陸上・駅伝

上野裕一郎新監督の挑戦「選手に寄り添う指導者に」 立教箱根駅伝2024大解剖(後編)

立教大学新座キャンパスのグラウンドにて

本気で箱根駅伝出場を狙い、強化する。立教大学の挑戦「立教箱根駅伝2024」。郭洋春総長にお話をうかがった前編に続き、後編は新しく駅伝監督に就任した上野裕一郎氏にインタビューした。

前編・総長インタビュー「箱根は目標ではなく出場」はこちら

立教大学体育会陸上競技部は、埼玉県新座市の立教大学新座キャンパスで練習している。陸上競技部の集合時間、16時10分に現れた上野監督。すらりとした長身に、ダウンを着ていてもわかる引き締まった体が印象的だ。トップレベルの現役アスリートは、学生の中にいてもやはり目立つ。

練習前のミーティング。設定タイムが告げられる

まずは陸上競技部全体でミーティング。いままで監督やコーチは置かず、学生のみで運営されていた。上野監督はそこに混じり、練習メニューを選手に指示する。就任したのは12月1日だが、すでに「監督」としてチームを引っ張る雰囲気が感じられた。

選手たちは練習の前に入念にアップ。その時間を利用してインタビューに答えてもらった。

オファーにはびっくり。でもワクワク

――正直、上野さんが立教大学の駅伝監督になるというニュースを拝見した時は驚きました。オファーを受けた時はどんな気持ちでしたか。

上野裕一郎監督(以下上野): いや、びっくりしました(笑)。「僕でいいのか? 」という思いがまずありました。現役の選手としてやってましたし。でも、今後の人生どうしていこうかなと考えてもいた時期でもあったので、うれしい気持ちもありました。楽しみだな、というのが一番ですね。

――指導者経験がない状態からいきなり監督、という不安はありませんでしたか。

上野: 指導者として、監督などの指導者の下についてコーチなどをしていた訳ではないので、決められた形がなく、自分の独自の指導ができると考えています。今は33歳ですので、選手と年齢が近いぶん意見をお互い話しやすいと感じています。選手との距離感が近すぎず、遠すぎずで、交流を持ちながら本音を引き出しつつやっていけるかなと思いました。僕とDeNAの国近(友昭)監督も1回りぐらい離れていて、しゃべりやすかったという経験もあったので。

語るうちに、言葉に熱がこもってくる上野監督

僕は佐久長聖高校で両角(速、当時)さん、中央大学で田幸(寛史、当時)さん、総恩師である瀬古利彦さん、直近まで指導をしていただいたDeNAの国近(友昭)さんの4人に学びました。自分の中で総まとめして、学生たちに指導で返してあげたいなと思います。

――一部では現役を続けながら監督業に、という報道もありましたが、実際のところはどうなのでしょうか。

上野:自分的に、けじめをつけるレースに何本か出場して、最後は自分で「現役引退」と言ってやめたい、ということですね。今後はオリンピックや世界を狙う、ということはもうしません。一部では「二刀流」なんて言われてますけど、実際にやってみて、監督業は片手間ではできないなと実感してます。現状はコーチやマネージャーがいるわけでもなく、一人ですべてやらなければならないので、自分の練習は後回しです。

もう自分が走る分は楽しみながらやれればいいと思っているので。いま勧誘してる高校2年生が入学してくる1年ちょっと先ぐらいをめどに、出場するレースを探して走って、引退しようと思ってます。せっかくなので最後は長くたくさん走りたいので(笑)、マラソンに出たいと思ってます。僕にとってのマラソンって、苦しい思い出しかないんです。タイムはどうでもいいので、しっかり走りきりたい。あとはずっとトラックに取り組んできたので、一番好きな5000mの試合にも出て、納得した形で終わりたいと思っています。

「まず動く」を浸透させたい

――立教大学に対して、正直なところ「陸上」というイメージはありましたか。

上野:昔「古豪」と言われていたのは知ってたんですが、今回お話を頂いてから調べたら、50年間箱根駅伝には出てない。50年経ってまた出られたら、面白いんじゃないかって思いました。

いままでの立教大陸上部は、練習メニューを上級生が決めていた

――総長にもお話をうかがいましたが、「文武両道の選手を育てたい」とおっしゃっていました。

上野:「強い選手を何がなんでもとる」という方針の大学もありますが、立教大学はすでに学校のブランド、方針もしっかりとしてる。だからちゃんと授業に出ていれば「文」の方は自ずと身につくと思うので、僕があと「武」の方を育てられればと思います。足が速くて頭がいいとか、かっこいいですよね。そういった考えに共感して、「立教大学の陸上部でやりたい」と主体的に思ってくれる選手に入ってきてほしいと思っています。

