陸上・駅伝

夏合宿ができない今夏の早稲田大、続々と自己ベストを出す選手たちの飢えた思い

新型コロナウイルスの影響で夏合宿ができなくなり、今夏は所沢の合宿所を拠点にして学内合宿に取り組んでいる(すべて撮影・松永早弥香)

昨シーズン、早稲田大学は箱根駅伝予選会からはい上がり、全日本大学駅伝では6位、箱根駅伝では7位という結果を残した。新チームは学生3大駅伝で「総合3位以内」を年間目標に掲げ、2~3月の記録会では続々と自己ベストを更新。「トラックシーズンから結果を出していきたい」と話していた相楽豊駅伝監督(40)から見ても、チームはいい流れできていた。しかし新型コロナウイルスの影響を受け、目指していた大会はなくなり、この夏も合宿ができない状況だ。それでも目標をぶらすことなく、今できる最大限を積み重ねている。

早稲田・相楽豊駅伝監督「まだできることがあった」 箱根駅伝シード落ちからの一年

解散となった春、練習は各自に任された

コロナへの大学の対応は早く、今年2月下旬から遠征禁止、3月下旬には所沢の合宿所を出ての解散が決まった。自粛期間中の練習メニューに関しては、相楽監督から方向性を示した上で最低限の内容だけを伝えた。個別に相談をしてきた選手には対応したものの、あえて一人ひとりに細かいメニューを出さなかったのには理由がある。

「地域によってはランニングすることもはばかられているようでした。その中で強制的に何かをさせようとしたら、苦しむ選手もいるだろうと思ったんです。それに、これはある意味、自主性をつくるチャンスかなと思っていたんですよね。監督やコーチに言われたことを右から左に流しているだけの学生もゼロではないと思っていたので、自分の体調に合わせて練習を考えることも将来的にはプラスになる。だからかなりゆるめにレールを敷くことにしたんです」

そう話す相楽監督も、さすがにこの自粛期間がそんなに長引くとは思っていなかった。チームが合宿所に戻れたのは6月20日になってからだった。

自粛となった春、相楽監督は焦りや不安が大きかったと言う

5000mで続々と自己ベスト

もちろん、焦りはあった。継続して練習できていたのか、体調管理もできているのか。相楽監督から見て、中には体力が落ちているような選手もいたが、それ以上にみな、また集まって練習ができることに高いモチベーションを持っていることが伝わってきた。以前に比べて選手たちは1回1回の練習に集中して取り組めており、リハビリのためにと思っていた7月の記録会でも多くの選手が自己記録を更新。とくに5000mで中谷(なかや)雄飛(3年、佐久長聖)が13分39秒21、千明龍之佑(同、東農大二)が13分54秒18、太田直希(同、浜松日体)も13分56秒48と記録を伸ばしている。

昨シーズンを振り返ると、多くの選手が10000mの自己ベストを更新していたものの、5000mの自己ベストをマークしたのは井川龍人(現2年、九州学院)だけだった。高速化した駅伝に対応するには、Aチームは5000mでみんな自己記録を出してスピード強化した上で、夏合宿に入って駅伝を強化しなければいけない、と相楽監督は考えていた。しかし蓋を開けてみると、練習する環境が限られ大会がなかったトラックシーズンの中でも、選手たちはしっかり結果を出している。改めて選手たちの意識の高さ、思いの強さを受け取った。

中谷は7月18日にあったホクレン・ディスタンスチャレンジ千歳大会5000mで、13分39秒21の自己ベストをマークし、日本選手権参加標準記録Aを突破した

走り込めない今夏は量より質を

例年であれば、7月下旬から9月までは夏合宿に取り組み、駅伝シーズンに向けて距離を踏んでいる。今年もなんとか合宿ができるよう、PCR検査を受け、大学から示されたガイドラインで調整を続けていたが許可がおりず、所沢の合宿所を拠点にした学内合宿に切り替えた。

合宿では早朝・午前・午後の3部練習が基本だが、この暑さの中では日中に走れない。そのため今は早朝5時半から走り始め、また夕方5時~5時半から夜まで走り込むという2部練習。もちろん、通常の夏合宿に比べると走行距離や練習量は落ちてしまう。他大学では例年通り、夏合宿で走り込んでいるところもある。そうした環境の違いに焦り、今年を戦う厳しさを痛感しているものの、「ないものを嘆いても仕方がないですから」と監督も選手たちも前を見ている。

練習環境が限られていた春も、選手たちは自分で考えて練習をこなし、記録会で結果を出している。「必ずしも量にしばられなくてもいいのかな、と。こういう環境に追い込まれてしまったからというのはあるんですけど、学生には普段のポイント練習以外のジョグなんかでも『質の高いジョグをしないさい』と伝えています」。合宿は昨年同様、9月11~13日の日本インカレに出場する選手には別途、3.5次合宿を9月に設けることで、全員が3回参加できるように組んでいく。

ここで培った自主性を今後の競技生活でも

難しい調整が強いられている中、昨年に比べての違いでもうひとつ、今年はけが人がほとんど出ていないということが上げられる。選手と競り合いながら走っていると、やらないといけない雰囲気が出てきてしまいがちだが、春の自粛中に自分でコントロールすることを覚え、うまくブレーキをかけられていると相楽監督は見ている。夏合宿中の現在も、ある程度は選手自身に任せ、各自が練習量を調整するスタイルをとっている。限られた環境の中でどう他校と戦うか。その危機感を強く感じているからこそ、選手たちは自分で考え、一つひとつの練習の質を高めることに意識を向けている。

「こういう環境にならなければ、私も学生もこういう考えになることもなかったと思います。とくに1年生なんかは環境も変わって、大学を知らない中でやっているのでまだ手探りだと思うんですけど、2年生以上はこういうスタイルでやってこういう結果になるんだという新しい勉強にもなっているはずです。これからの競技生活にも、卒業して実業団になるにしても、普通に就職して市民ランナーとして走り続けるとしても、必ずこの経験は役に立つのかなと思っています」

どんな状況になっても、「総合3位以内」という目標は変わらない

先行きが見えない中、次のレースがいつになるのかも分からず、モチベーションを保つ難しさもある。今年の出雲駅伝は中止になったが、それでも他の駅伝で「総合3位以内」という目標は一度もぶれなかった。相楽監督は言う。「選手たちに聞くまでもないなと思いました。トラックシーズンも経て、試合に対する飢えもそうですし、勝ちに対する飢えも増したような感じです。とくに今は下を見るでもなく、前に進むしかありませんから」

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