると、地元の方たちにも喜んでいただけました。学生たちもそうした地元の方たちの気持ちを理解して、自分たちが金栗さんの後輩にふさわしい振る舞いをしようとしていた。支援してくださる方々のありがたさを感じられました。

筑波大の前身である東京高等師範学校が優勝した、第1回箱根駅伝の写真とともに(撮影・寺田辰朗)

「箱根駅伝復活プロジェクト」の取り組みを理解してもらうため、ホームページやSNSを利用して積極的に情報を発信した。弘山監督は以前から専門誌などに多く寄稿していたが、プロジェクトでも文才をいかんなく発揮。推薦枠が少ないためスカウトは大苦戦しているが、それでも高校の指導者たちの共感も得られるようになり、筑波大を受験する高校生は増えている。そして筑波大の最大の特徴は、プロジェクトの目的でもある「スカラー・アスリート」を育成していることだろう。

弘山:私も教員なので、毎月の血液検査をほかの研究室と共同でやってます。先ほど申し上げたように、栄養学の研究室とも提携しています。今年から長距離ブロック内にデータ班を立ち上げました。練習中のタイムやレースのペース分析だけでなく、血液や体組成のデータを見やすく整理して、各選手が課題解決のために何をすればいいかを学生同士で話し合っています。私が「こうだよ」とデータの見方を教えてしまうこともありますが、選手たちもデータから考える力をつけてきました。その下地があったから、9月末の10000mで結果がよくなくても自信を失わなかったんです。

選手兼マネージャーの奮闘、本戦準備も学生主体

箱根駅伝出場が決まり、学生たちはすぐに対策を考え始めた。データ班は全区間の過去のスプリットタイムを調べ始めている。上り下りや風向きなどのコース状況を調べ、どんな能力が必要かを提案していく。それを学生たちが自発的に練習に取り入れる。

弘山:私の判断で必要に応じてミーティングをし、トレーニング理論やデータ活用の仕方を説明することもありますけど、分からない学生は勉強する習慣がついてきました。選手が自分の課題を正確に把握して、主体的に課題に取り組むことが強くなる近道なんです。トレーニングも同じことで、出されたメニューをただこなすのではなく、このメニューによって体がどう変わって、次にどういうことができるようになるかを理解するのが重要です。「ここで追い込めばこうなる」という話を学生が監督とできるようになって、設定をどのタイムに落とし込むかを話し合う。5年目でやっと、それができるチームになってきました。チーム全体が本気になり、一つにまとまったから、そういうことができるようになったんです。

メンバー入りの難しい11人の選手が、予選会後のミーティングでサポートチームに立候補した。筑波大陸上競技部はマネージャー業務だけの部員を認めない伝統があるため、選手が兼務する方式をとっている。7月に大土手嵩(しゅう、3年、小林)が新駅伝主将になったとき、上迫彬岳(うえさこ・あきたけ、3年、鶴丸)がマネージャーも兼務するようになり、チームをまとめるのに大きく貢献した。だが上迫も、来シーズンは選手として箱根駅伝出場を目指すため、練習も続けている。箱根駅伝を前にサポートチームができたことは、筑波大長距離ブロックにとって大きな出来事だった。

上迫(右端)は自ら志願し、選手兼マネージャーとしてチームを支えている(撮影・松永早弥香)

弘山:箱根駅伝は人を本気にさせるイベントですね。本気になって高みにいかなければ、出場することもできないし、戦うこともできない。それが簡単じゃないんですけど、「箱根駅伝プロジェクト」なら、それができると信じてやってきました。大土手、上迫、駅伝副主将の尾原健太(3年、富山)らが、ここまで本当によくチームを回してくれました。それがなかったら、短期間でここまでできなかったと思います。監督の誘導だけでは絶対にできなかった。「箱根駅伝にいきたい」と本気になるのは、指導者ではなく選手でなければダメなんです。それに対してサポートして、マネジメントして、持ってる知識と理論を少しでも利用してもらうのが我々の立場です。

三人のリーダーだけでなく、選手全員が一つになろうと努力したからチームが変われた。いままで監督がやっていたことを学生がやるようになって「プロジェクトが目指すところにチームが成長したな」と感じてます。26年ぶりの本戦ですけど、いまのチームなら自分たちでどう走るかを考えて向かっていける。上の5人は、ほかの大学にも太刀打ちできる走力を持ってます。ただ平均的に走るだけでは駅伝の流れに乗りにくいんですけど、その5人をうまく配置できれば、シードをとるための戦いができる。その力がいまの筑波大にはある。そう確信しています。

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