大学サッカー

FC東京・渡辺剛 真価が問われる2年目、中大時代に身につけた傾聴力を忘れず

プロ1年目の昨季、渡辺はJ1で計20試合に出場した (c)F.C.TOKYO

昨季、サッカーのJ1リーグで最もインパクトを残した大卒ルーキーと言っても過言ではないだろう。昨春、中央大を卒業したばかりの渡辺剛(23)はリーグ初制覇へあと一歩と迫ったFC東京の主力として働き、最終ラインの真ん中で堂々とプレー。昨年7月からは完全なレギュラーとなり、J1で計20試合に出場した。1年目の充実したシーズンも、プロになれたのも、大学での4年間があったからだという。

「中央大で傾聴力を身に付けたのは大きいです。FC東京でも先輩から指摘を受けることもありますが、すぐに言い返したりせず、一度受け止めるようにしています。経験を積んでいる人の話に耳を傾けるのは大事なことです」

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みんなの力があったから

山梨学院大学附属高校(現・山梨学院高校、山梨)時代は、素直に人の話に耳を傾けず、我を通す一面があった。私生活もプレーも、わがままだった。自らが主張することでチームが強くなり、試合に勝てると思っていたのだ。

「今考えれば恥ずかしいです。世の中を知らなかった。サッカー面だけではなく、高校時代は人として未熟でした。あのままプロになっていたら、今ごろつぶれて終わっていたでしょうね」

中央大では1年生の後期リーグ途中から公式戦に出場する機会を得たが、大学のパワーとスピードに圧倒された。持ち味を出せず、思うようにプレーできない日々が続く。自らのミスで試合に負けることもあり、「このままではプロになるのは難しい」と自信を失いかけた時期もあった。それでも、選手寮で同部屋だった1学年上の須藤岳晟(たけあき)が毎日のように励ましてくれた。「お前は絶対にプロになれるから、自信を持ってやり続ければいいよ。その方が周りから見ていても気持ちがいいし、お前らしいよ」

他の誰よりも、渡辺の可能性を信じてくれた。その時、心の支えとなった先輩は試合にほとんど出ていなかったが、チームのことを一番に考えて行動していた。近くで観察すればするほど、人柄の良さに惹かれていった。「そういう人の周りには人が集まりますよね。須藤さんを見て、人間性は大事だなと思いました」

プレーをする上でも、人間性の大切さを先輩の姿から学んだ (C)JUFA/REIKO IIJIMA

渡辺は自らの言動を見つめ直した。他人の意見を聞き入れて、練習に取り組むようになると、状況は好転していく。センターバックとして信頼が増し、チームの勝利にも貢献。3年生からは守備の柱として絶対的な存在となる。得意のヘディングを磨くための居残り練習では、仲間とともに成長してきた自負がある。「自主練は他人と差をつけるためにやるのではなく、一緒にうまくなろう、みんなでチームを強くしようという気持ちでやるようにしていました」

同期で同じポジションの上島(かみじま)拓巳(現・アビスパ福岡)とは切磋琢磨(せっさたくま)し、互いに技術を向上させた。後輩の安部崇士(現・徳島ヴォルティス)、三ッ田啓希(みつだ・はるき、現・松本山雅FC)、現4年生の深澤大輝(東京ヴェルディ内定)らは、中央大のグラウンドで自主トレに励んだディフェンダー仲間である。誰からも慕われていたのだろう。食堂で時間をかけて食事をしているときも、必ず周りには人がいた。「僕は仲間に恵まれていました。みんなの力があったからチームも強くなっていったと思います」

「大学最後の1年は人生がかかっている」

1年生のときに関東大学リーグ1部から2部に降格し、2年生のときは1年での1部復帰を誓いながら2部で5位。3年生になると、2位以内の昇格ラインにあと一歩及ばず3位で終わる。それでも、最終学年では念願の1部昇格を果たした。「大学生活の最後で、初めて目標を達成できました。今まで頑張ってきた成果を出せて、すごくうれしかったですね。後輩たちにいい置き土産ができました」

個人としても、4年生の7月にFC東京に内定。小学校3年生から中学校3年生まで過ごしたFC東京のアカデミー(下部組織)で過ごしており、「FC東京に戻ることが僕の目標でした」と、特別な思い入れがあった。それでも、個人のアピールばかりに走ったわけではない。むしろ、試合ではプロの目をあえて意識しないようにしていた。「試合に勝つことで、個人の評価も上がると思います。チームの結果は大事です。僕の場合は、自分がプロになりたいという気持ちを抑えながら、チームのために戦っていました」

同期が早々とプロ内定を決め、渡辺は悔しさを感じていたものの、その悔しさも力に変えた(C)JUFA/REIKO IIJIMA

当時、同じ4年生の上島、大橋祐紀(現・湘南ベルマーレ)がいち早くJクラブから内定をもらったときには正直、悔しさも覚えた。それでも卑屈になったり、焦って個人プレーに走ったりすることはなかった。「自分は自分だ」と言い聞かせ、「もっとうまくなってやる」と練習に一層励んだことがプロへの道につながった。「大学最後の1年間は人生がかかっていると言ってもいいくらいです。スカウトなどのJクラブ関係者たちも、最後の選考だと思って見ているはずです」

2年前まで大学生だった渡辺の言葉には実感がこもっている。だからこそ、今回のコロナ禍でアピールの場が少なくなっている学生たちの現状を気にかけている。

「プロを目指している大学生にとってはつらいと思いますが、あきらめなければチャンスはきます。僕も、なかなか見えないと思ったところから光が見えてプロになれました。これから先に備えて、準備することが大切です。公式戦が始まってから、どれだけ頑張れるかが今後に影響してきます」

あきらめなければ未来は変わる

プロ2年目を迎える渡辺も、自粛期間に自らと向き合い、今まさに7月4日のJリーグ再開に向けて準備をしている。「今季は僕の真価が問われます。1年目は勢いだけ、運だけと思われないようにしたい。ここから試合に出ていけば本物だと思います」

プロ2年目の今季は“本物”であることを証明し、その先には東京オリンピックも見すえて(右端が渡辺) (c)F.C.TOKYO

1年延期された東京オリンピック出場も視野に入れる。23歳の年齢制限が1歳繰り上げられれば、メンバー入りの可能性は残されている。昨年10月にU-22日本代表に初招集され、同年12月にはA代表デビュー。今年1月のAFC U-23選手権にも出場しており、候補の一人であることは間違いない。「今年開催されていれば、メンバーに選ばれていなかった」と厳しい立ち位置を自覚しながら、延期を前向きに捉えている。

「あきらめずに夢を追いかけていれば、未来は変わる」

将来に不安を覚える学生たちへのエールは、自らに言い聞かせる言葉でもある。

 

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