陸上・駅伝

特集:第52回全日本大学駅伝

皇學館大・川瀬翔矢が全日本大学駅伝で過去最多の17人抜き「今回は自分が主役」

川瀬は2年連続で2区を走り、17人抜いての区間賞を獲得した(撮影・朝日新聞社)

第52回全日本大学駅伝

11月1日@愛知・熱田神宮西門前~三重・伊勢神宮内宮宇治橋前の8区間106.8km
17位 皇學館大 5時間27分25秒
2区・区間賞 川瀬翔矢(皇學館大4年) 31分24秒

「高校から陸上を始めて7年、三重県で強くしてもらったと思っているので、最後の全日本で恩返しができればと思っていました」。ゴールである伊勢神宮のそばに位置する皇學館大学にとって、全日本大学駅伝は地元で開催される大会。皇學館大のエースである川瀬翔矢(4年、近大高専)は前回大会同様2区を走り、過去最多となる17人抜きを達成。川瀬のところでチームを4位に押し上げ、区間賞を獲得した。

東海地区から全国へ、5000m日本人学生最速への軌跡 皇學館大・川瀬翔矢(上)
皇學館大ルーキー佐藤楓馬 佐久長聖時代の悔しさを糧に、東海地区で強くなる

「あの時の伊藤達彦さんみたいなレースをしたい」

川瀬はレース5日前の10月27日には東京に遠征し、東京陸協ミドルディスタンス・チャレンジ1500mに出走。ラストイヤーの記念でも、調整の一環でもない。きっちり記録を狙っていた。日比勝俊監督からは「400mを60秒ペースで押していこう」と声をかけられ、東海学生記録(3分44秒62)の更新を目指していた。結果は3分45秒66での3位。「もうちょっとだったんですが……」。川瀬は悔しさをにじませた。ここで強い刺激を入れ、後は全日本大学駅伝に備えた。

前回大会を振り返り、「あの時は伊藤達彦さん(東京国際大~ホンダ)が主役だった」と川瀬は言う。同タイムながら東京国際大が先行しての襷(たすき)リレーとなり、川瀬はすぐに伊藤の背中を追った。7kmまで区間新ペースで追走し、先頭の中継車にまで手が届きそうなところまで追い上げたが、そこで伊藤に振り切られた。勢いのまま伊藤は13人を抜いてトップに立ち、31分17秒での区間新記録で区間賞を獲得。川瀬は区間11位だった。

そのレースからほどなくして、川瀬は5000mで13分36秒93、10000mで28分26秒37をマークし、東海学生記録を更新。さらに今年9月にあった日本インカレ5000mでは13分42秒60を記録し、ラスト1周で追い上げての2位と結果を残している。「あの時の伊藤達彦さんみたいなレースをしたい」。そんなイメージを持って最後の全日本大学駅伝に臨んだ。

トップと39秒差での21位で襷を受け取った川瀬は、「先頭でいくために抜くだけ」と心に決めて走り出した(撮影・朝日新聞社)

1区の桑山楓矢(4年、いなべ総合)はトップの順天堂大と39秒差での21位で、川瀬に襷をつないだ。すぐ目の前にランナーたちの姿。「先頭でいくために抜くだけ」と序盤から突っ込み、ひとり、またひとりと抜いていく。日比監督から課せられたミッションは「区間賞」そして「先頭までもっていく」こと。走りながら風を感じていたが、ときにはうまくランナーの後ろについてやり過ごした。10km地点で28分15秒程度と想定していた28分よりは遅れたものの、ここまではほぼイメージ通りの走り。トップに立った城西大との差も詰まっていたが、前半のハイペースな走りで脚が残っておらず、4位で3区のルーキー佐藤楓馬(佐久長聖)に襷リレー。川瀬は31分24秒で、東海学連勢としては39年ぶりとなる区間賞を獲得した。

17人抜きでの区間賞という走りをやってのけたにも関わらず、レース後の川瀬は「区間記録に少し届かなくて先頭にも届かなくて……。満足いく走りではあったんですけど、少し物足りない感じはあります」とコメント。それでも今年は自信をもって言った。「今回は自分が主役だなと思って走りました」

