近大高専・伊藤陸 インカレ2冠、三段跳び17mの先に見るのは世界のトップ
第90回日本学生陸上競技対校選手権大会
9月17~19日@熊谷スポーツ文化公園陸上競技場
伊藤陸(近畿大学工業高等専門学校専攻科1年)
走り幅跳び 1位 8m05(+0.8)
三段跳び 1位 17m00(+1.3)☆日本学生記録、大会新記録
9月17日から19日にあった日本インカレで、近大高専専攻科1年の伊藤陸が走り幅跳び、三段跳びの2種目を制した。特に3連覇となった三段跳びでマークした17m00は、日本歴代3位の記録で学生新記録も更新。成長著しいマルチジャンパーは世界を見すえている。
走り幅跳びと三段跳びの「二刀流」で好結果
伊藤は2年前、2019年の日本インカレ三段跳びで初優勝を果たし、昨年の日本インカレでは16m35の跳躍でU20日本記録を更新して優勝した。三段跳びでの活躍が目立つが、走り幅跳びとの「二刀流」にもこだわっている。どちらに比重を置くわけでもなく「両方やっていきたい」という気持ちで今は取り組んでいる。
今年の前半シーズンは幅跳びの練習に力を入れ、6月の日本選手権にも走り幅跳びで出場し7m70(+0.4)で8位。そこからは三段跳びの練習に力を入れ、幅跳びの練習を再開したのは大会1週間ほど前になってからだった。「三段のときからいい練習ができてたので、幅も行けるだろうと思ってました」という言葉通り、インカレ初日の走り幅跳びでは2回目の跳躍で7m79(+1.0)を跳び暫定2位につける。そして5回目の跳躍で8m05(+0.8)をマークし、これが学生歴代10位の記録で優勝記録となった。この大会で8m台をマークしたのは伊藤のみだった。
「3本目までは動きが固かったのですが、4本目からはリラックスしていい動きができてきたかなという感じでした」。5本目はしかし、踏切が詰まってしまいあまり感触的には「跳んだな!」という気持ちはなかったという。「会心のジャンプが出たかといったら、うーんという感じです」と振り返る。しかし、自己ベスト更新ですよね? と話を向けると「地力が上がってきたので結果的にいい感じなのかなと思います」という。
三段跳びの練習をメインにやってきていたので、正直なところ先に三段跳びをやりたかったという伊藤。3日目の三段跳びへの意気込みを問われて「16m後半は跳びたいです。50(cm)は超えて、来年17(m)狙うための準備をしっかりできたらいいかな」と話していた。
1回目に自己ベスト更新、4回目で大ジャンプ
そして迎えた最終日の三段跳び決勝。1回目に自己ベストを16cm更新する16m51(+1.6)を跳んでトップに立つと、2回目は16m17(+0.8)、3回目にはさらにベストを更新する16m82(+0.7)を跳び、このときは思わずガッツポーズが出た。そして4回目の跳躍では、さらに客席がどよめいた。拍手を求めた観客席に手を上げて応えたが、少し首をかしげるような動作も見せた。コールされたのは17m00(+0.8)。そこで初めて大きく喜びを表現した。この記録は日本歴代3位、学生新記録、大会新記録となった。しかし試技の終盤、6回目で15m77を跳んで、すでに優勝が決まっていた伊藤の口から漏れたのは「悔しい」だった。
伊藤の今大会での目標は「16m後半を跳ぶ」ことだった。「それ以上の記録はちょこっと心の奥底で思ってたぐらいなんですけど、それが跳べたっていうのは率直に嬉(うれ)しいです」。しかし1本目の自己ベストとなった跳躍も、内容的にはまったく良くなかったといい「この夏トレーニングしていたのが地力として出た」。3本目だけは気持ちよく、自分の思っていた通りの距離が出たこともあり、ガッツポーズが出たのだという。
しかし17mに関しては「予想外」と振り返る。しかもこの跳躍のときは、踏切の板を踏んでおらず、手前で踏み切ったという感覚があった。「距離見たらすげえ、と思ったけどもったいないことをしたな、と思いました。そこを修正しきれなかったです。いつもならできていることができていないのが反省点です」。いい結果が出たからこそ、その感覚でいつもどおり踏切板を踏んで跳べばさらに記録を伸ばせたはず。そこを直しきれなかったがゆえの、自分への「悔しい」だった。