上野監督は高校から陸上を始めた。最初はとにかく夢中で、言われた練習をこなしていたという

しっかり勉強をやりつつ、箱根駅伝や陸上の経験が将来自分に役立つものになってもらえればなと思います。それが「文武両道」っていうことかなと。

――実際に接してみて、選手の印象はどうですか。

上野:すごく頭がいい子たちだなと思います。1から10まで教えることがあったとしたら、5ぐらいまで言えば応用してできちゃう。頭がよくてしっかりと考える事できる選手なので、そこにがむしゃらさが加わっていけばさらにいい選手になると思います。

――今はどういったことをアドバイスしていますか。

上野: 例えば、走る前に少し体を動かしてあげて、筋肉に刺激を入れるだけでも違うよ、といったことを教えてます。これからボールを投げたり、ハードルを飛んだりといったトレーニングも取り入れようかなと思ってます。筋肉は使うことによってもっと動くし、伸びる。今はまだ正直「設定タイムが速い」と感じている選手もいると思うんです。でもやり続けることによって体が変わってくるのを実感できるはずです。春先になってもっと走れる子が出てくると思うんで、楽しみですね。

「そのままのペースで!」「78秒で!」大声で選手に呼びかける

箱根が「通過点」と言えるような選手も育てたい

――選手のモチベーションを上げるために何かやっていることはありますか。

上野: 正直、いまいきなり「箱根駅伝」っていう目標を出されても想像がつかないと思うんです。それより、小さな目標からちょっとずつクリアしていこう。小さな目標から最終的には大きな目標に向かって皆で頑張っていこうと話しています。

例えば今日みたいに取材されることも、モチベーションの一つになると思うんです。「速く走れたら取材されるんだ」と思うと、じゃあもっとがんばってみようかな、と思えたりする。やっぱり自分の名前が記事になるのってうれしいですからね。自分だけじゃなくて家族や周りの人も喜ぶと思います。

――ちなみに、ご自身の箱根駅伝の思い出は。

上野: 1年の時にブレーキしたのと、4年の時に具合悪くて走って倒れたことしか覚えてなくて、区間賞の記憶なんかないんです(笑)。でも、箱根駅伝を経験したおかげで色々な部分での視野が広がりました。僕も将来的にはそういう、箱根駅伝だけで終わらない息の長い選手を作っていけたらいいなと考えています。単に遅いから、速いからで終わるのではなく、どこを目指すかという意識付けをしっかりしたいですね。学生のモチベーションをあげつつ、なぜこの練習をするのかを説明して、理解し合いながらやっていきたいなと思います。

いずれ世界を見すえられる選手を育てるのも夢だ

突然やってきた、上野新監督への選手たちの思いは…

実際に学生たちはどう思っているのだろうか。主将の増田駿(3年、立教新座)は、「上野監督が来ると聞いて個人的には嬉しかったですが、チームとしてはみんなが納得するのかどうか不安がありました。練習ではペースが速くなったり、フィジカルのトレーニングを取り入れたりと自分たちではできなかったことに取り組める変化がありつつ、今までのやり方を尊重してくれて、思ったよりスムーズに入っていけたなと思っています。これから自分がキャプテンとして、なんでも話せる、いい意味で垣根のないチームを作っていきたいと思います」と話す。

ハキハキと答えてくれた増田。チームのムードを盛り上げるキャプテンだ

上野監督が期待する、Aチームの2人にも話を聞いた。

中村亮介(3年、川越東)は「最初聞いた時はびっくりしました。実際に練習が始まってみて、すごく自分たちのレベルに合った練習をしてくださっています。自分たちだけでは考えつかないようなメニューも入っていて、このままやっていけば強くなれるという手応えを感じます」と話してくれた。

中村は練習と普段のコミュニケーション、メリハリをつけていいチームをつくりたいと話す

増井大介(2年、立教新座)は「驚きましたし、うれしい反面、チームがどうなっていくか不安でした」と話す。「でも上野監督の人柄もあって、コミュニケーションも取れていてとてもいい感じだと思います。スピード系の選手だったということもあり、感覚的なものも似ている点もあると思うので、春先にむけてこれから楽しみです」

増井は800mなどのスピード種目にも取り組んでいる

第二の人生、指導者として「見本」になりたい

目指す指導者像は? と尋ねると、「一方的な指導ではなく、選手としっかり対話をして、選手の気持ちに寄り添っていきたい」と教えてくれた。「始めたばかりですが、一つひとつのことがとても新鮮で、毎日がとても充実してます。練習はもちろん、選手達とのたわいのない会話も楽しみです」と嬉しそうに語る。練習ではトラック内を縦横無尽に走り、選手に熱いゲキを飛ばし、時にはみんなから遅れた選手と並走するシーンもあった。監督して、すでに選手の心をつかんでいる上野裕一郎。私も、立教大学の将来に思わず期待をしてしまう、そんな思いを抱かせられた取材になった。

集団から遅れた選手に並走しながら声をかける

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