3区にルーキー佐藤楓馬を配置した3つの理由

3区を任された佐藤は名門・佐久長聖高校出身ではあるものの、高校時代はけがの連続で思うように結果を出せず、全国高校駅伝(都大路)を経験していない。その悔しさから大学では高校の仲間を見返したいと思い、自分から志願して皇學館大にやってきた。今夏に実施した30km走では川瀬をも追い抜く走りを見せ、「1年生にも速い子がいますから」と川瀬に言わしめた。練習もこなせていたこともあり、距離が長い7区・8区でもいけると日比監督は考えていたが、あえて前半の3区にもってきた。

その理由は3つある。1つ目は、2区の川瀬が先頭で襷を託しても対応できる選手ということ。2つ目は、前半区間に強い選手を配置することで「楽しめる駅伝」をしたいと考えたから。「コロナ禍の今、大学のみなさんだけでなく、県民のみなさんにも感動してもらえる駅伝にしたかったので、上位で走る可能性をより高めたオーダーを組みたかったんです」と日比監督は言う。もちろん、ルーキーだ。初出場による経験不足やプレッシャーからブレーキになる可能性はある。「例え失敗しても、また出直せばいい」と日比監督は考え、佐藤を送り出した。

最後に、誰かしらが起用されるであろう「佐久長聖の先輩や同級生との対決」を期待するところもあったという。今大会には佐久長聖出身者が7人、エントリーメンバーに選ばれていた。過去2大会では早稲田大の中谷雄飛(3年、佐久長聖)が3区を走っている。佐久長聖の仲間にリベンジを狙っていた佐藤にとっては、燃えないわけがないだろう。実際、3区には中谷のみならず、東京国際大の内田光(4年)や駒澤大の鈴木芽吹(1年)と4人の佐久長聖出身者がそろった。

9月にあった全日本大学駅伝の東海地区選考会で佐藤(16番)は3組目のトップでゴールし、存在感を示した(撮影・朝日新聞社)

襷リレー直前に佐藤と電話で話した際、日比監督は「鈴木芽吹に並ばれるかもしれないけど、そのシチュエーションを思い切り楽しめ」と声をかけた。その声に佐藤もしっかり応えたものの、過去に経験したことのないほどの緊張感に包まれていたという。走り出すと空回りしているような感覚があり、思うように進まない。結果、佐藤は35分57秒と目標タイムより1分以上遅れてしまい、区間18位で4位から15位に順位を落としてしまった。それでも「楓馬だからそこで留めた」と、日比監督はルーキーの走りを評価している。この経験も力になり、これからもっと強くなれると期待している。

その後、皇學館大は成績枠最後の順位である17位を関西学院大と争いながら襷をつなぎ、アンカーの上村直也(4年、四日市工)が17位でフィニッシュ。「それぞれが役割を果たす、いい走りをしてくれたと思います」と日比監督は選手たちを笑顔でたたえた。

関東の強豪校さえやれていないことができている

このラストイヤーに川瀬が日比監督から課せられたミッションはほかにもある。「5000m13分30秒切り」そして「10000m27分台」。そのためのスピード強化として、1500mにも取り組んでいる。「世界を見すえた時、こういう流れが世界のあたり前でもあるからです」と日比監督。全日本大学駅伝で関東の大学に勝つことだけを考えるならやらない発想だ。しかし日本の長距離界の将来のために、大学時代に選手たちがやるべきことを実現していく。「むしろ、関東の大学でさえやれていないことをやっているという自負はあります。地方の大学にいるからできることかもしれないですね」と日比監督は言う。

皇學館大に進んだ選手のほとんどは日比監督の指導の元で高校時代の自己記録を塗り替えており、5000mで16分台だった選手が14分台になるなど、大きく記録を伸ばす選手も複数いる。しかし、そんな可能性を秘めた選手がいたとしても、今の関東の強豪校では入部すら難しいのが現状だ。高校時代から結果を出してきた選手に比べて、圧倒的に経験値が低い選手を伸ばすには指導者の力だけでは補えない部分が大きい。その中で、インターハイを経験していない川瀬が大学で学生トップクラスまで伸びたことは、チームにもいい影響をもたらしてくれたという。

「皇學館は川瀬くんだけではなく、ほかの選手たちもしっかり記録が伸びている」という評価は高まっている(写真はレース後の記者会見。左から日比監督とアンカーの上村)

「でも全く『打倒・関東』がないかといえば、嘘になります。それだけを注視はしていないですけど、やはり勝ちたいなとは思っています」と日比監督。大学も巻き込んでチームを強化し、強固なサポート体制の構築と意識改革を進めることで、関東の強豪校とも渡り合えるチームを目指す。



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