「修正しきれなかったのは自分の弱さだったと思います。(17m15ぐらいを)狙うなら今日狙えた、というのもあって悔しかったです。今日(17mを)2本飛べればよかったんですけど、1本だけで終わっちゃったのはちょっと悔しいってところがあります」
自分でも夏にいい練習が積めていたということもあり、16m台後半は確実に出るだろうと思っていた。それを糧にして、来年は17mを出せたら、という考えだった。しかし一気に目標を飛び越え、新しい段階に突入した。
三段跳びの時計の針を動かす
三段跳びの日本記録は1986年に山下訓史さんが17m15を出して以降、36年間破られていない。その間に世界は進化し、現状では来年開催の世界選手権(オレゴン)の参加標準記録は日本記録とほぼ変わらない17m14だ。今回、伊藤が17mを跳んだことで、日本の三段跳びの止まっていた時計の針を動かせたのではないか。そう質問されると「世界に出ていく上では失礼な言い方かもしれないですけど、日本の基準じゃなくてもっと世界のトップの記録とかを見て、『今の自分はこんなんじゃダメだ』と思いながら夏は練習してきましたし、来年は世界の大会が開催されて、そこに行く準備ができたのかなと思うと、少しは(時計の針を)動かせたのかなと思います」
伊藤は19年に16m34を跳んだことで、20年7月に予定されていたU20世界選手権(ナイロビ)への出場資格を得ていた。だが新型コロナウイルスの影響により、大会は1年延期に。今年度の日本からの選手派遣も中止となった。一気に日本トップレベルの跳躍選手となったが、未だに一度も世界の舞台を経験できていない状態だ。だが、「世界の大会に出るんじゃなくて、戦いたい」とその先をしっかりと見ている。まずは来年以降予定されているアジア大会、世界選手権を視野に。そしてその先に24年のパリオリンピックがある。三段跳びで記録を伸ばしていることで、種目を絞らないのかと常に聞かれるが「2種目は曲げる気はないです」とはっきり言い切る。「練習が偏ることは多少あるかもだけど、しっかり2種目をやっていきたいです」とこだわっていく。
では、今回2種目で優勝できたことは自信となりましたか? と聞くと「ひとつ大台に乗せられたのはすごくいいことだと思うけど、国内で見たら強くても、世界で見たら良くて中間だと思います。これを最低ラインにして、上を目指していこうと思います。(走り幅跳びは)橋岡(優輝、富士通)さんとかを目標に。三段跳びはどこと戦っていくのか見えづらいところもあるけど、海外の選手とかも見ながらやっていきたいと思います」。ちなみに東京オリンピック三段跳びでの金メダルの記録は、17m98。まだまだ道のりは遠いが、確実にステップを踏んでいる。
高専の選択「自分にとってベスト」
伊藤は高専に通っているという経歴で注目を集めることもあるが、彼にとって高専への進学は自然な流れだった。小学生の時から陸上を始め、様々な種目に挑戦した中で一番合っていると思ったのが走り幅跳び。中学の恩師からのアドバイスで進学した地元の高専で、軽い気持ちで三段跳びに挑戦し、才能がいっきに開花した。
3年が終わった時点で大学に進学するという選択肢もあったが、「地元でのんびり継続して強くなったほうが、良い記録が出るのではないか」という気持ちもありそのまま高専に残った。昨年5年で卒業し、今は専攻科に在籍。跳躍を動画で撮影することで、自分のストライドを自動で判定できるといった、競技と関連した技術の研究もすすめている。
「世界に出てしっかりとトップで戦いたいです。それが2種目でできたら言うことないです」。柔らかい雰囲気の中にも強い意志を持っていると感じさせる伊藤。身長187cmの体から魅せるダイナミックな跳躍で世界に挑む。