陸上・駅伝

特集:第90回日本学生陸上競技対校選手権大会

東大医学部・内山咲良が日本インカレ初V「才能がないと諦める前にできることはある」

「1本目から記録が出やすい」と話す内山は、その1本目で自己ベストをマークした(撮影・松永早弥香)

第90回日本学生陸上競技対校選手権大会 女子三段跳び

9月18日@熊谷スポーツ文化公園陸上競技場

1位 内山咲良(東京大6年) 13m02(+1.0)
2位 高良彩花(筑波大3年) 12m95(+0.2)
3位 金子史絵奈(青山学院大4年) 12m80(+1.0)
4位 高島真織子(福岡大4年) 12m77(-0.3)
5位 船田茜理(武庫川女子大3年) 12m72(+1.0)
6位 八田真奈(関西大3年) 12m58(+0.6)
7位 吉村月乃(愛知教育大4年) 12m53(+0.5)
8位 宮口愛子(日本体育大3年) 12m49(+0.7)

日本インカレ女子三段跳びで、東京大学医学部6年生の内山咲良(さくら、筑波大附属)が13m02(追い風1.0m)の自己ベストで優勝を果たした。東大女子選手の優勝はこれが初であり、内山が走り幅跳びから三段跳びに転向したのは3年前のこと。究極の文武両道を生きる内山は、「自分が優勝できたなんて本当に実感がわかないんです」と驚きながら優勝の喜びをかみしめた。

東大・内山咲良、関東インカレ初V 13m目指す医学部6年目は「ボーナスステージ」

日本選手権で号泣

内山は4年生の時に初めて日本インカレに三段跳びで出場。その舞台で13m00(追い風0.9m)と自身初の13m台をマークし、2位に輝いた。その時から「13mで勝負したい」と思い続けてきたという。昨年初めて日本選手権に出場し、12m54(向かい風0.1m)で6位入賞。ラストイヤーの今年、5月の関東インカレでは12m86(追い風2.0m)を跳び、東大女子選手初となる優勝をつかんだ。

内山は全学部共通の陸上部と医学部の陸上部の両方に入っている。その医学部の大会はコロナ禍で中止が相次いだこともあり、内山は仲間の分も6月の日本選手権では力を発揮したいと考えていた。しかし病院実習との兼ね合いもあってうまく調整ができず、筋力が落ちているのが自分でも分かった。結果は12m51(追い風0.6m)で8位。もっと跳べたはずと思うと悔しさがこみ上げ、号泣してしまったという。

最後の日本インカレでは悔いを残したくない。8~9月はオンライン授業のみだったため陸上に集中でき、筋力と走力の向上だけでなく技術的な改善にも取り組んだ。「ホップの時に足が落ちてしまうのを上げようとしました。色々と考え直して、1~2カ月で技術を変えてうまくいくのかという気持ちはありましたし、自信もなかったんですけど、やるべきことはやったかな」。今回の日本インカレにおける内山の資格記録は、関東インカレでマークした12m86だった。その上には5人の選手がおり、13mジャンパーも2人いた。13m台の勝負になる。そう思いながら内山は最後の日本インカレに臨んだ。

1回目で自己ベスト

大会2日目の9月18日、曇り空の下で競技が始まった。1回目、内山は上半身をのけ反るようにして構えてから助走に入った。記録は13m02の自己ベスト。1回目の試技でいきなり出た記録に、観客も静かな反応だった。内山自身、1回目に記録が出ることが多いという。ただ自身2度目の13m台に特別な感覚があったわけではない。「すごく進んだなっと言うか、全部、ステップもジャンプもうまくいったなという感覚はあって、その結果が13だったのかなと思います」。冷静に自己ベストの跳躍を振り返る。

試技が終わる度、スタンドにいる監督や仲間たちからアドバイスをもらい、時には笑顔で応えた(撮影・松永早弥香)

前日の走り幅跳びで優勝した高良彩花(筑波大3年、園田学園)が3回目に12m95(追い風0.2m)を跳んで2位となり、スタンドからは歓声が起きた。全員が3回目を終えた時点でも内山はトップをキープ。小雨が降る中、内山は再びの13m台を狙った。前回優勝者で13m19の記録を持つ高島真織子(福岡大4年、市西宮)は、4回目に12m77(向かい風0.3m)を跳んで4位に浮上。高良も4回目に12m71(追い風0.4m)を跳ぶなど、いつ誰が13mを跳んでくるかと不安に感じるところもあった。

そして最終試技に入り、3位の選手までが確定。残るは高良と内山のみ。高良は12m72(追い風0.3m)にとどまり、内山の優勝が決まった。内山は笑顔でスタンドに手拍子を求め、最終試技に入った。記録は12m86(追い風0.4m)。スタンドに一礼し、見守ってくれた監督や仲間たちからの拍手に、内山はガッツポーズで応えた。競技人生の中で内山が手拍子を求めたのはこれが2回目。1回目は今年の関東インカレでの最終試技で、「この勢いを力にしよう」という気持ちからだった。今回はというと、「体も疲れていたし、最後の1本で記録を出すには、手拍子とかで助けを求めないと盛り上がらないかな」。少し恥ずかしそうに笑いながら、内山は明かした。

雨の中での跳躍となったが、内山は最後の最後まで13m台のジャンプを目指し続けた(撮影・藤井みさ)

「文と武は別もの」

内山自身、「文武両道」と言われることに疑問を感じているようだ。「文と武は別ものだと思っています。大学に入ってから勉強を極めたかというとそうではなく、研究室に通っている人たちもいます。私はどちらかという陸上を優先した大学生活なので、もちろん単位はずっととってましたけど、それは文ではないなと思うんです」。武に対しても「自分はそんな陸上の才能があるとは思ってない」ときっぱり。

当たり前の基準が違うと言えばそれまでかもしれないが、内山があえて口にするのは「負けず嫌い」という言葉だ。振り返れば高校時代、インターハイで予選敗退になった悔しさから大学でも陸上を続けることを決めた。「6mを跳びたい」と思い続けていた走り幅跳びから三段跳びに切り替えたのも、勝ちたいと思ったからだ。そして今は日本選手権の悔しさから陸上に情熱を燃やし、学生日本一の栄光を手にした。

「東大で陸上をする自分は恵まれていると思っています。競技場もある練習環境で、全学(全学部の陸上部)には熱心にやっている人もいっぱいいます。自分に才能がないと諦める前にできることはいっぱいあると思ってて、その意味では最初から私はすごかったわけではなくて、それでここまで来られたのであれば、自分は誰かの道しるべになれたかなと思ってます」

内山(中央)は何度も壁を乗り越え、最後の日本インカレで栄光を手にした(撮影・藤井みさ)

研修医をしながら日本選手権へ

大学6年間を振り返ると、「本当に山あり谷あり。何度も壁にぶち当たって、考えて練習して乗り越えてきた」と内山は言う。そんな苦しい時に様々な人が力になってくれ、頑張ろうと立ち上がる自分に期待をしてくれた。それが本当にうれしかった。

今年5月の関東インカレで話しを聞いた時、「よっぽどのことがない限り、陸上は大学でやめます」と言っていた。しかし今は日本選手権でのリベンジを胸に、来年の日本選手権まで競技ができればと考え、研修医と競技を両立できそうな病院を探した。「理想としている跳躍もまだできていません」と話す内山には、競技を続けるだけの理由もある。「本当にできるかは分かりませんが」と言いながら、その道を切りひらいてきたのが内山咲良という選手だと思う。

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